第3回 発達障がいを持っていても自分らしく生きることができる社会に向けて

 最終回、サクラさんが大人になってからの様子をまとめます。


サクラさんの事例 シーン3

 サクラさんは大学生になり学校生活に慣れるまでにいろいろありましたが、何とかコンビニのアルバイトを始めました。バイト先の年上の男性と好きな冒険ものアニメの話でよく盛り上り、「アニメ映画を観に出かけないか」と誘われました。サクラさんはこのアニメ映画が観られるということで、相当ウキウキしていました。デートの当日(でもサクラさんはデートと思っていない)映画を観て、食事をして、そしてカラオケに行きました。男性はお酒を飲みながら何曲か歌ったころ、突然サクラさんに覆いかぶさるようにし無理矢理キスをしてきて、服の中に手を入れ胸を触ろうとしました。サクラさんは何が起こっているのか分からず固まってしまい抵抗できませんでした。ちょうどお店の人が注文したドリンクを持ってきてくれた時に、男性は体制を戻し何事もなかったようにふるまっていました。サクラさんはどうしていいかわからず、相手に合わせてふるまいました。そしてその日はそこで帰りましたが、サクラさんは誰に相談するでもなく、あれは何だったのかと聞ける友だちもおらず日だけが過ぎていきました。
 そして大学を卒業し、自宅から離れた製造業の会社の事務職として就職しました。就職してから、事務職でもお客対応のために不規則な勤務体制があると聞かされました。就職して数か月後に早朝・夕方勤務が始まり、しばらくすると不眠・イライラなどの体調不調が起こり始めました。サクラさんはストレス発散をしなければいけないと、夜遅く帰ってきてからも好きなアニメを2時間観て、さらにインターネットを検索して、自分なりにストレス発散するようにしていました。ある日、女性が性的被害を受けたというネットニュースを見て、これは自分が大学生の時にカラオケ屋でされたことではないかと気が付いてから気持ちも不安定になり、ご飯も食べられなくなりました。こうしてだんだんと体調が悪化し、自宅から出られなくなってしまいました。


解説と対応例

 年頃になり特定の異性と出かけるともなれば、男性は身体的な接触を期待することもあるでしょう。しかし相手のそのような下心があることを読めないと、自分にとっては思いがけない展開になることもあるかもしれません。障がいの特性があろうとなかろうと、女性が性的な被害に遭うことは少なくありません。障がい特性があることで、何が起こっているか状況の理解ができずフリーズ(固まる)してしまい、それが逆に相手には受け入れてもらえた、と勘違いされることもあります。また、相手が暴力的な人であれば、コトが終わるのをただじっと我慢するということもあります。これは障がいの有無に関わらず、起こりうることです。女性は男性や子どもに尽くすものだと聞かされていると、“自分もそうしなければいけない”と妻や彼女としての役割だと信じ込んでいる女性もいます、こういった思い込みはドメスティックバイオレンスを受けていても気がつけないこともあり、女性の生活自体に大きく影響します。性的なことはなかなか家族で話題にしにくいものですが、幼い頃から話ができる環境を作ることが大切で、思春期になって話してくれないのではなく、もともと話せる環境を作れていたかを考える必要があります。
 就職すると体調管理を自己管理で万全にしなければいけないものですが、不規則な生活への順応が難しいことがあります。自分なりに考えたストレス発散もほどほどの調整ができずにあだになってしまうことがあります。もしかしたら、生活の調整を一緒に考えられる第三者の存在があるとよいのかもしれません。


サクラさんの事例 シーン4

 就職して1年半になろうとするころ、仕事にも行けなくなり会社から自宅に連絡がありました。家族がアパートへ様子を見に行ったところ部屋の中もサクラさん自身もひどい状態になっていたので、家族はとても驚きすぐに実家へ帰ることになりました。
 少し落ち着いたころやっぱりサクラさんの様子が変だということで、家族と一緒に精神科を受診し診断を受け、心理士さんの面談を何度も受けました。これまでの経過をと話し、そしていろいろなアドバイスをもらいました。発達障がいの特性により周囲の状況が理解しづらいこと、社会(家族)が女性らしさを知らず知らずに要求していること、こういったことの間に挟まって、サクラさんは辛い思いをしてきていたが、それをうまく言語化できず、溜まったストレスをうまく消化できなかったこと、またこれまで家族のことに一所懸命だった母親のサポートも必要なことなどを聞きました。「たくさんあるので、ひとつずつゆっくり解決していきましょう、まずは障がい特性もそうですが、サクラさん自身が自分を理解することから始めるのが大切ですね」というお話でした。
 最近のサクラさんはどちらかというと青、グレイ、黒といった地味な色の、Tシャツにジーンズというようなシンプルな服装をしています。髪はショートカットで髪飾りもつけていません。「私はこういう格好のほうが落ち着くの」と話してくれたので、母親も納得してくれました。偏食があったのですが、栄養のバランスを考えたサクラさんが食べられる食事を母親と一緒に作るようにしました。実は朝早く起きるのが苦手で、生活リズムが崩れると体調も崩してしまいます。ですから朝ゆっくりと起きて、今は就労移行支援事業所に通いながら、仕事につながるスキルの練習をしつつ、自分に合った仕事を見つけようと思っています。また事業所の人に“発達障がいのある女性の集まりがあるから行ってみるのもいいかも”と教えてもらったので、元気になったら探してみようと思っています。
 少したってから母親は「これまで家の中が殺伐としていて冷たい雰囲気だったが、少し居心地がよく感じられるようになってきた、家族みんなが安心していられる場所になるようにしたい、子育てのやり直しだと思って、サクラの話をたくさん聞くようにして一緒に過ごそうと思っています。」と、心理士さんに話してくれたそうです。


 最近は発達障がいがある人の支援のための公的な施設、民間の事業所やNPOなど多くあります。自分に合った社会資源とつながっておくことで、いざというときに助けになることがあります。頼れる専門家をたくさん知って、視点(自分や子どもにとって必要なことを判断できる力)を養うことも大切だと考えています。
 一言で言うなら、社会が変われば「困難」や「生きづらさ」ってなくなるのだと思います。視力が悪い人もメガネをかければ見えやすくなり、段差や階段ではなくスロープやエレベーターがあれば車椅子や足の不自由な人も容易に移動できるのと同様に、社会や周りの人々が「あの人、変じゃない?」「普通じゃないよね」という目で見たり、言ったりしなければ、障がいだとか女性だとか周りを気にすることなく自分らしく生きられるのだと思います。もちろんマナーやルールに反しない範囲や、迷惑をかけないという条件はあります。人はみな一緒ではなくそれぞれ違いますし、普通や当たり前なんてことはありえないのです。でも日本では幼い頃から“一緒”で“同じ”であることがよいことだと疑いなしに刷り込まれます。でも実は、人はみな“変”なのだし、自分も“変”なのです。
 差別や偏見、気が付かない思い込みはそんなに簡単には解消されないものだと思いますが、一人一人の考え方が変わっていくことによって社会は変わると思います。ある人が言いました「君、発達障がいの特性ないの?普通?そんなのつまんないよ、ちょっとくらい特性があった方が楽しいよ。」と。誰もがこう考えお互いに言い合えるようになれば、“多様性を受け入れる・認める”という言葉さえなくなるのではないでしょうか。そんな社会になれば、女性だとか、障がい者だとか、そんなことを気にしなくても、皆が生きやすいのではないかと思います。