第1回 社会における「発達障がい」のある「女性」

 今回から3回にわたり、「発達障がい」のある「女性」における、「困難」や「生きづらさ」について、社会や学校における問題や課題について考えたいと思います。
 ここでは架空の“サクラさん(仮名)の事例”をもとに話を進めます。この“サクラさん”は筆者がこれまでに聞いたり出会ったりしてきた多くの女性のエピソードを寄せ集めて作り上げた女性です。女性の身に降りかかる可能性がある事例をわざと集めましたので、そこの所はご了承ください。
 筆者が何人もの発達障がいのある女性と出会ってきたきっかけは、「発達障がいのある子への性と関係性の教育」です。まずはその内容を簡単に説明いたします。
 「性と関係性の教育」は二次性徴の時期のみではなく生まれてから老いるまで、性的な成長に関連したさまざまな事柄について複数の視点:身体面・精神(心理)面・人間関係の面などから考えていこうというものです。この教育を行う目的の一つに発達障がい(知的障がいも含みます)の特性のある子が起こしてしまう“性の問題行動”があります。これらの問題の背景には単に思春期の性的欲求や衝動が高いという理由だけではなく、障がい特性に由来したコミュニケーションの不器用さ、相手の気持ちを推測することの苦手さなどから起きる人間関係の構築の不十分さがあり、さらに家庭における問題など様々な要因があります。ですから正確な性の情報や知識を提供しつつ、問題となる様々な要因にも介入していかなければ問題行動が減らない・なくならないことが多いのです。人間関係の構築がうまくできないのに性の情報や知識を一方的に教えてしまうと、その情報が印象付けられてしまい問題行動につながってしまう子もいます。
 また性の問題行動といえば男の子に多いと思われるかもしれませんが、それは性加害の立場になることが多いことや、日常生活での性のマナーの面での不適切行動が目立つのでそのように感じるのかもしれません。実はあまり目立ちませんが、発達障がいのある女の子・女性にも多くの複雑で根深い問題があると感じています。
それでは、サクラさんの事例を3回にわたって提示し、その解説と対応例をまとめます。


サクラさんの事例 シーン1

 サクラさんは27歳の女性です。今は実家で両親と、父方の祖母と一緒に暮らしています。祖母は介護が必要で、主に母親が面倒をみています。サクラさんのお兄さんは、仕事のため一人暮らしをしています。
 サクラさんは自宅から通える大学を卒業後、自宅から離れた会社に就職し一人暮らしをしていました。就職後1年半くらい過ぎたところで一人暮らしと仕事の両立が難しくなったため、アパートを引き払い仕事も辞めて数ヶ月前に実家に戻ってきました。サクラさんはうつのような状態になっていて一人では日常生活もままならず、見兼ねた両親が半ば強制的に連れて帰ってきたのでした。
 実家に戻ったサクラさんは表情もなく部屋にこもった状態になってしまい、様子がおかしいと感じた両親が近くの総合病院に連れていきました。精神科がいいのではと言われましたが、“どうしてそんなところにかかるのか?”と父親は憤慨しその日は帰ってきました。
 しかし様子は一向に良くならないので、何とか父親を説得して受診しました。数回通って先生や臨床心理士さんに詳しく話を聞いてもらい、「今はうつ状態でもあるが、もともと発達障がいの特性もあるのではないか」と指摘を受けました。「なんなんだそれは?」と父親はまた怒っています。

 そんなサクラさんの幼いころにさかのぼってみます…
 サクラさんは元気に生まれ、女の子ということで家族や親戚からはとてもかわいがられました。祖母はサクラさんの母親に子どもは愛情をもって育てなければいけない、既製品を使うなんてとんでもない、自分ですべて準備しなさいと厳しく言う人でした。母親はサクラさんの誕生はうれしかったのですが、少し落ち込み気味で元気がないようにみえました。そんな様子を見て祖母はさらに厳しく注意をしたのですが、サクラさんの父親は常に傍観しているだけでした。
 サクラさんはカンが強いというのか、火が付いたように突然ギャーと泣くことがよくありました。夜も泣いてばかりでなかなか寝てくれませんでしたので、両親はサクラさんを車に乗せてドライブに出たものでした。「お兄ちゃんはこんなことなかったのに、女の子なのにどうしてこんなに手がかかるんだろう」と母親は思いました。祖母は、母親の躾が悪いからだと言って責め、母親はますます落ち込みました。
 サクラさんは外でよく遊んでいて、誰とでも人見知りをしないで知らない人でもお話できる子でした。気になることといえば、言われたことを忠実にこなそうとすることへのこだわりが強かった点です。近所に人に挨拶をしようねと言うと、わざわざ走って行って一人ずつ挨拶をして、おやつはお兄ちゃんと半分ずつ食べてねと言うと、きっちり半分に分けないと機嫌が悪くなっていました。自分の主張をはっきりする子ですが、母親は何だかサクラさんとは感情を共有している感覚がなく、いつも母親からの想いが一方通行だと思いつつも、生活や大きく困ったことがないので成長を見守っていました。
 家族はサクラさんに女の子らしい恰好をさせるように、髪を長く伸ばし、フリルやリボンのついた服、色は赤・ピンク・黄色などの明るい色の服や持ち物を買って与えていました。女の子はこういう格好をするものだと言われ、サクラさんもそうするべきだと思い込んでいました。女の子なんだから、お兄ちゃん(男の子)の真似しちゃだめ、お手伝いをしなさい、お行儀よくしなさい、お人形遊びが好きでしょ?と何かにつけて言われました。家庭では、一番風呂はお父さん・お兄ちゃん、家事はすべて女性がするもの、などといわれて育てられました。


解説と対応例

 サクラさんは幼い頃から、ASD(自閉スペクトラム症)とADHD(注意欠陥多動症)の特性が見られました。周囲の雰囲気を察することが苦手なASDや、落ち着いて行動することが苦手、不注意さがあるADHDに(個人によって特性は大きく異なります)、暗黙に女の子らしさを求めるのは本人にとっては理解が難しいかもしれません。周囲の状況や文脈、暗黙の要求に合わせて自分の行動や振る舞いを合わせることが苦手なため、その様子が“できない”評価となることがあります。
 手先の不器用さがあればうまく歯が磨けない、利き手と反対側の髪の毛をドライヤーで乾かせないなど、身だしなみがうまく整えられないかもしれません。自分の身体の感覚の認知が難しい子は背中(後ろがわかりにくい)のシャツが出ていることに気がつけないなどがあります。感覚過敏があれば、おしゃれというより気分が落ち着く色や素材の服ばかり着ているかもしれません。
 また、みなさんは「女の子だから家から通える学校に」とか「女性がお客さんにお茶を入れる」のように、「女の子なのに…」「女性だから…」を枕詞にしたことはありませんか?私たちは幼いころから日常的に女性に対してのみ要求する事が多々ありますが、その意図としては、親の目の届くところにいてほしい、そんなに高い学歴がなくてもいいなどの範囲の指定や制限、女性なら何も言われなくても気を利かせる、女性は場のサポートをするという役割の要求などが背後にあると思います。しかし私たちは、幼い頃からこのように暗黙に要求される環境に疑いもせず、性別による区分けが無意識のうちになされます。しかし近年そのことへの疑問が投げかけられるようになってきました。
 実はこのような要求は、“せねばならぬ”と思いこみがちな発達障がいのある女の子・女性を苦しめる一つの要因となります。周りの雰囲気を察しろ、気を遣え、身だしなみを整えろなど、男の子なら大目に見てもらえることも女の子には要求され、さらに自身の要求レベルが高いこともあり、苦しくなってしまうことがあります。
 女の子・女性の生きにくさの一つの要因は、先に挙げた例のように意図せず社会や文化が作っているステレオタイプにあるのかもしれません。女性だからといってすべての人がおしとやかで控え目で、手先が器用で、ピンクが好きなひとばかりではありません。活発でハキハキと話し、青色が好きな女性も多くいます。さらに加えて、発達障がいの特性がその生きにくさの溝をさらに深めているのかもしれません。周りが「女の子・女性なんだから」を雰囲気を察して行動してほしいと願っても、雰囲気や周りの願いを感じ取ることが苦手な発達障害のある女の子・女性がうまくできず、“できない子”という評価をされてしまうのです。そしてそのようなことが続くことで、うつや問題行動等の二次障害へと発展することがあります。
 「女の子なんだから、鏡を見てちゃんとして」と言ったとき、みなさんは「鏡に映った自分の姿を見て身だしなみを整えること」を期待するでしょう。しかし、サクラさんのような特性のある子は言われたことの意図をくみとれず、「鏡そのものを見ている場合があります。ちゃんとしてと言うだけでは何をするのか伝わりません。相手が理解しているだろうと勝手に想像するのではなく、またしてほしいことを暗黙に要求するのではなく、具体的に言語化してさらになぜそうしたほうがいいのかの理由を告げることを常に意識することで、理解しやすくなる子が増えることでしょう。発達障がいのある子は、自分にとって意味がないと思うことはなかなかできませんが、意味があると感じられるときちっとできるものなのです。また周囲が「女の子・女性なんだから」という意識を強くしないで、周りに迷惑をかけない程度で「その子らしくできていればいい」という評価に変更することで、“できない子”と評価される女の子が減るのではないかと思います。