第2回 「おひとりさま」高齢者の貧乏比べ

 女性高齢者は、男性よりもはるかに人口圧力が強く、かつ貧乏であるから、BB(貧乏ばあさん)の増大する社会は問題が大きい、と前回で書いた。中でも、今後男女とも増大が見込まれるグループが単身世帯=おひとりさま、である。ファミレス(家族が減少)はますます進行するが、特に高齢期に経済的貧困と心身の健康の低下、虚弱化が重なれば、伝統的に家族によって家計・介護の多くを担われてきた高齢者は生存が危ぶまれるほどの危機に直面する。よくぞ介護保険をつくっておいてよかった、と胸なでおろす思いがするものの財政面、労働力面から今後の発展的継承にはさまざまな課題がある。

 介護保険制度は初めて「介護力の社会化」をうたった政策であったが、介護のすべてを社会が担う、とは政府は一度も言っていない。あくまでも「嫁」をはじめ家族の介護負担の軽減であった。その当時は要介護高齢者の家族に一人ぐらいは介護を担当できる家族がいた。介護保険創設時の65歳以上を含む高齢者世帯のなかで「単独世帯」は19.7%。それが2016年には27.1%と増加している。「おひとりさま予備軍」というべき「夫婦世帯」は27.1%から31.1%へ。「単独」と「夫婦世帯」を合わせると46.8%から58.2%へと上昇し、高齢者世帯の6割を占める大勢力である。「親と未婚の子」世帯は、この間に14.5%から20.7%に増えた。若年世代の非婚化の影響であろう。子世代の介護離職防止策が至急の課題として浮上している。

 その反面、2000年当時は26.5%と全体の4分の1を占めていた「三世代世帯」は11.0%ほどに低下している。子世代が完全に「平均2人」の少子化世代に突入した影響が最も大きいだろう。

 日本の家族介護に必須の人材だった「嫁」(子の配偶者)は、介護保険創設時と比べると22.5%から17年には9.7%に低下している。ついで増えたのが「子」であり、ここに実の息子が含まれる。今や家族介護者の性比は男性化血縁化の傾向を示している。しかし毎年10万人を超える「介護を理由とする退職者」では、相変わらず8割以上を女性が占め、離職が本人の老後の貧困につながる悪循環はいまだ解決されていない。

 さて、その生活困難の状況を抱える「ひとり世帯」高齢者であるが、女性は、5人に一人、男性に8人に一人が「おひとりさま」である。日本人は世界からみて「婚活好き」と言われているほど97%に及ぶ皆婚社会であったが、1960年生まれから急速に崩れ、この10年ほど50歳通過時の非婚率は男性が4人に一人、女性が8人に一人をかぞえなお上昇の見込みである。これが現在の高齢女性の貧困にさらに拍車をかけるであろうことは容易に想像できる。なぜなら、現在の中年女性、近未来のおばあさんたちの就労状況は、派遣労働者を中心に非正規化が進んだ。現役で働く人々の中で、男性は正規雇用が約7割、これにたいして女性の56%は非正規雇用である。最近一定の条件で短期間労働を厚生年金に組入れようとしているが、必ずしも働く女性自身の賛同を得られていないようだ。一方で女性管理職や正規採用者を増やそうという「女性活躍政策」もとられているものの、その政策が真に女性の人生に益するかどうか、それは老後の経済保障につながるかどうかが判断の基準だと思っている。おばあさんの老後は長くきびしいのだから。

 今のところ65歳以上の一人暮らしのうち、四人に三人は(73%)は女性である。いくら婚姻率の高い社会になったと言っても年齢には勝てずに死別による高齢単身者は特に女性の側に加齢とともに増える。75歳以上の単身性比は男3:女10。女性は70歳を過ぎたら平均寿命に10年以上を残し、一人暮らしをする覚悟を決めた方がいい。少し前まで、高齢夫婦世帯はライフサイクルの一時的なものと考えられ、やがて若い世代の世帯に吸収合併されると考えられてきた。事実2000年前後には東京近郊の住宅地(市川市、町田市に調査あり)に後期高齢者の移動が目立つ時期もあったが、今は高齢世帯の核家族化が進む一方である。必ずしも悪いことではない。年金制度や介護保険制度が成熟して、他の先進国並みになっただけではないか。

 一人暮らし高齢者の男女差については、少し古いデータだが内閣府男女共同参画局が55~75歳対象に「高齢男女の自立した生活に関する調査」を2008年に行っている。(座長袖井孝子お茶の水女子大教授)
 高齢者の年間収入の中で、単身者を見てみると平均額は男性285.6万円、女性218.3万円とそれほど大きな差ではない。男女を問わず一定の年間収入がないと単身世帯を営めないという事実の証明でもあるだろう。一方で、300万円以上の年間収入がある男性は29.3%と3割近くに達するのに、女性は13.9%。年間収入180万円以下の男性単身者は全体の29.4%に対して女性は50%と過半数を占める。また、夫婦や「その他の世帯」で同居する女性のふところはさらに淋しく、「自分名義での収入はない」はそれぞれに12%台と1割を超える。

高齢女性の健康に赤信号

 高齢女性は、平均寿命が長い分だけ医療費への影響も大きい。現状で高齢者の生涯医療費はおよそ2,500万円であるが、女性のほうが100万円ほど多い。

 このところ、男女の健康面で注目を集めているのが、平均寿命と健康寿命との格差である。健康寿命の定義は明確に示されていないが、まずは自立して外出もできる健康状態と理解してよいだろう。厚労省はじめ行政機関はこのところ「健康寿命の延伸」を積極的にPRしている。

 その健康寿命が女性は相対的に短いことが明らかになっている。直近の数字によると、平均寿命は2016年男性80.98歳、女性は87.14歳。健康寿命は男性72.14歳、女性74.79歳。女性の方が健康寿命も長いが、平均寿命と健康寿命の差をみると、男性8.74年、女性12.32年と男性の方がはるかに短い。要するに女性の方が、男性に比べていわば寝たきりに近い時間が長いのだ。

 いったい、この差はどこからきたのだろう?その解明こそ、とくに健康寿命の短い女性の老いにとって朗報となるだろう。
人間もまた自然の中の生命体である以上、その理由の多くは身体的生理的な要因に帰せられるだろうし、どういう結論だろうとそれは受容すべきだと思う。

 ただ、もしかして、人間が社会的存在であり、男であることも女であることも社会的に形成される要素もあるとしたら、その側面からの解明も必要ではないか。すでに「健康」格差が貧富の差と関係があることは、近藤克則氏(千葉大教授)らによって指摘されている。

 高齢男女の生涯におけるライフイベントの差をみると、社会的には何と言っても就労経験の長短、その結果の経済格差である。現状ではその格差がさらに拡大する傾向がある事を指摘してこの稿を終わりたい。

 第一は、老いて男女の貧富の格差が開き、BB(貧乏ばあさん)が増えるのは、むしろこれからの問題だ、ということだ。年金につながる雇用形態でいえば現在の70代女性よりも現在の現役世代のほうが非正規比率は増えている。この間、年金受給資格期間が25年から10年に短縮されたり、短時間労働者が条件によって厚生年金に組入れられたりするなどの改善はあったが、低賃金=低年金の原則は変わらない。

 現在の高齢女性の多数派を占める独身女性が、日本の年金の特徴は「男性稼ぎ型」であるため、「共働き・両立支援型」より「男性稼ぎ型」が有利になっている。

 共働き夫婦と男性稼ぎ型夫婦とでは、夫死亡後ひとり残った老妻の年金はどうかすると同額になってしまうことはよく知られている。厚生年金第3号問題であるが、共働き家族に甚だ不利なこの制度が、多数派である専業主婦の老後を貧困から救ってきたこともまた事実である。亡夫の年金の四分の三が遺族年金として支給される。本人の基礎年金は厚生年金第3号被保険者として、保険料の納入なしで確保されている。

 つまり、国民皆婚社会によって、ほとんどの女性が結婚し、夫の年金の傘の下で遺族年金でカバーされてきた。女の貧しい働き方が反映される貧しい年金あるいは無年金が裸のまま露出されないですんだ。これからは女性が非正規雇用、親の経済力への依存、折からの不況による不就労それやこれやで年金につながらない高齢女性たちの姿が露出される。これまでに例のない生涯非婚女性が年金上の「専業主婦」の座に守られない女性が激増するのだ。

 男女の就労をできるだけ平等に確保する。妊娠・出産は年金に組入れる。目標に対して、辛抱強くブレずに対策を重ねること、被保険者、つまり国民の側もそれを自覚して年金や社会保障に対する参加意識を幼少期から学ぶべきであろう。