第2回 「発達障がいのある女性」の困難とは

 第2回目は、サクラさんの小学生から中学生の時期についてまとめます。


サクラさんの事例 シーン2

 サクラさんは、小学校の高学年になり思春期を迎えました。学校では宿泊を伴う校外学習の前に女子だけ集められ、月経についての話を聞きました。サクラさんは初めて聞いたので、“毎月血が出るんだ”“いつ始まるんだ”“おなかが痛くなるらしい”と不安になってしまい、毎日毎日母親に聞きました。精神的にも不安定になってしまい、サクラさんをなだめるのに周囲はとても大変でした。父親はいい加減にしろ!と怒り、家族内がイライラしていました。このころからスポーティな格好をするのが好きになり、ズボンをはくようになりました。というのも、月経の話を聞いたときに、血液が漏れてスカートを汚してしまったという女性の先生の話を聞いて、気になってスカートがはけなくなったのです。
 そして、サクラさんは中学生になりました。中学生といえば多くの学校では制服があり女子はスカートですが、スカートをはくなら学校に行かないと言い、学校側と話し合いをした結果、体操服で保健室・相談室登校を始めることになりました。自分の興味がある教科は教室で授業を受けられるようになりましたが、好きではない教科は保健室にいました。それでもテストは悪い点ではなかったので、クラスの女子からは意地悪をされる的になりました。
 思春期ともなれば、女子たちは仲の良いグループごとに分かれてガールズトークに花を咲かせます。サクラさんもあるグループに誘ってもらうのですが、何を話していいのかわからないし、ほかの子の話を聞いても興味が持てないし、自分の趣味の話(戦隊モノの歴代主人公やストーリーの話)をずーっと話していたら、翌日からは誘われなくなりました。たまたまクラスに同じ趣味の男子でN太とその話で盛り上がりました。ある日、クラスの女子から「サクラちゃんって、N太くんと付き合っているの?」と聞かれました。何のことかわからずに「どうして、違うよ。」と聞くと、SNSのグループでその話になっている、と教えてもらいました。サクラさんは携帯電話は持っていませんし、自分が話題になっていることも全く知らずにいました。共通の話題がないサクラさんは、クラスの女子とはあまり仲良くなれずにいました。
 ある日テレビを見ていて、サクラさんが好きな戦隊モノの主人公を務めた俳優さんが、「僕はほっそりした女の子が好みだ」と話していたのを聞きました。ほっそりするためには「ご飯を減らして、運動しなきゃいけない」とこだわってしまい、好きなおやつやおかずを食べないようにし、激やせしてしまいました。その結果顔色は青白くなり、皮膚の状態もカサカサしてきて、元気がなくなりました。でも運動しなきゃいけないと、朝夕雨風構わずフラフラになりながらもジョギングに出かけようとするのでした。さすがに痩せすぎだろうと母親が心配し小児科に連れていったところ、栄養状態が悪くなっており、月経周期も乱れてきていることが分かりました。母親は「普通だったらここまでしないのに、なんでこの子は…」と漏らしました。


解説と対応例

 思春期の子どもたちへの対応は難しいものですので、発達障がいがある子への対応も容易ではありません。ただこの時期も発達障がいの特性を考慮することが重要です。発達障がいの特性として、先の見通しが持ちづらいために不安になりやすい子がいます。この事例では月経の出血や腹痛を伴うなど心配なことも予言されているので、心身ともに不安定になることは多いに考えられます。事前の対策として、月経のためにどういった準備をしておけばいいのか、もし月経が始まったらどうすればいいのか、などについて一緒に考えたり、実際に練習したりしながら、情報だけ与えて不安を掻き立てるのではなく安心できるようにするといいでしょう。知識はあっても実際に始まった月経がそれのことだと認識できなかったという人もいますので、準備をしたからと言って完璧にできないこともあると心得ておいたほうがよいでしょう。初経を迎えたときにお赤飯を炊いてお祝いしてもらった経験がある女性もいらっしゃるかもしれませんが、恥ずかしさなどが入り交じった想いがあったかもしれません。月経は古来より不浄(ケガレ)なものとされてきました。月経が始まった女性は、その期間別の場所(小屋)に集められていた時代もありました。筆者の幼い頃の経験ですが、テレビで月経用品の宣伝を見たとき母親に「あれは何?」と尋ねても、言葉を濁され何かを教えてもらえることはありませんでした。また学校では多くの女子が、月経中だということが周辺にばれないようにトイレに行くときに隠すようにコソコソしていました。月経のことをオープンに語ることはなく、どちらかといえば隠すようにしたほうが上品なような雰囲気があります。こういう状況では、個人の体でおきていることが正常なのか異常なのかもなかなか聞けない雰囲気なのではないかと思います。月経に関する子ども向けの書籍がさほど多くあるわけでもなく、友人からの情報もインターネットの情報も信憑性を判断するのも難しいでしょう。情報に内容によっては単に不安になるだけ、ということも考えられます。このようなことから考えると、発達障がいのある女子は月経の関する情報の入手もしづらく、また質問しなければいけないことなのかも判断しづらいと思われます。
 また、このころ十分な栄養摂取や身体を温めることはとても重要です。不要なダイエットはしないほうがいいですし、月経によって鉄分が失われますので十分に摂取しなければいけません。基本的生活習慣は、あまりにも当たり前すぎますがこれより重要なことはありません。十分な睡眠や食事があってこその、安定した気持ちと健康な身体があり、そのことで安心安全な人間関係や環境が作られるのです。どこかのバランスが崩れると、暴力だったり、イライラだったり、性の問題であったり、やる気が低下してしまうこともあるでしょう。心の問題にフォーカスされることが多いのですが、実はベースには身体が安定した状態になっていないことで、心の問題に発展し、それが人間関係の問題にも発展します。最初に取り組むべきは、生活や身体的な状態が適切なのかどうかをアセスメントし、その調整を行ってください。発達障害のある子は一般的に言われる理想、例えば女性は痩せているほうがいいなどということを真面目に信じて、その通りにならなければいけないと行動することがよくあります。○○は体にいいから一日△グラム食べる続けるとか運動のために1日に何分散歩するとか、さらに言えば女性なら○○しなければいけないなど、ちょっとした情報や声掛けでも思い込んでしまうことがあります。“ほどほど”や“適当”などを判断することが難しいのです。
 複数の女子と話をするガールズトークですが、ここで話すには相当な会話(コミュニケーション)能力が必要です。複数の他人の話を聞き共感したり相槌を打ったり、その場に合った話ができる(自分がさほど興味がなくても)、雰囲気をみて順番や話題が選べるなどハイコンテキスト(お互いに相手の意図を察しあう)なコミュニケーションができないと話の輪に加われないのです。そこでうまく話に加われないと気が利かないと言われ、分かりやすく無視され、本人も居づらくなることは容易に想像できます。発達障がいのある子は共感できないなどと言われることがあり、ガールズトークの構造の理解とコミュケーションの練習をすれば解決すると思われるかもしれません。しかし実は共通の話題や興味のある仲間となら、共感できますし話も弾みます。ですから同じ趣味を持つ人が集う場所を探すのも必要でしょう。興味のない話を無理やりしなくても済む、余暇時間を楽しく過ごせる工夫や場を探すことも大切です。
こだわりの一端なのかもしれませんが、基準の設定や自分なりに求める目標を高くしてしまうことがあります。「痩せた子が好き」など、字義どおりに解釈してしまい、ほどほど、適当、たまには手を抜くなど、ちょっとした調整をすることがとても苦手です。こうするべき、一見すると真面目だとか融通が利かない性格とみられることがありますが、こうあらねばならぬ、と思い込んでいることで、自分だけではなく周りにもそれを求めてしまい、トラブルや関係不和の原因となることもあります。ですので、目標達成がこだわりになっていないか確認することも必要です。
 男性と比較して、女性はもともとコミュニケーション能力や社会性が高いことを求められがちです。そのため発達障がいがあるからできないのではなく、逆に気を使いすぎて相手に合わせようとしすぎて疲れてしまうこともあります。ある発達障がいのある女子が「普通を演じようとして疲れちゃう」と話してくれたことがありました。普通を演じて学校から帰ると、心身ともにかなり疲労するそうです(疲労していることにも気がつかずにぐったりして、家の人にちゃんとしなさいと注意されることもあるようです)。素のままの自分でいてもいい場所が外でも家でもあることで、彼女たちにとって心も身体も少しはリラックスできるのではないかと思います。
 最後に、そもそも普通ってなんでしょう?会話をしていても「普通は~」「~するのが当たり前」ということがありますが、“普通”や“当たり前”っていったい誰が決めているのでしょう。法的に違法となる基準はあるものの、普段の生活の中での普通の基準は個々人がこれまでの経験から決めているのだと思います。何となく雰囲気が分かる人にしてみれば、その基準もわかるのでしょうが、そういう基準があることが分かりづらい人もいます。するのが普通、しないのが当たり前、というその場に応じた微妙な判断を求めるのではなく、言語化して共通理解したほうが誰にとってもわかりやすく過ごせるのではないかと思います。