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第七劇場「人形の家」スペシャルインタビュー

7月16、17日に小ホールで上演予定の第七劇場「人形の家」。
第七劇場主宰の鳴海康平さんにお話を伺いました。

ベルヴィル
第七劇場主宰・鳴海康平さん
(津市美里町にある劇場「テアトル・ドゥ・ベルヴィル」にて)

百年の時を越える戯曲

―これまでルイス・キャロルやドストエフスキーなど、海外の作家の名作を舞台化されてきた第七劇場ですが、今回はノルウェーの巨人ヘンリック・イプセンに初めて挑戦されます。イプセン作品を選ばれたきっかけは何だったのでしょうか。

鳴海:私自身は作家ではないので、自分で戯曲を書きません。そのため、上演する戯曲を選ぶときはいつも悩むんですが、いくつかの指針があって、ひとつは日本だけではなく世界中で知られている戯曲であること、もうひとつは(これはひとつ目ともやや関係するんですが)、戯曲が書かれてからある程度の年月が経過していることです。
三重県文化会館さんで上演させていただいた「Alice in Wonderland」(2015年上演)や「罪と罰」(2016年上演)は約150年前、「かもめ」(2010年上演)は約120年前に原作が書かれています。昨年国内ツアーをした「オイディプス」はギリシア悲劇と呼ばれる原作で約2500年前くらいに書かれています。
昔の戯曲というのは、確かに現代とは状況設定が大きく違っていたりもするのですが、視点を変えて考えると、これだけの年月が経っているのに世界中で読まれ続け、劇場で上演され続けているということは、時代を超えて観客に訴える力をその戯曲が持っていることの証明だともいえると思うんです。時代を超えて、国や地域を越えて響く力を持つ戯曲を上演することに、私たちは魅力を感じています。
そこでイプセンの話になるのですが、イプセンは今でもヨーロッパでは上演されることがとても多く、「近代演劇の父」ともいわれています。それもやはりイプセンの作品には現代にも通じるテーマが描かれているからだと思います。ギリシア悲劇、イギリスのシェイクスピア、ノルウェーのイプセン、ロシアのチェーホフ、この4つは西洋の演出家であれば誰しも取り組む巨人たちです。この中で、私たちはまだイプセンには向き合ってなかったので、いつかイプセン作品に取り組みたいと以前から考えていました。
実は、今年2017年は、1917年にロシアで起きた二月革命からちょうど100年が経ちます。国際女性デーに起きた女性を中心にしたデモが、ほかの男性労働者や兵士にまで拡大し、ロシア帝政が崩壊する革命にまで発展した大きな事件でした。今年はこの意味で記念すべき年でもあるんです。
そしてイプセンは、中期から後期にかけて「女性の自立や権利」をテーマに作品を書いていることもあり、そのイプセン中期の代表作「人形の家」を上演しようと考えました。

名作はいつだって懐が深い

―イプセンの「人形の家」といえば、これまで世界中の演出家によって上演されてきました。鳴海さん流の「人形の家」はどのようになるのでしょうか? 例えば海外と日本の劇団での上演される際の描かれ方の違いなどもあれば、是非教えてください。

鳴海: そうですね、「自由」や「自立」「平等」「法」というモチーフが、特に女性についてのそれらが描かれる「人形の家」は、これらのモチーフを好むヨーロッパではたくさんの演出家によって上演されています。時代や社会状況によって演出は変わってきたと思いますが、私が知る範囲で特徴的な作品を2つ紹介しておきたいと思います。
ひとつはドイツの演出家 トーマス・オスターマイアー Thomas Ostermeier が演出した作品です。彼はイプセン作品をよく演出しています。「人形の家」は主人公である妻の名前「ノラ Nora」という作品として演出しています(ドイツでは「ノラ」というタイトルの方がポピュラーでもあります)。とてもモダンで豪華な部屋を舞台美術に、とても強いノラを描きました。どこが強いかというと、原作ではノラは夫との関係に不信を抱き、自分自身の力で社会を知るために子どもを置いて家を出るのですが、オスターマイアーの「ノラ」のラストではノラは夫を殺してしまうんです。原作が初演された1879年当時、妻が夫と子どもを置いて家を出るというラストは衝撃的すぎて大きな社会問題となりましたが(たった140年前でもそういう時代だったのです)、21世紀ではそれほどの衝撃ではないことをふまえて、ラストを変更した意図があったようです。
もうひとつは、ノーベル文学賞を受賞しているオーストリアの女性作家 エルフリーデ・イェリネク Elfriede Jelinek が「人形の家」をもとに書いた「ノラが夫を捨てた後なにが起こったか」という作品です(1977年発表)。タイトルからもわかるように「人形の家」の後日談です。「人形の家」は妻でもあり母でもある女性の自立や権利を描いていることから、フェミニズムの分野でも語られることがある作品です。しかしイェリネクは、そこに描かれている女性像に対して、そして初演から100年くらい経った後で主張されているフェミニズム、つまり女性に限らず不平等や抑圧に苦しむ弱者の叫びの一部に、この作品をとおして建設的な批判を加えました。同時に現代でも、女性の権利の歪みや、男女の不平等、女性に限らない社会的マイノリティの生産が依然として続いていて、ある部分で大きくなっていることを描きました。
極端な作品を2つご紹介したので「人形の家」が、なんだか怖い作品のように感じられるかもしれませんね(笑) でも、名作と呼ばれる古典戯曲というのは、時代によって、国や地域によって、さまざまに演出を変えて社会に訴えかけてくる懐の深さがあることを知ってもらえたらと思います。
今年、私たちが上演する「人形の家」は、妻が夫を殺したり、娼婦になったりはしません(イェリネクの作品だとノラは家を出た後、生きるために娼婦になります)。ただ、私たちも「人形の家」の懐の深さを少しばかり拝借して、現代における「男女の平等」が抱えている課題や、私たちが当たり前だと思っている「家族」の別の顔を描きたいと思っています。
第七劇場の作品ではよく使われる手法なのですが、今回の作品はイプセンの「人形の家」のテキスト以外にも、たくさんのテキストをコラージュして構成しています。簡単にご紹介すると、「人形の家」が日本で初演された同じ年に創刊され、日本における女性運動に大きな影響を与えた女性による文芸誌があります。「青鞜」という雑誌ですが、そこに名を連ねた与謝野晶子、伊藤野枝、岡本かの子などのテキスト、そして「青鞜」でも評論が掲載されたノーベル賞受賞作家バーナード・ショーの戯曲「ウォレン夫人の職業」のテキストもコラージュしています。本筋のテキストと外部のテキストを並べることで、現代の私たちにとってより身近な問題として「人形の家」が現れてきます。
鳴海康平                            

移ろいゆく家族のカタチ

―フライヤーには「家族」というキーワードが出てきますね。

鳴海: 今や合計特殊出生率は低下し、日本の人口減少は避けられません。核家族や単身者も増加し、家族の形はさまざまです。一部から「古き良き一家団欒が失われてしまった」とか「日本の伝統が消えつつある」という言葉を見聞きしますが、実のところ、この私たちが思い描く「家族」という絵は明治民法の制定によるもので、「つい最近」において政府に主導され思いのほか強引につくられた絵だということは、あまり知られていないようです。
「人形の家」は、19世紀末当時、世間では当たり前だと多くのひとが考えていた家族像や女性の立場に疑問を投げかけました。デンマークでの初演のときには、かなり批判も多かったようです。それから140年くらい経った今、「人形の家」で描かれる家族像もすでに古くなっている部分は否めません。しかし、その家族像は変わっても、家族や男性が女性に対して無意識に押し付けている役割はあまり大きくは変わっていないとも感じます。
家族という形ですら、時代や場所によって変わります。女性や男性に対する、いわゆるジェンダー意識も少しずつ変わってきました。ただ、家族の中の女性の立場、社会の中の女性の立場は、男性のそれと比べると、まだまだいびつであるのは事実です。
私たちにとって、変わっていく家族とは何なのか。その変化し続ける家族を構成する個人の自立とは何なのか。そしてその個人が自立するために、家族が家族であるために/家族になるために/家族をするために、今の社会や、私たち世間もどう変わっていかなくてはいけないのか。こういうことを「人形の家」は現代の私たちに問うているように、私は感じています。

―「人形の家」の主人公ノラといえば、明治を代表する女優・松井須磨子をはじめ、昨今では大竹しのぶや宮沢りえなど名立たる女優が演じていますね。鳴海さんの描く「ノラ」像は?

鳴海:そうですね、松井須磨子はこのノラ役の好演をきっかけに新劇を代表する女優になりましたし、これまでも名立たる名女優がノラを演じてきました。
さきほど少し触れましたが、今回の第七劇場版「人形の家」は家族がテーマのひとつであるといえます。原作3幕でのノラの台詞「私は何よりもまず人間です」にも表れているように、第七劇場版「人形の家」に登場するノラは妻であること、母であることよりも、ひとりの人間であることを選びます。ただ、ひとりの女性が家族を捨てて、社会の中でひとりで生活していくこと、いや、女性に限らず、この現代社会の中で人間がひとりで生きていくためには、家族内で女性がぶつかっている壁と似たような壁にぶつかるのではないかと思うのです。その見えない暴力のようなものをあぶりだす存在として、ノラを描きたいと考えています。

二人のノラ

―今回、公募で出演者オーディションを実施されましたが、キャストの顔ぶれについて教えてください。

鳴海:オーディションには三重県内外から15名ほどのご応募をいただき、今回は松阪を中心に活動されている成川ちほさん、名古屋在住の秋葉由麻さんにご出演いただくことになりました。この二人を迎え、そして今年広島から三重県に移住し第七劇場に所属した新人・三浦真樹を加えた第七劇場の俳優陣6名の、計8名で上演します。
ノラを第七劇場・木母、その夫ヘルメルを第七劇場・小菅、ノラを脅迫するクロクスタを第七劇場・伊吹、ノラの古い友人リンデ夫人を成川さん、ヘルメルの友人ランク医師を第七劇場・三浦、女中を第七劇場・菊原、二人目のノラを秋葉さん、調査員を第七劇場・佐直が演じます。
調査員という役は原作には登場しません。そしてなぜノラが二人いるのかは観てのお楽しみ、ということで(笑)

―鳴海さんのいちばん好きな場面は?

鳴海:場面ではないのですが、さきほども出てきた「二人のノラ」が見どころです。ちょっとだけ秘密を明かすと、フェミニズム文学批評の中で、「家を出て行ったノラ」と「家を出て行かなかったノラ」の二つの視点で女性の立場を考察されることがあります。それをヒントに、ノラを二人登場させることで「人形の家」を、現代に対して有効なドラマとして鮮明にしたいと思っています。

劇場で海外旅行体験を

―今年は7月の「人形の家」、11月の日台国際共同プロジェクト「1984」と、三重県文化会館での公演が続きます。最後に意気込みをお願いします。

鳴海:劇場での体験というのは、海外旅行に似ていると私は感じています。海外に行かれたことがある方はよくわかると思うのですが、渡航前には本やネットでいろいろ調べることや思いをはせることはできても、やはり行ってみないとわからないことだらけです。そして歴史や文化、価値観が異なる世界を体験することで、自分自身が確実に変化します。そして自分の人生をより豊かにする視点を手に入れることができます。それは劇場体験もまったく同じだと思うのです。
加えて「人形の家」は約140年前、北欧で書かれた作品ですし、今年2年目となる台湾カンパニーとのプロジェクト・日台国際共同プロジェクトの「1984」は、約70年前にイギリスで書かれたSF小説の金字塔を台湾人作家/演出家が演劇に翻案します。そして日本と台湾の俳優が共演します。この直接的な意味でも、まるで県文で海外旅行ができます(笑)
私たちは自分自身の人生を豊かにしたいと願い、そのための生活をした方が良いと考えるのと同時に、次の世代に、私たちの想像以上のスピードで変わっていく今の世界や社会の中で豊かに生きる知恵を伝えていくことも大事なことだと思います。 ぜひ劇場体験を、劇場での海外旅行体験を、人生を楽しむツールとして活用してほしいと願っています。

―ありがとうございました。今後の活躍にますます期待が高まります。
6月20日には、鳴海さんの解説付きで関連企画「人形の家を読んでみよう!」も開催予定。
作品をより楽しむ手引きとして是非ご参加ください。

第七劇場「人形の家」

 原作:ヘンリック・イプセン 構成・演出・美術:鳴海康平
《日程》7月16日(日)14時00分開演/18時00分開演
    7月17日(月祝)14時00分開演
《会場》三重県文化会館 小ホール

【関連企画】「人形の家を読んでみよう!」 ナビゲーター:鳴海康平
《日程》6月20日(火)18時30分〜20時30分
《会場》三重県総合文化センター 生涯学習センター2階 小研修室

 

春のそうぶんに行こうよ!こいのぼりがいっぱい!! 開催中!

泳ぐこいのぼり

 

そうぶん内の新緑も眩しく輝く季節となりました。
今、そうぶんではこいのぼりが元気に泳いでいます。

 

こいのぼり作業中

今回の準備は半年前の10月から。
前回の掲揚で傷んでしまったこいのぼりの修復や、新たにデビューするこいのぼりの加工などをボランティアさんと一緒に、週に1回のペースで行いました。

 

さて、4月12日、いよいよ掲揚する日がきました!

 

こいのぼり装着

広場にワイヤーを広げ、こいのぼりをつけていきます。

 

こいのぼり結束バンド

強風でフックが開いてしまうことがあるので、さらに結束バンドで固定。

 

屋上からワイヤーを引っ張り上げると同時に、こいのぼりが泳ぎ始めました!

 

こいのぼり掲揚中

 

これを8回繰り返し、150匹を超えるこいのぼり掲揚の完了です!


 

おさんぽマップ

こいのぼりの掲揚期間に合わせて、「そうぶん&MieMu おさんぽマップ」も配布しています。

そうぶんとMieMuをおさんぽしながらクイズが楽しめます。小学生以下のお子様にはプレゼントも用意していますよ!

 

 

 

 

こいのぼり集合写真

 

日々のお散歩やおでかけのついでなどにお立ち寄りください。
お待ちしております♪

 

春のそうぶんに行こうよ!こいのぼりがいっぱい!!

掲揚期間 2017年4月14日(金)から5月7日(日)まで  
     ※休館日もご覧いただけます。
会場   メインエントランス・祝祭広場・知識の広場

 

取材ボランティアレポート「植木等主演映画上映会『本日ただいま誕生』」3月18日

三重県総合博物館で開催される企画展「植木等と昭和の時代」に併せて開催された上映会。
この作品は、1979年に制作・上映されて以来、フィルムが行方不明となり、「植木等幻の主演作」と言われていたとか。しかも、主演の植木等はお坊さん役。実家がお寺で、小学校卒業後、しばらく、お寺の小僧さんとして修行に出されていた植木等が演ずるのだから、きっと、迫真の演技が見られるにちがいない。そんな期待でワクワクして見始めたが、出だしでいきなりめまいが。

 

学芸員宇河さん
宇河 雅之さん(三重県総合博物館 学芸員)
植木さんの付き人
藤元 康史さん(植木等さんの最期の付き人)

 

 

第二次世界大戦で、シベリアに抑留されていた日本兵が引き揚げる時、植木等演じる主人公が凍傷にかかり、両足切断することに。麻酔もなければ専門の外科医もいない中で行われた、大変な手術のシーンがリアルに映し出され、血に弱い私はしばらく画面が直視できず。最近、テレビドラマなどで血の出るシーンを見ることが少なくなったけれど、昭和の映画では普通に出てきたということを思い出し、生きることが闘いだった時代は、そんなに昔ではないということを改めて実感した。

 

 

映画のタイトル「本日ただいま誕生」というのは、足もない、お金もない、身寄りもない植木等が、苦難に耐えながら歩み続ける中、最後の最後に観音様の前で「これからは自分の安住の地を求めることなく生きていきます」と誓うシーンで発する言葉。苦難に直面するたび、人間としての欲をひとつずつ手放してきたけれど、最後まで捨てきれずに心の中にあった様々な思い。それらに別れを告げ、まっさらな人間、まるで、生まれたばかりの赤ちゃんのような、何も背負っていない素直な人間として、仏様の御心のままに生きる決心をした時の言葉を聞いた時、ああ、この映画は、植木等の遺書なのだと思った。

 

お寺に人間としての原点があった植木等が、仕事としてではなく、自分の生きた軌跡を書き留めておきたくて作ったのがこの映画なのだろう。もしも、植木等が作家だったら小説を書いただろうけど、俳優だったから映画の形をとっただけで、積極的に上映していきたいとは、当初から考えていなかったのではないか。だから、ずっと行方不明になり誰の目にも触れずにいたけれど、没後10年という節目の年に、そろそろ世に出していいという植木等のお許しが出て、今回、私たちの目にふれたのではないか、そんな気がした。

 

まさしく、お寺に生まれた植木等だからこそ撮れた、こん身の映画。今後、上映の糸が切れることなく、じわじわと広まることを心から期待する。

 

(取材ボランティア:海住さつき)

 

取材したイベント

植木等主演映画上映会「本日ただいま誕生」

日時 2017年3月18日(土曜日)13時15分開演
会場 三重県男女共同参画センター1階 多目的ホール

 

 

取材ボランティアレポート「植木等主演映画上映会『本日ただいま誕生』」1月22日

映画タイトル

 

わが三重県出身の植木等の幻の主演作、それも30数年も行方不明になっていた幻の作品が上映されるというチラシを見てすぐに申し込みをしました。当日、会場へ行き席へ着くと上映前には満席になり、この映画を見たいという人の多さに驚きました。

この映画は、三重県総合博物館の「植木等と昭和の時代展」との連携事業なので上映前に博物館の学芸員と植木さんの付き人だった方の2名から植木等についての話がありました。

テレビがお茶間に置かれるようになった頃にスーダラ節で登場して「無責任シリーズ」や「日本一シリーズ」など30本以上の映画に出演し、昭和と共に生きた植木等の人となりなどを紹介されました。

 

上映前の解説

 

映画の内容を紹介しますと、植木等扮する大沢雄平がシベリア抑留中、零下40度を超える極寒の中で凍傷にかかり麻酔薬のない中で両足切断の手術を受け、その後帰国するときに満州の荒野へ置き去りにされるも運良く現地の人に助けられ帰国を果たします。

義足を作ってもらいますが、両足のないことで数々の苦難に遭います。ある時、偶然にも満州の荒野へ大沢を置き去りにした横田と坂本に会いますが、詫びる二人を結局許します。その二人と共に会社を設立して商売を始めますが、一時は景気が良かったものの落ち目となり、最後は横田に会社の資金をすべて持ち逃げされてしまい、潰れてしまいます。

その後、空襲でひとりぼっちになり水商売をしている高子と同居し、養ってもらいますがどん底の生活の中、高子が出て行ってしまいます。

 

会場の様子

 

ひとりになった大沢は放浪の果てに頭を剃って托鉢行脚をし、様々な人たちと出会う中で両足のない事を恨んでいた自分を見つめ直します。自分には最初から足がなかったのだという悟りを得、本日生まれ変わって新しい自分が誕生したのだという境地に達し、その後僧侶として生きる大沢の半生を描いたものでした。

喜劇俳優としてのイメージが強い植木等の渾身の演技を見て物語に引き込まれ、彼の別の顔を見た思いがして感動しました。

また、この映画を見て「生命」というものを考えなおす機会を与えていただいたことに、感謝します。

(取材ボランティア:葛山 則子)

 

取材したイベント

植木等主演映画上映会「本日ただいま誕生」

日時 2017年1月22日(日曜日)13時15分開演
会場 三重県男女共同参画センター1階 多目的ホール

 

 

取材ボランティアレポート「名作映画会『シャーロック ピンク色の研究』」

名作映画会

 

「シャーロック・ホームズ」の映画が生涯学習センターで上映されるのを知って是非観たいと申し込みました。
本好きだった学生時代に読んだ記憶があって、面白かったことは覚えているけれど内容はすっかり忘れている自分に、遠い昔の事だから覚えていなくても仕方ないわと納得しながら視聴覚室へと向かいました。
143席の会場はほぼ満席でこの映画への関心の高さがよく分かり、無料で名作を観ることのできるこの名作映画会を運営してくださっている上映ボランティアの方々に感謝の念で一杯になりました。

 

さて、内容を少し紹介しますと……。

 

ポスター

アフガニスタン紛争に軍医として従軍したジョン・ワトスンは負傷して帰国し、戦争による心的外傷後ストレス障害(PTSD)に悩まされています。ジョンがルームシェアの相手をさがしていると、同じくルームシェアの相手をさがしているシャーロックに会います。そして会った時にジョンはシャーロックに軍歴や家族構成など当てられてしまい驚きます。
その頃、ロンドンでは3名の連続服毒自殺事件が発生していました。ジョンとシャーロックが共同で住むベーカー街221Bへ下見に来たところへ、レストレード警部が4人目の自殺者が出たと言ってシャーロックの元へやって来ます。

 

シャーロックはジョンと一緒に現場へ行きピンク色の洋服を着た女性の遺体を確認しますが、女性のスーツケースがないことに気付くと一人で探しに行ってしまいます。ジョンがベーカー街へ帰ろうとするとある男に廃倉庫に連れ出され、シャーロックを監視するように頼まれるが断ります・・・

 

犯人を追うシャーロックの正確な推理と頭脳の明晰さ。犯人の車を追跡する時に杖をついて歩いていたはずのジョンが、シャーロックに続いてビルからビルへ飛び移るシーンに「あれっ、足が治ったのかしら」などと息もつかせないストーリーの展開に目はスクリーンに釘付けに。

シャーロックが、携帯電話で呼び出した犯人と、毒入りカプセルをあわや飲もうとするときに、後を追ってきたジョンが犯人を銃で射殺するところでこの事件は解決するのですが、事件現場に現れた「ある男」がシャーロックの兄のマイクロフトだと知り、またまたビックリ。マイクロフトはシャーロックの事を心配して監視をしていたのです。

この映画をワクワクドキドキで見終わってからまた次のシリーズを見たくなり、すっかりシャーロック・ホームズにはまってしまった私に気づいたのでした。

(取材ボランティア:葛山 則子)

レポートしたイベント

名作映画会「シャーロック ピンク色の研究」

日時 2017年2月11日(土曜日)13時30分から15時まで
会場 三重県生涯学習センター2階 視聴覚室

 

取材ボランティア「三重そうぶんキッズ・シネマスクエア」

2016年12月4日(日曜日)、三重県総合文化センターにおきまして、「キネコ国際映画祭PRESENTS 三重そうぶんキッズ・シネマスクエア2016」が開催されました。

 

全景

 


これは、世界中から集めた子どものための映画を上映するイベントで、3歳以上対象の午前のAプログラム、5歳以上対象の午後のBプログラムの2つがあります。

みんな大好き「きかんしゃトーマス」や「しまじろう」といったおなじみのキャラクターだけでなく、「おんなのこの誘い方」なんていう、パパも夢中になれそうな内容もあって、大人もしっかり楽しめる。一つひとつの映画が3分から10分くらいの短いもので、映画の他にも、ステージ上でピエロの演技があったり、弦楽器の生演奏があったり。一番驚いたのは、「ライブ・シネマ」といって、声優さんが目の前で生吹き替えしてくれるもの。え?たった4人しか声優さんいないのに、まるで100人いるみたいだよ?プロの声優さんの声の技ってすばらしいね!

 

ダンス

 

 

声優体験
声優体験の子どもたち

それだけでもびっくりなのに、なんと、なんと!「声優体験ワークショップ」というのがあって、これは、事前に申し込みをした小・中学生が、当日、プロの声優さんによるレッスンを受け、お客様の前で生吹き替えしちゃうという驚きのプログラム!会場には、本格的なマイクが並んでいて、これを体験した子どもたちの中から将来、声優さんを目指す人が出てきても不思議じゃないよ。

 

読み聞かせ
パパたちによる絵本よみきかせ

他に、「プログラミング・プロジェクションマッピング」といって、自分たちでアニメーションを作ろうというプログラムや、パパによる絵本の読み聞かせなど、わくわくするイベントがいっぱい。ランチマーケットには、人気のカフェが出店しており、おしゃれなサンドイッチなどを売っていて、ついつい、買いすぎちゃったりして。

 

三重そうぶんキッズシネマスクエア。小さなお子様がいらっしゃるファミリーの方に、ぜひおすすめしたい楽しい、楽しいイベントでした。

 

 

(取材ボランティア:海住さつき)

 

レポートしたイベント

三重そうぶんキッズ・シネマスクエア

日時 2016年12月4日(日曜日)
会場 三重県男女共同参画センター「フレンテみえ」多目的ホールほか

 

 

人形劇
人形劇団やっほ〜さん
ランチマーケット
ランチマーケット

 

ヴァイオリン
ヴァイオリンの生演奏
まなびぃシアター
まなびぃシアター

 

プログラミング
プログラミングワークショップ
会場
会場の様子

 

 

「田槙奈緒さんの冬の窓アート」完成しました!

 

2016年12月18日(日曜日)、すっきり晴れた気持ちの良い冬の日、アートショップMikke(みっけ)で「田槙奈緒さんの冬の窓アート」ライブペインティングを開催しました。

 

窓アート1

[ 9時30分頃 ] 
大きな窓の前で、田槙さんはアイデアスケッチを手に、イメージを膨らませます。 

窓のサイズは、なんと 縦4.1m×横4.6m!

 

 

 

窓アート2

15cmほどの紙に描かれたアイデアスケッチ。
創作中、ずっと田槙さんの手元にありました。

 

窓アート3


この大きな窓は、メインエントランスから階段を上がったところのアートショップMikkeの中にあります。

メインエントランスから見上げると、ライブペインティングの様子が見られるので往来するたくさんのお客様にもご覧いただきました。

 

 

窓アート4

[ 13時30分頃 ] 
お昼休憩をはさんで、左側へ移動。

天使たちが登場しました。

 

 

窓アート5

[ 15時30分頃 ] 
窓の上部が描かれ、足場が取り払われました。

この頃には熱心に写真を撮る方も増えてきました。

 

窓アート6

田槙さんの手元を見ると、うさぎとりすと目が合いました。

可愛い!

 

窓アート7

[ 15時45分頃 ] 
終盤に近づいても、田槙さんの集中力は落ちません。

昼食以外に休憩することもなく、細部まで一心に描いていきます。

 

窓アート8

今回の窓アートのテーマは、おかしのいえを舞台にした「ヘンゼルとグレーテル」。

実は、2017年2月12日(日曜日)に三重県総合文化センター 大ホールで開催される「『ヘンゼルとグレーテル』スライドコンサート」のイラストレーションを田槙さんが担当します。

 

このコンサートは、生演奏と書き下ろしのイラストを組み合わせてお届けする音楽会です。

スライドコンサートに出演される三重フィルハーモニー交響楽団の方も、多数見に来ていただきました。

 

「ヘンゼルとグレーテル」スライドコンサートの情報はこちら

 

 

ライブペインティング中は、間近で熱心にご覧になる方、RIZ CAFEでコーヒーを飲んでゆったりご覧になる方、楽しみ方は様々でした。

見に来ていただいた方にお話を伺ったところ、
「毎年楽しみにしている。今年はまた昨年と違った感じの絵だね。」
「たまたま来たら高いところで絵を描かれていて驚いた。窓が華やいでいいですね。下書きなし? ほんとに!?」
「昨年、窓アートを見て感動して、今年もあると知って来ました。今年の絵も可愛い!」
「何を使って描いてるんですか?」(←ポスターカラーです。)
など、皆さま大きな絵の迫力に圧倒されつつも、可愛らしい雰囲気の絵に心和んでいただいたようです。

 

 

[ 16時40分頃 ] 

 

完成!

 

窓アート9

 

タイトル「白い贈り物」

作者:田槙奈緒さんからのメッセージ。
「『ヘンゼルとグレーテル』の天使が出てくるシーンを楽しくイメージして描きました。ゆったりと絵を見ながら過ごしてもらえたらと思います。2月までイベントも色々あるので、ワクワク感も感じてもらえたらうれしいなぁ。」

この窓アートは、2017年2月12日(日曜日)まで展示します。
夜はライトアップして、昼間とはまた違った雰囲気をお楽しみいただけます。

 


 

●田槙奈緒さんの冬の窓アート

2017年2月12日(日曜日)まで
展示場所:文化会館1階 アートショップMikke(みっけ)

 

田槙奈緒さんの冬の窓アート詳細ページへのリンク

 

 


●アートショップMikke(みっけ)

 

窓アート10

田槙さんがパッケージイラストを手掛けた「大地のおやつ」シリーズもお取り扱い中!

アートショップMikke詳細ページへのリンク

 

 

 

●「ヘンゼルとグレーテル」スライドコンサート

2017年2月12日(日曜日) 三重県文化会館 大ホール

 

「ヘンゼルとグレーテル」スライドコンサート詳細ページへのリンク

 

取材ボランティアレポート「男女共同参画フォーラム みえの男女(ひと)2016」

チラシの、「介護離職ゼロへ!」という大きな文字を見た瞬間、これは絶対に行かなければ!と思い、受講を申し込みました。現在、年間10万人が介護のために離職・転職しているというデータがあり、その数字は今後、減るどころか増えるのではないかと言われているのに、ゼロにできるの???

午前中の分科会は「どう活かす?伊勢志摩サミット どう活かす!女性の能力」に参加。女性の地位が低い日本だが、現状を嘆いていても始まらない。サミット開催県として、先頭を切ってがんばっていこうというポジティブな意見でまとまりました。わりと少人数で、お茶とお菓子のサービスもあり、和気あいあいとしていてとても楽しかったです。

 

フォーラム写真

 

午後は、基調講演とパネルディスカッション。大きな会場が満席で、始まる前から熱気にあふれていました。介護は、する側、される側のいずれか、あるいは両方の立場で、すべての人にふりかかってくる問題。介護保険や介護休業制度など、いろいろ整備はされているけれど、結局、当事者になってみないと、自分にとって何が必要で、どう利用すればいいのかわからない。やっとわかったと思ったら今度は制度が変わっていた・・・みたいなことの繰り返しで、本当に難しい。

それに、どこまでやっても、もっとできることがあるんじゃないか、このやり方でいいのだろうか・・・と迷うことばかり。誰かに相談するといっても、具体的なことは、家族の個人情報に触れるから、なかなか難しい。

そんなもやもやした気持ちが、パネリストの方たちのお話を聞いているうちに、どんどん軽くなっていって、ああ、やっぱり、専門家の方のお話を聞くべきなんだなあと実感。

フォーラム写真

 

 

特に、
「介護する権利」には、介護する人自身の就労の権利も含まれている。なぜなら、仕事をやめてまで介護するということになると、その人の生活が成りたたない。同時に「介護される権利」もあって、仕事をやめてまで介護するということになると、介護される人の側に、申し訳ないという心理的負担が生じるから。

 

 

という言葉は身にしみました。そうだよね、介護する人、される人がお互いに申し訳ないと思いながら、本音が言えないで苦しむなんて、絶対長続きしない。じゃあ、そうならないために、どうすればいの?
答えは、

 

介護は、「いかに一人で看ないか」が重要。
自分だけで看ないというケア責任を果たそう!

 

 

なんだそうです。自分だけで看ないということは、家族全員が交替で看るということももちろんあるけれど、それ以上に、いろいろ整備されつつある制度をうまく使っていってほしいということを、パネリストの皆さんが強調されていました。たしかに、お話を聞いていると、介護に関する制度はとてもよくできている。だけど、当事者になるまで無関心でいるために、いざという時、どういう制度があって、どういうふうに活用すればいいのかがわからないから、うまく使うことができず、介護する人に負担がかかり、そのせいで介護される人にも疲労がたまっていく。

 

フォーラム写真

 

 

介護を取り巻く環境はひとりひとり違うので、「こうすればいい!という唯一の解答はありません」というのが今日の結論だったけれど、介護地獄に陥らない方法はあるんじゃないか、それには、まず、「介護離職ゼロ」をめざし、あきらめずによりよい明日を信じてがんばろうという前向きな気持ちで会場を後にすることができました。

介護は介護だけの問題ではなく、働き方や家族のあり方、そして、幸せって何なの?という、人として生きていく上での大きな課題すべてとリンクしているからこそ、一人では解決できない難しさがあるけれど、みんなで知恵を出し合えばきっといい方向へと進んでいくに違いない。本当にいい勉強をさせていただきました。ありがとうございました。

(取材ボランティア:海住さつき)

 

レポートしたイベント

男女共同参画フォーラム〜みえの男女(ひと)201〜
企業も人も幸せになる、これからのWork & Life Style 仕事と介護の両立編

日時 2016年11月6日(日曜日)10時から16時まで
会場 三重県男女共同参画センター セミナー室A、B、Cほか
講師 【基調講演】土堤内昭雄さん(ニッセイ基礎研究所主任研究員)
【パネルディスカッション】
コーディネーター:土堤内昭雄さん
パネリスト:平山亮さん(東京都健康長寿医療センター研究所 研究員)、平井千恵子さん(三重労働局雇用環境・均等室 室長)、久保田久美さん((一社)三重県介護支援専門員協会 理事 主任介護支援専門員)

 

 

取材ボランティアレポート みえミュージアムセミナー 松浦武四郎記念館「世にも稀なる蝦夷屏風」

三重県生涯学習センター3階 まなびぃ場情報コーナー「みるシル」で、松浦武四郎記念館主任学芸員山本命さんによるセミナーが開催されました。

 

山本学芸員

 

松浦武四郎の実家には、高さが約180センチ、幅が約370センチという巨大な屏風があり、「蝦夷屏風」と呼ばれてきたそうですが、平成25年度から26年度にかけて2年がかりで行った保存修理がようやく終了し、現在、松浦武四郎記念館で公開中。今回のセミナーでは、武四郎さんについて初めてわかったおもしろいエピソードなどが聞けるにちがいないと思い、わくわくしながら参加しました。

 

会場の様子

 

特に知りたかったのは、なぜ、武四郎さんは、書簡や領収書類を、わざわざ屏風に貼って保存させたのか?ということ。
武四郎さんは、実家に書簡類を送るに際して、甥っ子に細かく指示を出し、絶対屏風にするように、しかも、表裏両面に貼るようにと命じています。

なぜ?

だって、お手紙とか領収書って、小さいでしょ?
普通は、ノートみたいなものに貼って保管するんじゃないの?

その疑問に、山本学芸員はたちどころに答えてくれました。

 

【答】だって、巻物にしたら、ポータブルでしょ?持ち運びに便利でしょ?松浦家に見に来た近所の人が、「ちょっと貸してよ…」って言って来たら断れないじゃない?
そしたら、後から返してって言った時「ごめん!なくしちゃった…」と言われて散逸するよね?だから絶対ぜーったいに!巨大屏風でなくちゃダメ!

 

・・・というような内容のお手紙も残っているとかで、武四郎さんってすごいね。

そこまで見通して、きちんと史料を残し、しかも、屏風にすることで、結果的に松浦家ではずーっと八畳間に出しっぱなしだったわけだから、たくさんの人の目に触れることができて、歴史的価値に気づいた人がどれだけいたかはわからないけれども、貴重な歴史が埋もれずに現代まで受け継がれてきたわけです。

歴史を風化させないためには、”後世の人間に絶対に守るんだ!”という気合いがないといけない!ということを武四郎さんに教えられたセミナーでした。

 

(取材ボランティア:海住さつき)

 

取材ボランティアレポート「わたしはマララ」

2016年10月1日(土曜日)に開催された「わたしはマララ」の上映会に参加させていただきました。上映に先立ち、三重の女性史研究会所属の佐藤ゆかりさんから、三重県内男女共同参画連携映画祭の発展的な歴史経過を伺いました。次いで、ジョイセフの小野美智代さんからは、発展途上国における女性の妊娠・出産・中絶による死亡率の高さ、また彼女らのおかれた苦しみの連鎖のお話を伺いました。マララは、苦しい立場におかれている女性がいる国の中で、大きく声を上げた勇気ある女性でした。

 

会場の様子

 

マララの名前は、彼女が2014年に史上最年少でノーベル平和賞を受賞したことでメディアが連日彼女の報道を繰り返して以来、私の耳に強く残っていました。タリバンの放った銃弾で瀕死の重体に陥りながら奇跡的な回復ができたのは、彼女でなければ成せない使命があったからなのだと思わずにはおれません。今回マララの映画を見て、さらにこの気持ちを強くしました。

 

マララの父親は教育者でした。父親はマララが生まれたとき、300年も続く家族の男ばかりの家系図の中へマララの名前を書き込んだのです。“マララ”とは“勇気“という意味でした。マララは幼い頃から一日中学校で時を過ごしました。父親が語る言葉の一つ一つが地肌からマララの中に染み入っていったに違いありません。父親は吃音がありましたが、それに負けず、自分を懸命に語り、炎のような演説をしたそうです。その熱情がマララに受け継がれていったのです。

 

プレトーク

 

マララは、自分の人生は父親が与えたものではない、自分が選んだものだと語っていました。しかし、地肌から染みた父親の教育の力があったからこそ、父親から学び取ったものへの深い感謝の思いが、マララを強い行動へと駆り立てていったのだと思えます。マララは、これからも人権を侵害されたままの状況にある全世界の女性たちのために歩み続けると強く断言しています。まだ10代のマララがこれからどんな活動をしていくのかとても期待が膨らみます。幼少時代に親から受けた十二分の愛情・教育への感謝の気持ちを病む人のために使い切っていったナイチンゲールのように、マララもまた深い感謝を持って世界の女性を救う大きな存在になっていくに違いありません。今回は良い講演と映画を本当にありがとうございました。

 

(取材ボランティア:ペンネーム興味津々子)

 

レポートした講座

三重県内男女共同参画連携映画祭2016 10周年記念上映「わたしはマララ」

日時 2016年10月1日 13時30分開演
会場 三重県男女共同参画センター「フレンテみえ」多目的ホール
講師 佐藤ゆかりさん(三重の女性史研究会 事務局長)
小野美智代さん(公益財団法人ジョイセフ 市民社会連携グループディレクター)

 

 

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