第2回 性別不合の診療

●日本の医療におけるガイドライン

 現在、日本では日本精神神経学会の性同一性障害に関する診断と治療のガイドライン(第4版)をもとに診療が実施されています。これは、安全に、また有効に治療ができるように考慮して作られたものであり、医師やトランスジェンダー当事者の医療を制限するものではありません。その中には、ホルモン療法や手術療法を開始する前に行う診察や検査、また、それを行うべき体制、治療に進む前に行うための確認事項、その適応を判定するための会議のありかたなどが書かれています。このため、これに従っていない診療では、トランスジェンダー当事者が危険な健康被害を受けてしまったり、その治療をしたことを後悔したりすることにつながる確率が高くなります。

●誰が「性同一性障害(性別不合)」の診断をするのか

 現在、性同一性障害(性別不合)の診断のためには、精神科医2名が、トランスジェンダー当事者の性自認や性別違和感の強さを確認し、場合によっては心理士の意見も聞きます。また、産婦人科医や泌尿器科が身体の状態を確認します。しかし、もちろん、医師が決めるというより、本人と一緒に確認していく作業を丁寧にしていくということです。最終的に、治療をするかどうか、どこまでの治療をするかを決めるのはトランスジェンダー当事者本人です。

●ジェンダークリニックの専門医療チームと適応判定会議

 ガイドラインでは、専門医療チームの役割の重要性を指摘しています。医師としては、精神科医、産婦人科医師。泌尿器科医師、形成外科医師などが含まれます。また、子どもの受診も増えており、岡山大学ジェンダークリニックでは、小児科医も所属しています。さらに、心理士、看護師なども加わり、医療チームが作られています。
 ホルモン療法や手術療法を実施する前には、1人の医師が決めるのではなく、適応判定会議で検討して、医学的、社会的に治療が可能かを確認します。この適応判定会議の参加者は医療チームのメンバーのみではなく、外部委員の参加が推奨されています。

●信頼できる施設の見つけ方

 ジェンダークリニックなどの名称で呼ばれる専門医療チームは、大学病院など1施設内で構成される場合もありますが、地域の診療所などが連携して構成される場合もあります。安全な治療を受けることができる施設の見つけ方について、よく尋ねられます。GID(性同一性障害)学会の認定施設などでは、学会の研修や試験を受けて認定された医師が所属しており、原則としてガイドラインに従って診療しています。
 GID学会のホームページには、施設名が公表されていますが、まだ、数が少ないのが現状です。それでも、個別に診療をしている認定医ということであれば、近くにいるかもしれません。また、ジェンダークリニックからの紹介を受けてホルモン療法を実施する施設は全国各地に存在しています。認定医の診察を受け、その管理下で、近所の医療施設でホルモン療法を続けている性別不合当事者も多く見られます。

●ホルモン療法の効果と限界

 ホルモン療法の開始前には、効果のみではなく、その限界も知っておく必要があります。トランス男性ではアンドロゲン投与によっても乳房の縮小は限定的であり、ほとんどの例で乳房切除術が行われています。トランス女性へのエストロゲン投与によって乳房は増大しますが、2~3年たっても十分な増大が見られない場合には豊胸術を行う例もあります。また、二次性徴によりひげが生え、声変わりをした後ではエストロゲン製剤の効果は限定的です。

●思春期の子どもへの二次性徴抑制療法

 二次性徴の発来(医学的には、タナー分類の2期)に伴い、性別違和感が強くなった場合、二次性徴抑制療法を検討します。トランス男性の場合には、月経のたびに自殺未遂を繰り返す例もあり、緊急で開始せざるを得ない状況もあります。また、トランス女性では、ひげが生え、声が低くなる前に二次性徴を抑制することで最終的な外観等が女性的になりやすく、適切な時期に行われるかが、その後の生活の質(QOL)に大きく関わります。

●二次性徴抑制療法の実際

 子宮内膜症や子宮筋腫、あるいは、前立腺がんの治療にも使用される「GnRHアゴニスト製剤」がよく使用されます。その効果は一時的であり、もし、「性同一性障害(性別不合)」と診断されなかった場合に中止すれば、元々の二次性徴の進行が再開します。
 子どもの場合、性自認が揺らぐ可能性が成人以降より高いこと、また、精神状態が環境に影響されやすいことから、精神科医または心理関係の専門家による定期的な観察を受けることが推奨されます。二次性徴抑制療法の実施群では、非実施群に比較して、うつ病の発症率や生涯に自殺念慮を持つ率は低いとの報告もあり、適切に実施されれば有効な治療です。

●ホルモン療法、手術療法の保険適用

 2018年の診療報酬改定により、GID(性同一性障害)学会の認定施設における手術療法(性別適合手術、乳房切除術など)が保険適用となりました。しかし、ホルモン療法は自費診療のままであり、「性同一性障害」という同一病名での自費診療と保険診療とを行うこと(混合診療)は、原則として禁止されていることから、ホルモン療法を実施した後に行う手術療法への保険適用が制限されている現状があります。
 このため、混合療法にならざるを得ない状況があり、実質的に手術療法を自費診療で行わざるを得ない状況が続いています。現在、私達は、ホルモン療法の保険適用に向けて活動中です。