第2回 DV、モラルハラスメントによる子どもへの影響

DVがもたらす子どもへの影響

 子どもが育つうえで大切なことは、安心して安全に過ごせる毎日です。しかしDVのある家庭は、暴力があり緊張も高く安全を感じにくい環境です。何をきっかけに、いつ、どのくらいの暴力が起きるかも分からず、生活も安定しません。
 親のDVを子どもが目撃することは、「面前DV」と呼ばれ虐待のひとつと考えられています。大人でも暴力を目撃した時には恐怖や不安を感じ、鼓動が早くなります。大人の私たちでも衝撃を受けるのですから、子どもが安全であるはずの家庭内で、親のDVの目撃をすることはとても大きな恐怖経験になります。子どもがDVを目撃していない場合でも、家庭内の緊張感や母親が感じている恐怖や不安は子どもに伝わります。赤ちゃんであっても、家の中の緊張を感じトラウマの症状が出ることがあります。

家庭内でのDVの子どもへの影響

 DVがある家庭は暴力のない家庭に比べ、身体的虐待、性虐待が発生する可能性が高くなります。DV被害者である母親は、DV加害者の子どもへの虐待行為を止めることができなかったり、子どもを守り切れなかったりする場合があります。DV被害者が子どもを守ろうとすると、DV加害者は暴力をさらにエスカレートさせることがあるのです。加害者からの絶対的な支配と権力があるため、子どもが虐待されている場面であっても、被害者が加害者に歯向かうことができない場合もあります。それがDV被害の中で起きてしまったことであったとしても、子どもにとって虐待を受けている現場にいる母親から守ってもらえないことは、大きな心の傷となる経験です。
 また、絶対的な支配の中では、DV被害者が虐待に加担しなければならない時もあります。暴力の中で疲弊したDV被害者が、子どもを虐待することもあります。DV被害で傷つき疲れ切った被害者が、子育てにエネルギーを使えなくなっていくこともあります。子どもにとっては、母親が傷つき辛そうにしている姿をみることもトラウマとなります。
 妊娠や出産をきっかけにDV加害が始まったり、ひどくなったりすることがあります。妊娠中の方や乳幼児をもつ母親に、病院や保健所でDVのスクリーニングを行い、ハイリスクが疑われる時に対応していくような体制が必要です。DV被害への介入をすることは、虐待の介入をすることにもなるのです。

暴力は連鎖ではなく学びです

 健全なコミュニケーション、境界線の概念などは身近な人間関係の中で身につけていくものです。DVや虐待のある家庭では、良い人間関係の在り方を学ぶ機会が少なくなりがちです。しかし子どもたちは、学校や近隣の方との関わり、習い事などの教室、スポーツのチーム、親戚や友人宅など様々な場面で出会う大人たちから、より良い人間関係の在り方を学ぶことは十分に可能です。暴力は遺伝でも連鎖でもなく、ただの学びです。家庭内で暴力があったとしても、どこかで良い人間関係があれば、良い人間関係の在り方を学ぶことはできるのです。家庭内の関係性だけで子どもが育つのではなく、社会の中でたくさんの良い大人と触れ合えるような仕組みを増やしていくことは、DV家庭、虐待家庭の子どもたちへのサポートになります。
 DVや虐待家庭で育った人たちが「でも自分が生きてこられたのは…」と語る話の中には家庭以外の場面での健全な大人とのつながりがあります。幼少期に家庭内で食事や洗濯も十分にしてもらえないネグレクトの状態にあったある方が語ってくれたことですが、帰宅途中に「お帰りなさい」と近所の方からほほ笑んで声をかけられて「自分は生きていても良いのかもしれない」と思えたそうです。小学校で絵を描いた時に先生から「こんな絵を描く子に絶対悪い子はいない」と褒められ、そこから生き方が変わったという人もいます。私たちひとりひとりが子どもたちのために出来ることは、思っている以上にあるのです。

デートDV(恋人間でのDV)予防のための教育

 中学や高校などに出向いていって行うデートDV予防啓発活動では、非暴力の重要性や、お互いを尊重する関係性について、DV被害にあったときの対応方法などを生徒さんたちにお伝えしています。女性の3人に1人にDV被害があるとすれば、生徒さんの中にも一定数、DV家庭の子どもがいるとも考えられます。ⅮVがある家庭では、子どもが親のDVが起きているのは自分の責任だと感じてしまうことも多くあります。しかし、それは子どものせいではまったくないということを必ず伝えるようにもしています。そういう話をすると「親のDVが自分のせいでないとわかってホッとした」などの感想が寄せられます。デートDV予防教育は、予防という視点で始めましたが、DV家庭の子どものケアにもなると思っています。

DVによる別居や離婚が与える影響

資料1
  1. 水がめの大きさが心の容量であり、水がストレスです。水が多いほどストレスが高く、水の量が少ないほどストレスは低いということを表しています
  2. ストレスの量(水の量)が限界まで来ている状態です。DV家庭で、被害者や子どもはこのような状態になりがちです。
  3. ②の状態に小さな石がひとつ入り、そのことにより水があふれだします。水があふれだすことは、何らかの精神的な症状が出ることを表しています。この場合の石は、別居や離婚のストレスを表しています。

 DVによる別居や離別により、不安定になるなどの症状が子どもに出ることがあります。そのような場合、「離婚したからだ」「別居したせいだ」と被害者も周囲の人も考えがちです。しかし、別居や離婚に伴う環境の変化は小さなひとつのストレス(③の石)です。症状が出たのは、②の状態のように別居や離婚に至るまでにたくさんのストレス(水の量)が大量にたまったことなのです。①の状態であれば、石がひとつ入っても水はあふれません。また、別居や離婚によって安全を感じることができたために、症状として表すことが可能になったと考えることもできます。

子どもたちに必要なサポート

 飛行機に乗った時のアナウンスで「酸素マスクが下りてきた時は、大人が先に酸素マスク付けてください。その後に子どもに装着してください」という情報があります。酸素マスクが下りるような緊急の事態になった時、大人は「子どもを助けなくては」と先に子どもに酸素マスクを着けるかもしれません。しかし、その間に大人が酸素不足になり倒れてしまったら、子どもをケアすることができなくなってしまいます。DV家庭の子どもたちのケアにも同じことが言えます。被害者である母親が回復することで、生活が安定し子どもは安心した毎日を過ごせるようになります。安心した毎日は回復のベースにとても大切な要素です。
 被害者は「子どもの心のケアをどうしたらよいか」とあせることも多いのですが、まずは母親である被害者が回復することが大事です。DV被害者が精神的にも回復できるように、面談や心理療法などを安心して受けられるサポートを増やしていくことも大事な課題です。DV被害のサポートは、危機介入に集中しがちなのですが、加害者から離れた後のケアについても増やしていく必要があります。