第2回 なぜ結婚行動や出産行動は変化したのか

結婚・出産の経済学

 前回、若い世代で結婚行動や出産行動に大きな変化が起きていることをみてきました。ではなぜ若い世代でそうした現象が起きているのでしょうか。これを考えるため、結婚や出産行動がどのような要因に左右されるのかを整理しておきましょう。結婚や出産行動には実に様々な要因が影響しますが、経済学的な視点からは次のような要因を重視しています*1 。
*1結婚や出産行動について経済学の視点から分析している代表的な文献として、以下があります。
 Becker, Gary S.[1960], “An Economic Analysis of Fertility,” in Coale, A. ed. Demographic and Economic Change in Developed Countries, Princeton: Princeton University Press
 加藤久和『人口経済学入門』、日本評論社、2001年
 Leibenstein, Harvey[1974], “An Interpretation of the Economic Theory of Fertility: Promising Path or Blind Alley?” Journal of Economic Literature, 12, pp.457-79
 一般に所得水準が高くなるほど女性が自立して生活が出来る可能性は高まります。男女間賃金格差が縮小している現在、女性の結婚に対する意欲は低いかもしれません。ただし所得水準の高い女性ほど結婚意欲が低いという事実はありません。むしろ最近は同じ所得水準のカップルが増えているようです。
 一方、所得水準の高まりは子どもを産んで育てようとする可能性を高めますが、最近の経済学では所得水準は子どもの数を増やすのではなく子どもの質を高めると考えています。バブル崩壊後は労働環境や所得環境が悪化しており、とりわけ若年層に影響が強くあり、若い世代の結婚や出産を抑制していると考えられます。
 また、結婚や出産・育児に直接伴う費用が高まれば、結婚や出産を諦める可能性は高まります。とりわけ、子育てコストは教育費用を中心に高まっており、これが出産を抑制している可能性もあります。
 教育費用のような当事者に直接かかってくる費用とは別に、経済学者は機会費用が人々の行動に大きな影響を与えると考えています。結婚や出産・育児に関わる機会費用とは次のようなものが考えられます。
 一般に女性の賃金が高くなれば、仕事を辞めると犠牲にする所得が大きくなるから、仕事を継続しようとします。もし結婚と仕事を辞めることがイコールであるならば、女性の賃金が高くなるほど結婚による経済的犠牲も大きくなります。また、仮に賃金水準の低い若い時期であっても、結婚してしまうと(企業内での)キャリア形成を打ち切ってしまうので、彼女の生涯所得を大きく引き下げかねない。さらに、結婚後も継続就業したとしても、出産も仕事を辞める機会としては大きなライフイベントであり、出産によって仕事を辞めることは大きな犠牲を払うことになるのです。

ワーク=ライフ・バランスを実現しよう

 育児休業制度が整備されてきた現在でも、育児休業制度を利用している女性は女性全体のせいぜい2割であり、8割の女性は結婚や出産によって仕事を辞めています。結婚や出産で仕事を辞める可能性を高めることが、結婚や出産を女性に躊躇させているのであれば、結婚や出産をしても仕事を辞めなくてもすむようなワーク=ライフ・バランス(仕事と人生の両立)に配慮した労働市場の整備を積極的に進めるべきです。また、育児休業を事実上取得が難しいパート社員や派遣社員が増加しており、ワーク=ライフ・バランスをどう整備していくかも大きな課題です。
 ただし、ワーク=ライフ・バランスは企業が積極的に両立支援を行うだけでは上手く機能しません。家事や子育てを男女が共にできるよう家庭内分業を見直してみることも必要でしょう。また、保育園や学童保育の一層の充実も望まれます。さらに、地域社会の子育て安全度を高める必要もあるでしょう。
 現在の仕事や生活の環境を様々な視点から見直すことが、21世紀の日本社会を作っていくうえで非常に重要でかつ急を要する課題なのです。