第2回 「女性の参画で人権侵害事案を防ぐ」

 災害時の混乱の中、人々はさまざまな我慢を強いられ、普段とは異なる不自由な生活を送ることになります。ある程度は仕方ないとはいえ、しなくても良い我慢や、少しの配慮によって改善できる場面も少なくありません。中には、深刻な人権侵害につながる事案もあるだけに、なにもかも「非常時だから…」と諦めてしまわず、なぜそんな事態が起こるのかを構造的にとらえ、予防や改善に向けた方策を探ることが大切です。

1.女性の参画で避難場所を過ごしやすく

 住宅やライフラインが壊れるような大規模災害では、避難生活が長引きます。東日本大震災後に改訂された中央防災会議の防災基本計画(地震災害対策編)には、避難場所の環境改善に関する記述が増やされ、男女共同参画についても以下の項目が入りました。

 「地方公共団体は、避難場所の運営における女性の参画を推進するとともに、男女のニーズの違い等男女双方の視点等に配慮するものとする。特に、女性専用の物干し場、更衣室、授乳室の設置や生理用品、女性用下着の女性による配布、避難場所における安全性の確保など、女性や子育て家庭のニーズに配慮した避難場所の運営に努めるものとする」

 政府計画としては異例なほど詳細に記されており、その具体性は評価できるのですが、ここまで書き込まなければならないほど、東日本大震災時の避難所は女性たちにとって過酷な状況だったのだろうか、と胸が痛みます。

 実際に、東北で避難所支援にかかわった女性団体の人に聞くと、せっかく間仕切りが届いたのに「地域全体が大家族のように過ごしているのに、間仕切りをすると一体感が失われる」と立てさせなかったり、後に手や唇の荒れに悩む女性たちがハンドクリームやリップクリームを欲しがるのを「そんなぜいたく品はいらん」とはねつけたりした男性リーダーがいたようです。「近隣の絆」は確かに大切ですが、(寝顔や着替えを他者の視線から守る)最低限のプライバシーは必要です。また、被災直後で物資が何も無い段階を過ぎた後でも、耐乏生活を強いるのは「美徳」とは言えません。避難生活は生活再建に向けたプロセスの一環であり、被災者にとっては「日常を取り戻す」ことが、心の復興につながるからです。

 健常な男性リーダーの中には、本人に悪気がなくても、女性や子ども、高齢者、障がい者らのニーズが理解できない人や、外からの援助を受け入れることができず全て自分で取り仕切ろうとするあまり、内に対して過度な規制をかけてしまう人が少なくありません。改訂計画が指摘するように、避難所運営に女性が参画していれば、もっと早くに事態が改善されていたでしょう。多様な人々の人権に配慮ができる女性のリーダーシップが求められています。

2.「家庭と仕事との両立」の課題は、被災でより深刻に

 仕事や雇用の面では、どうでしょうか。事業所が被災したり、通勤手段が無くなったりすることで、被災地では一時的に多くの雇用が失われます。また、自営業者の中には、住まいと生計手段を同時に失う人が少なくありません。阪神・淡路大震災では、真っ先にパート職の女性が解雇されました。現在は、若者を中心に非正規雇用が増大した分、事態はさらに深刻です。

 解雇されないまでも、災害時にあまり働けなかったという理由で、職場にいづらくなるケースもあります。大災害では、保育所も、学校も、高齢者を預かってくれるデイサービス施設も全て閉鎖されます。自宅が無事でも、誰かが家に残って、子どもや高齢者あるいは災害で傷ついた家族のケアをしなければなりません。共働きでも多くの場合は女性が残りますし、ひとり親家庭では男女問わず出勤を見合わせざるを得ないでしょう。

 男女雇用機会均等法の施行から四半世紀が過ぎ、女性の管理職や専門職も増えてはいますが、実のところ、災害時に彼女たちが安心して働けるサポート体制は、全くと言ってよいほど整っていないのです。それがネックとなって、女性の職種や地位が狭められている懸念もあるだけに、平時から非常時を見越した勤労女性のサポート体制を考えておかなければなりません。

 被災地では、生活再建に向けて、女性も家計の担い手として職探しをする人が出てきます。その一方で、本人や家族の健康状態の悪化や、転居に伴う通勤の負担によって、就業を諦める人もいます。女性の方が、育児や介護といった家庭的責任を負うことが多い分、求職の条件や選択肢が狭まるケースが多くなります。東日本大震災の被災地でも復旧・復興に伴う求人は増えていますが、女性のミスマッチ現象が深刻です。下図は、復興庁ホームページの「復興の現状と取組(平成24年12月14 日時点)」から転記した被災地(気仙沼市)における求人と求職(男女別)のグラフですが、女性が希望する事務職や食料品製造関連の職種は求人が少なく、輸送・機械運転や建設業は男性とりわけ経験者でないと就職が難しい状況が見て取れます。 

グラフ

 一足飛びの解決は難しいでしょうが、▽求職中から保育所入所を認める▽託児や送迎サービスを行う事業者の取組を奨励する▽ワークシェアやチームジョブなどで短時間かつ柔軟な働き方をつくる▽託児や託老の分野での起業を促進する…などの対策が考えられます。これらは、被災地に限った話ではありませんね。災害時には、平時からの矛盾や課題が増幅して現れるだけに、非正規雇用の安定化や働く女性(だけに限りませんが)に対する支援策の充実が急がれます。

3.暴力防止策の文言にも人権への配慮を

 災害時の人権問題のより深刻なケースとして、女性や子ども、高齢者に対する暴力・暴言があります。過去の災害では、ドメスティック・バイオレンスが激しくなった事例や、性暴力が隠ぺいされがちになることが報告されています。東日本大震災においては、女性支援団体などが暴力防止キャンペーンを展開し、電話による相談窓口等も設けられました。まだまだ十分ではありませんが、問題が表面化して多くの人が意識するようになっただけでも、進展があったと言えるでしょう。

 とは言え、防止策の表現方法について、人権の視点から配慮する必要があります。東日本大震災の避難所で「女性とこどもはひとりでトイレにいかないで!」と注意する看板を掲げたのが好事例として紹介されましたが、皆さんはどう思われますか? 私は、このように女性や子どもを不安に陥れるような表現をせずとも、トイレの配置や照明の工夫によって犯罪防止効果はあげられると考えましたし、注意書きをするにしても「(事故防止のため)トイレは誘いあっていきましょう」など、男女問わない表現はできなかったものかと残念に思いました。

 一方で「家族同様の絆」を強調しながら、もう一方で「一人でトイレに行くと襲われるぞ」というメッセージを送る…。このような「上から目線」や「責任転嫁の表現」を超えたところで、冷静かつ効果的な安全対策を考えられないものでしょうか。このあたりでも、女性自らが立ち上がり、知恵を出し合う必要がありそうです。