第1回 少子化社会の進展 なぜ少子化は進むのか

厚生労働省が2005年12月に公表した2005年の人口動態統計・年間推計によると、05年の日本人の出生数は106万7千人、死亡数は107万7千人になりました。差し引き1万人の「自然減」です。1899年の統計開始以来、初めて自然減を経験することになったのです。
これから5回にわたって、少子社会が日本経済や企業経営にどのような影響をおよぼすのか、その対策をどうすればよいのかについて考えていきたいと思います。
今回は、まず、なぜ少子化が進むのか、その背景についてみていきたいと思います。

少子化の現状

 わが国の出生率は、1960年代はほぼ2.1台で推移していましたが、1975年に2.00を下回って以来低下を続けています。人口を維持するには2.08でなければならないとされていますが、2003年には1.29という水準まで低下しており、厚生労働省の公表では05年は1.26まで低下したと推測されています。
 人口の減少は社会や経済に様々な影響を与えます。年金制度の問題、労働力減少の問題、地域社会の安定性の問題、などなど。このため、これからの日本社会をどうすべきかについて盛んに議論されています。もちろん、少子化を回避するためにどうすべきかについても様々な議論がなされています。
 ただし、最近になってから少子化問題が議論されたわけではありません。1989年に出生率が1.57に低下したいわゆる「1.57ショック」の後で、日本政府は少子化対策を積極的に展開してきています。産みたくても産めない状況を改善しようと、保育サービスの充実などをうたった「エンゼルプラン」(94年)や「新エンゼルプラン」(99年)。また、1999年に少子化対策基本方針が策定されていますし、2002年には少子化対策プラスワンが、2003年には少子化対策基本法と次世代育成支援対策推進法が成立しています*1。
*1現在の主たる少子化政策は少子化対策基本方針で示された方針に則ったもので、1固定的な性別役割分業や職場優先の企業風土の是正、2仕事と子育ての両立のための雇用環境の整備、3安心して子どもを産み、ゆとりをもって健やかに育てるための家庭や地域の環境づくり、4利用者の多様な需要に対応した保育サービスの整備、5子どもが夢を持ってのびのびと生活できる教育の推進、6子育てを支援する住宅の普及など生活環境の整備で、主に人々の働き方の構造改革と保育および教育環境の整備に力点が置かれています。詳しくは内閣府共生社会政策統括官のホームページをご覧ください。
 しかし、政府が矢継ぎ早に少子化対策を打ってきたにも関わらず、出生率回復の兆しは未だ見えません。なぜ出生率は回復しないのでしょうか。

少子化の背景
少子化の要因 結婚行動と出産行動、2つの要因

 出生率は、人口学的には、人々の結婚行動と既婚者の出産行動によって規定されます。伊藤・山本[1981]や阿藤・小島[1986]は、出生率が有配偶率、年齢別有配偶女性人口の分布、結婚持続期間別の出生率に規定されるマクロモデルを用いて、人々の結婚行動が出生率変化にどう影響するかをシミュレーションしています。それらによると、1970年代および80年代の出生率変化の大部分は人々の結婚行動の変化、すなわち晩婚化によって引き起こされたとしています。さらに彼らのシミュレーション結果では、仮に既婚者の出産行動に変化がなければ出生率はやがて上昇すると指摘しています。これらの研究と同様の手法を用いた岩澤[2002]は、1990年代以前は主として結婚行動の変化が出生率低下を説明するものの、90年代以降は既婚者の出産行動の変化も出生率低下に寄与していることを指摘しています*2。
*2 以下の文献を参考してください。
 阿藤誠・伊藤達也・小島宏[1986]、「マクロモデルによる結婚と出生力のシミュレーション」、『人口問題研究』、179、pp.16-34
 伊藤達也・山本千鶴子[1981]、「結婚の変動からみた1960年代以降わが国出生変動の分析」、『人口問題研究』、157、pp.28-51
 岩澤美帆[2002]、「近年の期間TFR変動における結婚行動および夫婦の出生行動の変化の寄与について」、『人口問題研究』、58、pp.15-44

晩婚化の進展と既婚者の出生数減少

 図1は2003年時点において各年齢の女性がそれまでに出産した平均子ども数と既婚者の割合、および既婚者の平均子ども数を示しています。この図のもととしているのは(財)家計経済研究所の『消費生活に関するパネルデータ』です。このデータは1992年から毎年1回、既婚女性と未婚女性に対して、世帯の状況や就業の状況、消費や貯蓄の状況、財産の状況などに関して調査している縦断調査で、現在12年目に入っています。この間に1997年と2003年に新規の調査対象者を加えており、現在利用できるサンプルは2836名、延べで16887サンプルです。

出生率と晩婚率の推移
図1

 図1によれば、40歳代の女性は平均して2人くらいの子どもを持っており、30歳代前半の平均子ども数は合計特殊出生率1.29とほぼ同じ水準にあります。したがって、30歳未満の女性の子どもが少ないことが合計特殊出生率を押し下げている要因と考えられます。
 ところで、出生率は結婚している人の割合と既婚者が何人の子どもを産んでいるかによって規定されます。図1では、30歳代では6割、40歳代では8割程度の女性が結婚しています。既婚者の平均子ども数は30歳代半ば以降では2人となっていますが、それよりも若い世代では既婚者の子ども数が少なくなっています。ここでも岩澤[2002]が示したように、結婚する人の割合が低下したことと既婚者の子どもの数が少なくなったことが、特に若い年齢層の平均子ども数の低下につながっていることがわかります。

晩婚化が引き起こす問題

 出生率の低下が、結婚行動の変化によるのか既婚者の出産行動の変化によるのかは、少子化対策のオプションを考える上で非常に重要です。これまでの少子化対策は主として既婚者の出産行動への対応に重点が置かれており、結婚行動の変化に対する目立った対策はありません。

 近年では男女ともに晩婚化が進んでいますが、その結果いわゆる晩産化が進む傾向にあります。結婚年齢が遅くなることで、出産時の年齢が遅れる。こうした出産のタイミングのずれが統計上の問題として出生率低下に影響するでしょう。同時に、出産時の女性の年齢が高齢化すれば、少なからず母胎への影響があるでしょうし、またこれ以外の問題も生じるでしょう。厚生労働省『患者調査』によれば2002年に6万9千人の女性が不妊治療で病院を訪れており、晩婚化と晩産化がこの問題を深刻化させている可能性も指摘されています。      
 さらに、晩産化が女性の子を産まない選択にも影響していることが阿部・大井[2004]では示されています。表1は阿部・大井が掲げた表を再掲したものです。表1Aは家計経済研究所のパネル調査において調査2年目に子どもがいなかった人について、8年目に①未婚・子ども無、②既婚・子ども無、③既婚・子ども有という3つの状態のいずれかにあるかを示しています。すると、調査2年目に子どもがいない人のうち、既婚女性が105人いましたが、そのうち36人(35.6%)は調査8年目になってもまだ子どもがいません。また、調査2年目に子どもがいない人のうち未婚女性は269人いましたが、調査8年目にはそのうち126人(50.2%)は結婚していましたが、うち42人(33.3%)には8年目に子どもがいません。つまり、出産時期が何らかの理由によって遅れることによって、子どもを産まないとか産めないことへつながっているようなのです*3。

*3 以下の文献を参考にしてください。
 阿部正浩・大井方子[2004]「バブル崩壊前後の出産・子育ての世代間差異」、『女性たちの平成不況-デフレで働き方・暮らし方はどう変わったか』(樋口美雄・太田清・家計経済研究所編)

子がいなく、子が欲しい人の調査