第3回 「新たなパラダイムの構築へ」

1.実現したいインセンティブの付与

 前回はクオータ制について説明したので、最終回は残り2つ、「インセンティブの付与」と「ゴール・アンド・タイムテーブル方式」について説明する。
 まず、インセンティブの付与について。例えば企業などに男女共同参画の取り組みを、と訴えてもなかなか腰を上げないという問題がある。取り組みを促すには何らかの動機付け、すなわちインセンティブを与えることが戦略として必要になる。これを実施しているのが、例えばアメリカのアファーマティブ・アクションである。
 連邦政府と年間5万ドル以上の事業契約を締結している事業主は人種的なマイノリティ(少数派)や女性の登用を義務付けたアファーマティブ・アクション・プログラムを作成しなければならない。簡単に言えば、女性の活用、登用を積極的に行わないと、政府との大口取り引きには参加できないというように理解すればいい。
 そのようなインセンティブの付与方式を日本でも導入してはどうかという答申を政府に対して行い、政府もそれを汲んで第3次男女共同参画基本計画では「実効性ある積極的改善措置(ポジティブ・アクション)の推進」のひとつに書き込んだ。クオータ制にしろ、インセンティブの付与にしろ、強制的で強い効果を発揮するものについては法の下の平等を保障した憲法14条に抵触するか否か(この場合はクオータ制)、さらには男性に対する逆差別ではないかという問題も付きまとう。
 このあたりは慎重な議論が必要だが、こと女性の置かれている状況について言えば、機会の平等が形式的なものに過ぎない側面があることが指摘できる。換言すれば、男女の置かれている社会的状況に格差が生じているのである。端的な例が、わが国に根強い固定的な性別役割分担意識だ。その結果、家事や育児負担が女性の肩に重くのしかかり、さまざまな分野への参画を果たす上で、必ずしも男性とは対等な状況には置かれていない。
 「ポジティブ・アクション研究会報告書」(内閣府・2005年)はこのような状況を次のように分析する。
 「もともと男女が置かれている社会的状況に差が生じている場合、男女の間で法的処遇上に差別はなくとも、それは形式的平等に過ぎず、現実には個人の能力・努力によらない格差を生み出す場合がある。このような格差は、社会構造的な問題や過去の差別の残滓ざんしから生ずるものであり、これらを払拭しない限り改善されず、再生産されることになり、実質的には機会の不平等が生じていることになる」
 要するに、スタートラインで男女間には格差ができてしまっている現状がある。その格差を解消する手段がポジティブ・アクションだ。暫定的に男女を異なる扱いにするのは実質的な機会の平等を目差す上で必要不可欠だからで、平等原則に反するものではない。
 インセンティブの付与を具体的にどうするかは、現在、内閣府・専門調査会のワーキング・グループで議論を行っている。論点のひとつは、男女共同参画推進企業を競争入札時に加点するなどして優遇できるかという点だ。会計法では、公契約は「公正性・経済性」を原則にする。そこに男女共同参画の推進が果たしてもぐりこめるのか。
 むろん、国や地方自治体は競争入札を行うにあたって価格だけで決定するわけではない。総合評価方式、すなわち価格+αで決まるが、αという条件に男女共同参画の推進をもぐりこませることができるのか、さらには会計法自体の改正が必要になるのか…。まだ議論の途中なので結論は出ていないが、いずれにしろインセンティブの付与は実現したいというのが私の願いである。

2.多様性が尊重される社会

 3つ目のゴール・アンド・タイムテーブル方式は文字通り目標と期間を決め、そのための努力を行政や企業に促すものだ。インセンティブの付与がうまく機能すれば、男女共同参画の推進が利益につながるという機運が企業などに生まれる可能性がある。企業のポジティブ・アクションは、大企業ほど実施率が高い。規模が小さな企業は実施率だけではなく、関心も低い。とはいえ、すでにポジティブ・アクションを実施してきた規模の大きな企業は女性管理職が多くなったのかといえば、そんなことはない。日本のポジティブ・アクションは、ただ実施しましたというだけの形式的なものでしかない。
 形だけでもポジティブ・アクションを行えばいい、一回行えばもうやらなくてもいい…。そんな風潮があるだけに、こちらももっと実効性あるものにしなければならない。そしてこうした取り組みは、ダイバーシティ、すなわち多様性の確保という視点から遂行する必要があることも指摘しておきたい。
 多様なバックボーンが尊重されること。それは性、年齢、国籍、信条等で差別を受けない社会のことだ。そんなダイバーシティ社会を作る中でのメニューのひとつが、ポジティブ・アクションである。
 以上、第3次男女共同参画基本計画の核をなす「実効性」を確保する上での3つのポイントを解説してきた。それらの説明にページを割き、ほかの特徴にはあまり触れられなかった点はお詫びしたい。
 ほかにも第3次基本計画ならではの特徴がいくつかある。例えば、第3分野に「男性、子どもにとっての男女共同参画」を掲げたことだ。重点分野に「男性」が独立して登場したケースは過去にはない。男女共同参画という問題は、女性だけの問題ではない。男性にとっても、切実な課題だということを男性に認識してほしいからである。
 非正規雇用者は、雇用労働者の3割を突破した。非正規雇用の中心がパート主婦であった時代は問題にもならなかったものが、男性、若者にも増えてくると社会問題になる。それはそれで大きな問題をはらむのだが、今回は脇におく。非正規雇用者の増加は、固定的性別役割分担を根底から揺るがす。現代の夫たちはもはや、妻子を養うだけの賃金を得られない。そんな時代であれば、男性女性それぞれが、経済的にも家庭的にも自立を模索する必要がある。男性が男女共同参画に無関心であってはならないゆえんもここにある。
 夫片働きから共働きの時代へ。今、大きな転換期を迎え、高度経済成長期とは異なるパラダイムの構築が求められている。そんな思いを、第3次男女共同参画基本計画から汲み取っていただければ幸いである。