第4回 少子社会の日本企業 企業は何をすべきか その1

今回は、少子化が企業経営にどのような影響を与えるのかを考えてみたいと思います。その上で、企業がとるべき人事施策についても考えてみたいと思います。

少子化の進展で企業経営はどうなる

 少子化と総人口の減少はそれぞれ最終消費財マーケットの嗜好パターンと規模を大きく変化させると考えられます。総人口の減少がマーケット規模を小さくすることは読者の皆さんもご承知のとおりです。しかしこのことよりも重要なのは、少子・高齢化でマーケットの質や消費者の嗜好パターンが従来のものとは大きく変化する可能性があるという点です。
 今から30年ほど前、団塊の世代が青年期の頃になりますが、所得格差は現在のようには大きくありませんでした。所得水準が同じ人の消費パターンや嗜好にはさほど違いはありませんから、企業は平均的消費者の消費パターンと嗜好を考慮して、大量生産した財やサービスを売りさばいていれば良かったのです。実際に、教育の機会均等主義も功を奏し、優秀な労働力は均一な商品、高品質な商品を大量に世に送り出し、日本経済は高度成長を迎えていました*1。
*1少子化で経営に大きな打撃を受けた業界の一つに大学があります。これまで若年人口が増加し、人々の所得水準も増加していましたから、進学者は増加の一途をたどっていました。こうした状況ではたいしたマーケティングをしなくとも、大学経営は成り立ちました。しかし現在ではそうはいきません。入試制度を大きく見直したり、学部や学科を新設して受験生の興味を引こうと大学も経営努力をするようになりました。それでも淘汰される大学はたくさんあると言われています。
 高度成長期の大量消費の担い手であった団塊の世代は、現在引退期を迎えています。図1は総務省統計局が2002年に調査した世帯主年齢階級別の世帯所得の分布を示したものです。この図から、若年層と高齢層の世帯主世帯では高額所得世帯の割合が少なく、所得分布は壮年層の世帯主世帯に比べて大きくないことがわかります。ただし図1はフローの所得を見たもので、金融資産などストックを含めて考えると、高齢者ほど所得格差は拡大しています。

各年齢階級における世帯数の割合
図1

 こうした所得分布の拡大は、消費者の消費パターンと嗜好を拡大させます。そして、平均的消費者像をイメージするのを困難にさせています。実際に、バブル経済崩壊後のデフレ不況期には、低価格戦略商品が売れ行きを伸ばすと同時に高級高額ブランド品の販売も絶好調でした。その一方で中級価格帯の商品の販売は伸び悩んでします。こうしたことは、所得格差が拡大した消費者の消費パターンと嗜好が変化していることを反映していると考えられます。

対策1 ポジティブ・アクション

 高齢者が今後増加する日本社会では、消費パターンや嗜好が均一・均質な消費者は大変少なくなると予想されます。そしてこのことは、企業の商品開発や営業戦略に大きな影響を及ぼすと考えられます。
 それでは、この問題を回避するために企業はどう対応すればよいのでしょうか。筆者は、そのキーワードが「女性活用」と考えています。
 上でみたように、少子化社会の進展はマス・マーケット(多数の均質な消費者がいる市場)をなくし、年齢や学歴、あるいは所得階層でセグメント(消費者の属性で分けられた市場)されたマーケットを作り出すと予想さます。その時、企業が売れ筋商品を揃えるには、各セグメントを知り尽くした従業員が商品企画・開発を行うのが良いのではないでしょうか。そのためには、企業はこれまでのように従業員の属性で人事管理するのではなく、各人の能力に応じて管理するのが望ましくなります。
 なかでもこれまであまり重視されてこなかった女性の声をより取り上げる必要があります。紙幅の都合で実例を挙げることはしませんが、商品企画・開発で女性が活用している企業ほど、最近は売り上げが伸びたり利益率が上がったりする傾向が見られます。

対策2 ワーク=ライフ・バランス

企業が女性を活用するためには、企業はこれまで以上に教育訓練機会を彼女たちに与える必要があります。これまでは男性に比べて女性の教育訓練機会が少なかったのですが、それには彼女たちの平均勤続年数が男性よりも短く、教育訓練コストを企業が回収することが困難だったという理由があります。そして女性の平均勤続年数が短いのは、結婚や出産などで仕事と生活が上手くバランス出来ずに、辞めざるをえないからです。
 ところで、女性の高学歴化が近年は進んでいますが、キャリアアップと結婚生活の間で悩み苦しんでいる人たちが少なからずいます。その結果、第1回でみたように、晩婚化や未婚化が進んでしまうと同時に、結婚しても子供を産まないという選択をする女性が増えています。より一層の少子化が進むと、結局は企業経営を圧迫する可能性が高いのです。また、結婚や出産で仕事を継続することが困難になった女性、とりわけ高学歴女性は労働市場にカムバックする確率が低く、せっかくの教育が宝の持ち腐れになっているケースも多々あります。こうした状態を放置しておくことは、日本企業の経営にとっても日本社会にとっても非効率的なことではないでしょうか。
 女性の教育訓練投資の収益率をあげるためには、彼女たちの就業継続確率を高める必要があります。とは言っても、女性が就業を継続するには結婚や出産など仕事と家庭生活を上手にバランスさせる必要があります。この二つの問題を上手に解決するには、企業がワーク=ライフ・バランスを実効可能にする人事戦略を採用し、それを社会全体でバックアップすることが肝要です。
 育児・介護休業制度や短時間勤務制度などのワーク=ライフ・バランスは、一般に手間がかかってコスト要因であると考えるがちです。たしかに、休業者の代替要員を準備したり、休業後の本人のスキル水準が落ちていたり、あるいは育児や介護で急な休暇があったりと、短期的にはコスト要因のほうが強いかもしれません。
 しかし長期的な視点に立つと、ワーク=ライフ・バランスは必ずしもコスト要因ではなく、ベネフィットの方が大きい可能性は高いのです。例えばアメリカでの研究を見ると、Perry-Smith&Blum[2000]は仕事と家庭の両立施策を包括的に導入している企業の売上利益成長などの業績指標は、導入していない企業に比べて、高いことを見いだしていますし、Shepard,Clifton&Kruse[1996]は柔軟な勤務制度を有する企業の生産性はそうでない企業よりも10%ほど高いことを見いだしています*2。
*2 以下の文献を参考にしてください。
 Perry-Smith, J. E. and T. C. Blum. [2000] "Work-Family Human Resource Bundles and Perceived Organizational Performance," Academy of Management Journal, Vol.43, pp.1107-17
 Shepard, E. M., T. J. Clifton and D. Kruse. [1996]"Flexible Work Hours and Productivity; Some Evidence form the Pharmaceutical Industry, " Industrial Relations, Vol.35, pp.123-39