第1回 母子家庭の生活―就労と収入

しんどいプレシングルマザー 

 私は 25 年前、31 歳のときに離婚をしました。当時、一人娘は 3 歳でした。その子を連れて、新しい生活のスタートを切ったのです。離婚の直前は、世の中で私ほど不幸な女はいない、もう人生終わった、この先は尼のような 生活で朽ち果てていくのかな、などと漠然とした恐怖心を持っていました。もちろん、具体的にどうやって生活をしていくのか、給料で食っていけるのか、子ど もはお父さんなしで大丈夫なのか、子育てと仕事の両立などできるのか、などなどさまざまな不安が一挙に押し寄せて、何から手をつければよいのかもわから ず、ただただ呆然と不幸な殻の中にいたような気がします。
 もっとも、実は私は非常に恵まれていたことがあとから判明しました。というのも、私の 周りにはすでに母子家庭として暮らしている女たちが数名おり、彼女たちから多くの情報を得ることができたからです。「児童扶養手当っていうのがあるから、 すぐに手続きしいや」「何とかなるから大丈夫よ」などとたくさんのパワーをもらって、新しい生活をはじめることができたのです。
 私は、この離婚 前の女性たちを「プレシングルマザー」と呼んでいますが、この状態にある女性たちこそが、情報もなく孤立しており、一番しんどい立場にいるのだと思いま す。離婚が成立すれば、安いとはいえ国の手当てである児童扶養手当もあるし、母子自立支援員の支援も受けられ、どうしようもないときは母子寡婦福祉貸付金 も借りることができます。そんな情報も、児童扶養手当の手続きに行けば窓口で説明してもらえるはずです。しかし、離婚したい、離婚するしかない、でも踏み 出せない、あるいは離婚したいけど相手がオーケーしない、等のプレシングルマザーは、情報から遮断されているのが現状です。
 さらに、離婚直前の 自分の経験を振り返ると、その漠然とした不安の中身が、先の生活が見えない不安であることにも気づきます。夫のいない生活とはどういうものなのか、自分で 生活していくとはどのようなものなのか、あまりに漠然としすぎて具体的な姿が見えない、それが不安を掻き立てるのでしょう。しかし、そのような不安でいっ ぱいだった私も、離婚して子どもと二人の生活を送り始めて 1 ヶ月もたつと「ああ、なんて自由で毎日が楽しいのだろう。こんなことなら早く離婚したら良かった」と思うようになりました。経済的にはもちろんきびしい貧 乏暮らしになった、忙しさも半端じゃない、毎日、保育園、職場、祖父母の家、自宅をめまぐるしく駆けずり回り、家事と仕事、育児をやりこなす多忙な日々。 それでも、この清清しさはなんなのだろう。自分で働いてお金を稼ぐ、そのお金で生活をする、時間も自由、何をするのも自分で決める、そして自分ですべてに 責任を持つ、そんな暮らし。これが、清清しさの中身だと気づいたのです。

全国母子世帯調査から 

  とは言っても、まずは生活を成り立たせるための収入が必要です。ここで、母子家庭の実際の生活について「平成 23 年度(2011 年度)全国母子世帯調査」(厚生労働省)から見てみましょう。これによると、母子世帯の年間就労収入は 181 万円、月にして約 15 万円です。働いてもらう給料が月 15 万円。これは、私が多くのシングルマザーから直接お聞きしている生活実態と合致します。おそらく多くのシングルマザーが、パートを 2 つか 3 つ掛け持ちして、やっとの思いでこの額の手取りとなっているのだと想像できます。
 しかし、この調査が発表された昨年 9 月、母子世帯の年間収入がアップした、と一部マスコミで報道されました。前回(2006 年)調査で発表された収入は 213 万円。それが今回、平均世帯収入が 291万円となっており、一挙に 78 万円も増えた、と報道されたのです。しかし、よく見てください。これは「世帯収入」、前回は「自身の収入」、おそらく、今回の世帯収入には、同居家族の収 入も含まれて
いるのではないかと思われます。つまり、母子だけで生活していくことが経済的に困難となり、誰かと同居するケースが増えたのではない かと私は見ています。ですから、母子家庭の収入を見るときは、「就労収入」なのか「全部の年収」なのか、また「自身の収入」なのか「世帯収入」なのか、そ れらをしっかりと見ていくことが重要です。今回は、「就労収入」働いて得た収入が 181 万だということが、最も
実態を表していると思います。 ちなみに、就労収入と年収 213 万円との差額は、児童扶養手当と養育費です。児童扶養手当は、おおむね年収 130 万円以下のシングルマザーなら満額もらえますが、その額は第1子で 41,430 円。第2子は 5,000 円、第3子以降は一律 3,000 円です。つまり満額受けても、子どもが 3 人いた場合、月に 5 万円に満たないのです。よく「子どもが 3 人なら 4 万×3 人で 12 万円ももらえるのだろう」と誤解している人がいますが、大きな間違いです。また、収入がアップすると、児童扶養手当は 10 円刻みで下がります。つまり「がんばって残業して今月は少しだけ給料が上がったわ」と思っても、その分児童扶養手当が減るので、残業しなくても同じことな のです。就労意欲が下がっても無理ないですよね。

表1 母子世帯の収入「平成 23 年度(2011 年度)全国母子世帯調査」(厚生労働省) 

就労収入 世帯収入
2006年 171万円

213万円

2011年 181万円

223万円(自身の収入)

291万円(世帯の収入)

よく働くのに貧しい母子家庭

  一方、父子家庭の収入状況を見てみると 360 万円で、前回調査(398 万円)に比べて減っています。かつては、父子家庭といっても、実際は父の祖父母に子どもを預けっぱなしであったり、すぐに再婚したりして、母子家庭のよう に父親が実際に子育てしながら仕事もして生活している家庭は少なかったのですが、今は増えていると感じます。父子家庭も子どもとの生活を犠牲にはできませ んから、仕事をセーブするしかなく、収入が減っているのかもしれません。
 全世帯の平均年収は約 550 万円、子どものいる世帯の平均年収は 658 万円と比べると、父子家庭も経済的に苦しい生活を送っているのがわかります。母子家庭となると、全世帯の 3 分の 1 にもなりませんから、その困窮状態は尋常ではありません。日本の母子家庭の貧困率が約 60%にもなっており、世界的にもまれに見る非常に高い数字であることはニュースなどでも何度も報道されました。しか
も、日本の母子家庭の母の就労率は 80%以上で、これまた世界的にも非常によく働くことで有名です。もっとも、働かなければ生きていけないのですから働かないわけにはいきません。
  母子寡婦福祉法の改正により、2005 年より就業・自立支援に軸足が移され、児童扶養手当の支給要件として、就業しているか休職中、もしくは病気で働けない場合、と限定されました。つまり、そ れ以外の就業していない母子家庭の母には、児童扶養手当は支払われないということです。手続き的には、書類を提出すればすむのですが、この要件は「働け、 働け、働かなければ金をやらないぞ」と言っているに等しく、母子家庭の母にとっては脅しにも聞こえるものです。

 私たち母子家庭の母は、い つの時代も社会の底辺に据え置かれてきました。私たちの生活実態を見れば、この日本という社会が、女性たちをどのように見ているのか、女と子どもをどのよ うな位置に置いているのかがよくわかります。女が無理なく普通に働いて、普通に子育てをして、そして普通に生きられる社会を、私はめざしたいと思います。

表 2 母子世帯になってからの期間と収入 

総 数  100万円 未満 100~200万円未満 200~300万円未満 300~400万円未満 400万円以上 平均年間収入(世帯の収入)
5年未満

575
(100.0) 

79
(13.7)

152
(26.4)

147
(25.6)

73
(12.7)

124
(21.6)
290万円
5年以上  770
(100.0) 
62
(8.1)
193
(25.1)
217
(28.2)
138
(17.9)
160
(20.8)
297万円