三重県総合文化センター ブログ

取材ボランティアレポート「ワンコインコンサートvol.97 ピアノ ジャン・チャクムル」

ジャン・チャクムル

新年度初のワンコインコンサート。
本日のコンサートは第10回浜松国際ピアノコンクールの優勝者ジャン・チャクムルさんです。昨年の同コンクールは直木賞『蜂蜜と遠雷』の影響もあってか1次予選から大変賑わったとか。

と、言うことで本日も大盛況。開場30分前なのに長蛇の列。振り返っても最後尾が見えません!

本日のプログラムは本人の強い希望により決まったそう。当コンサートは浜松国際ピアノコンクール優勝者の凱旋ツアー。そして光栄にも本日はツアーの初日!

 

そんなジャン・チャクムルさんの様子はと言うと・・ふわふわとした長髪を掻き上げ、1曲1曲を丁寧に、愛着を持って弾いてる姿はとても好感が持てます。それはまるで放課後に男子学生が音楽室で弾いているような。女子人気がUPしそうな予感。

そして観客のみなさんは・・気持ちよさそうに寝ておられます。
前説で「クラシックあるあるなので寝てもいいですよ〜」と言われていたのですが、おそらくは不可抗力でしょう。それも仕方ありません。ピアノは本人持ち込みの「Kawai SK-EX」。チャクムルさんが自分の演奏に最も適しているとコンクールで選んだピアノなのです。低音は柔らかく、でも重厚に、高音は優しくそして軽やかに。音楽が優しく優しく耳から入り込み穏やかで温かい音色となって身体中を満たしていきます・・。

軽やかな指さばきで、まるで連弾しているかのような重音がホールに響いていきます。
反面、チャクムルさんは休憩も取らずに引き続け、その集中力と表現力には感嘆させられました。

 

注目は、最後に演奏した自国トルコのピアニスト作曲の曲。トルコの伝統楽器『サズ』を弾いているようだと聞いていたのですが、演奏姿を観るのは初めてです。
不意に演奏中に立ち上がり、左手をピアノの中に突っ込んでワイヤー(と思われる)をはじき出したチャクムルさん。同時に右手で鍵盤を叩きます。その奇妙な姿に観客は度肝を抜かれ息をのみ、声にならない驚きがホールを走り抜けます。それまでの心地よい音色とは一転し、演奏姿は音色に身を任せトランスしながら弾いている弦楽器奏者のよう。確かに自分を魅せる曲目を上手く選んだものだと感心させられました。


アンコールは、シューベルト(リスト編曲)「美しき水車小屋の娘」。静かで暗く悲しい歌曲をなぜアンコール曲に選んだのでしょうか。
なるほど、内向的な片恋の旋律もリストの複雑な運指によって華やかに立体化され、若い男の恋慕の苦しい内情がリアルに響いてきます。そういえば若い恋とはこういった一途で激しいものであったものであったな・・と、突如として感慨深く思い起こされ。ピアノを一心に弾いている若いチャクムルさんと水車小屋の若い男とが重なって見えて短い物語の中に引きずり込まれたかのような錯覚が起こってきます。またいい曲を選んだなーーと、感心しきり。


演奏後、満場の拍手に身体をちょっと傾けて「テヘッ」とはにかんで笑った青年は、昨日とは大きく違う世界へ一歩を踏み出しました。この凱旋ツアーが終わる頃にはもうはにかんだ「テヘッ」は観られないんだな・・と、少し寂しくもあり。でも、名のある交響楽団を後ろに堂々とそして深々とお辞儀をするチャクムルさんの姿がふと目に浮かんできて「またどこかで観てみたいな」なんて、訪れた観客も夢をみることができた、幸せなワンコインコンサートでした。

 (取材ボランティア 鈴木ゆかり)

取材したイベント

ワンコインコンサートvol.97 ピアノ ジャン・チャクムル

開催日 2019年4月16日(火曜日)
場所  三重県文化会館大ホール

わたしたちが次の世代に残せるもの ― 第七劇場設立20周年を飾る最新作「ワーニャ伯父さん」

1999年、早稲田大学在学中に演出家の鳴海康平さんによって結成、2014年に東京から三重県津市美里町へ拠点を移し活動する劇団「第七劇場」が、今年設立 20 周年を迎えます。節目となる2019年は、静岡県舞台芸術センター(SPAC)の俳優をはじめ、東海地域に縁のあるゲストメンバーとともに、ロシアの文豪アントン・チェーホフの名作「ワーニャ伯父さん」の三重・韓国ツアーを開催。三重公演は三重県文化会館、そして韓国公演は鳴海さんと交遊のある現地舞台人の協力を得て、京畿道安山市の公立劇場「安山文化芸術の家」で上演を行います。


◆ものがたり◆

 アントン・チェーホフ   (1860-1904)

1899年にモスクワ芸術座で初演されたチェーホフ四大戯曲のひとつ。大学教授夫妻が前妻が残した領地を訪れ、立ち去るまでの物語。人生の半分以上を姪ソーニャとともに領地を管理し、教授に奉仕してきたワーニャは、教授への失望とともに自分の人生の浪費に絶望します。そのワーニャを慰めるソーニャの言葉は、チェーホフ戯曲の中でもっとも美しい台詞として知られています。


◆なぜ今ワーニャ伯父さんなのか? ◆

これまで第七劇場では、チェーホフの四大戯曲のうち、「かもめ」と「三人姉妹」を製作しました。「かもめ」は2007年に初演し、その後、2010年のリクリエイション版はこれまでに国内7都市、海外3都市(フランス、韓国、台湾)で上演されました。「三人姉妹」は私がポーラ美術振興財団の在外研修員として1年間フランスで活動した直後、2013年に日仏俳優の協働作品として新国立劇場小劇場で上演されました。

このチェーホフ原作の2つの作品の上演は、期せずして、第七劇場にとって、大きな節目となりました。

2019年、今年は私が劇団を設立して20年という節目となります。その節目に、何を製作しようか考えたとき、やはりチェーホフ戯曲が浮かびました。 

いわゆるチェーホフ四大戯曲で、まだ第七劇場で製作していないのは「ワーニャ伯父さん」と「桜の園」です。この二つを読み返したとき、「ワーニャ伯父さん」の4幕の終わりで流されるワーニャの涙の意味が、以前読んだ記憶とずいぶん変わったことに驚きました。それは私自身も歳を重ねたからだとは思いますが、そのワーニャを巡る風景は、今の私、そして平成が終わる日本、さまざまな課題を解決できぬままの世界と多くの点で共通するものだと感じ、今回「ワーニャ伯父さん」を製作することに決めました。 

私たち生きているものは、誰一人としてワーニャの涙と無関係ではいられません。人ひとりの時間は有限であるという当然の事実は、不安定ながら未来あるソーニャに対照されて、よりはっきりと浮かび上がります。しかし、そのソーニャでさえ、ワーニャと同様に有限であり、ワーニャよりも豊かな人生を送れるとは限りません。それどころか「ワーニャ伯父さん」に登場する人物は皆、ほしいものが得られず、求めているひとから認められていません。その背後で時間だけは刻々と過ぎていきます。これはまさに私たち一人ひとりの物語であり、私たちの社会/世界の物語だと、私は感じています。
        ― 鳴海康平(第七劇場 代表 演出家、Théâtre de Belleville 芸術監督)



◆登場人物の名前に隠されたキャラクター像◆

ロシア文学では、登場人物たちの名前を覚えるのに一苦労ですが、実はこの名前に物語の手がかりが隠されています。名前そのものがキャラクターの役割を表しているのです。

ワーニャ

日本名では太郎のように、ロシアで最もポピュラーな名前。亡き妹の残した領地を管理し、妹の夫である教授を崇拝して、平凡な人生を送ってきた。イワン。キリスト教の聖人イオアン=聖ヨハネが由来。

ソーニャ

ワーニャの亡き妹とセレブリャーコーフの娘。ワーニャの姪。勤勉で聡明。ソフィア。「智慧」「叡智」を象徴している。
エレーナ セレブリャーコーフの若く美しい後妻。27歳。学者としての才能に惹かれ、セレブリャーコーフと結婚する。作中では、自身を“添え物みたいな女”と称している。「光」「輝き」を象徴している。
セレブリャーコーフ 退職した大学教授。ウラジーミル・アレクサンドル。皇帝の名にも用いられ、「威光」「権威」を象徴する。


アーストロフ

医者・自然保護活動家。ワーニャの友人であり、セレブリャーコーフの診察をしている。ミハイル。旧約聖書に登場する大天使ミカエル(人々を病から救い、正しい方向に導く七大天使の一人)に由来。
ヴォイニーツカヤ夫人 ワーニャの母。信心深い。マリヤ。聖母マリア。

 


◆報われない人たちへのレクイエムとしての演出◆

原作では、ソーニャが絶望したワーニャを慰める美しい台詞で幕を閉じます。しかし、もしも仮に、救われると信じて誰よりも耐え続けていたソーニャが若くして亡くなってしまったとしたら…。今作では、そんな仮定のもと、ソーニャの墓標の前で登場人物たちが花を手向けるところから、物語を回想していきます。歴史を振り返ると、私たちは往々にして失って初めて、犠牲となった人々の声なき声を、そして自分たちの過ちを知ります。けれども、そうなる前に、報われない人々の声を聴き、未来に何を残せるかを考えなければなりません。今作で使用されるパニヒダ(ロシア正教で使用される死者のための祈りの音楽)は、厳かにそのことを私たちに教えてくれます。


稽古風景より

劇団設立20周年公演
第七劇場「ワーニャ伯父さん」

原作 A・チェーホフ
構成・演出・美術 鳴海康平
出演  木母千尋 小菅紘史 獅子見琵琶 藤村昇太郎 諏訪七海 
    牧山祐大(SPAC-静岡県舞台芸術センター)
日時      7月14日(日曜日) 14時/18時    
    7月15日(月曜祝日)14時    
    上演予定時間|約100分  ※各回終了後、トーク有
会場  三重県文化会館 小ホール
料金  《整理番号付き自由席》一般2,500円(当日3,000円)
    25歳以下1,000円 18歳以下500円
    ★三重県文化会館、エムズネットにて販売中。

詳細はコチラ

1

最近のブログ

カレンダー

<<2019年07月>>
1234567
891011121314
15161718192021
22232425262728
293031    

カテゴリ

アーカイブ

このページの先頭へ

メニュー