第3回 フェミニスト・カウンセリングとは何をするのか?

フェミニスト・カウンセリングとは何をするのか?

 これまで見てきたように、女性センターを訪れる相談者は何らかの形で従来からの女性役割や固定観念と本来の自分とのギャップに苦しみ、現実の生活で困っているだけでなく周囲から孤立していたり自己否定的な気持ちなっていたりする場合も多いのです。そのような女性たちの相談を受ける時に必要な人間観やカウンセリングの技法にフェミニスト・カウンセリングがあります。今回は、女性相談になぜフェミニスト・カウンセリングが適しているのか、その基本的な考え方や流れについて見ていきます。

1.同じ女性としての立場での傾聴・共感・受容 
孤立する女性へのサポートと連帯
「悩んでいても、おかしくない」――孤立から安心へ、相談ニーズの受け止め

 フェミニスト・カウウンセリングも、クライエントの話を心からの共感をもって聴くことから始まります。他のカウンセリングと同様、「傾聴、共感、受容」といったカウンセリングの基礎はフェミニスト・カウンセリングにおいても基本です。ただこの場合でも、現在の社会で同じ女性としてのジェンダー格差の中を生きるものとしての経験と連帯の気持ち(シスターフッド)がその底にあることが特徴でしょう。そして、何より大切なことは「ジェンダーの視点」で女性の悩みや苦しみを捉えなおす立場です。「あなたのつらさや悩みは、あなたに原因があるのではなく、男女の固定観念や性役割など長年の社会や文化によるものかもしれない」ということを、相談者と一緒に考えてみることで、「こんなことで悩む自分がおかしい」「自分が人と違うから、このような問題が起こる」と言われ続けてきた相談者が自分の問題を別の視点で見ることができるようになります。

2.自分の悩みを自分の言葉で語る 
悩みの背景にあるジェンダー問題への気づき
「本当の問題は…」――固定的役割感などによる心理的束縛からの解放

 ジェンダーにとらわれない視点を持つことで、女性の悩みや苦しみの本当の原因が初めて見えてくるというのはどういうことでしょうか?以下に挙げたような相談は、従来の心理学やカウンセリング現場では必ずしもジェンダー問題に起因するものとはみなされてこなかったのですが、上に述べたような視点で女性相談員がじっくりと話を聴いていくと、相談者自身も自分の本当の気持ちに気づくことができて問題の本当の背景に迫れるという経験をすることがあります。「抑うつの背景にある女性ならではの対象喪失や怒りの抑圧」「神経症・摂食障害などに苦しむ女性が過去に受けていた性暴力被害や性虐待」「無力感・絶望感・離人感などを訴える女性のDV被害」「トラウマの後遺症としての対人緊張や対人不安」「ひきこもりの背景にある男性問題と父親不在」「母娘関係の軋轢と家庭内のジェンダー問題」「男性の心理的脆弱性(甘え)と感情コントロールの未熟」「女性の身体に対する社会の暴力性、あるいは性的商品としての扱い」などは、女性が苦しむ問題の背景に見られるジェンダー問題の典型です。すべてのケースに当てはまるわけではありませんが、これまでジェンダー問題の視点なしにこのような相談が聴かれてきたかもしれないと思うと、少々恐ろしい気がします。
 女性の歴史は他者によって規定されてきた歴史でもありました。「自分のことを自分で決めることを許されない」ことは人間として大変つらいことですが、それ以上に、自分の内面や状況を語る言葉を持たず周囲から決め付けられることほど、その人の力を奪い絶望に追いやることはありません。女性は近年にいたるまで、フロイトやユングなど男性の心理学者の言葉や枠組みでしか自分を理解する道がなく、自分の経験や意見を反映した言葉を持つことができませんでした。ジェンダーという新しい視点と言葉を得ることで、自分の置かれている状況・気持ち・苦しみなどを自分がピッタリ納得できる表現にすることは、それだけで大きな力になります。例えば、「セクシャル・ハラスメント」や「ドメスティック・バイオレンス」のように、新しく名づけられることで、今までは不快でも、苦痛でもがまんできない自分が悪いと思いこまされていたことが、実は相手(加害者)の問題であったこと、そしてそれが対人支配の一つのパターンであって、他の女性にも同じことが起こりうることなどに気づくことで、自分が陥っていた混乱から抜け出し、自責感を感じることなく自分への信頼感を取り戻すことができるのです。

3.自己変革へのサポート

 「自分を大切にしてもいい」――自己尊重・自己決定への援助
 フェミニスト・カウンセリングとしての大切な役割は、クライエントの自己変革へのサポートと必要な援助です。クライエントが自分を大切にできるようになり、一人の人間として自己実現を果たすことができるようになるよう、共に考え自己変革に必要な援助や情報を提供するのです。

考え方を変える

ジェンダー社会に生まれ育つ中で刷り込まれたものの見方、考え方、あるいは行動の仕方などを見直し、自分を苦しめる考え方を変える。

自分に対する気持ちや態度を変える

長年にわたって自己否定に陥り自分の気持ちを無視してきた女性が、自尊感情を取り戻すための訓練として自己表現訓練など紹介する。

行動や人間関係を変える

自分の体と心を搾取的な関係や危険から守る方法について学んだり、対等な人間関係を築くためのコミュニケーション・スキルなどを紹介する。

4.治療ではなくエンパワーメント

 これまで見てきたように、女性が自分たちの状況を言葉にし、新しい枠組の中でその問題を捉えなおして、自分の力を回復することを、フェミニスト・カウンセリングでは「エンパワーメント」という言葉で表現します。自分がもともと持っているけれども抑圧的な状況で気づけなかった本来の自分の力を取り戻すこと、というような意味です。相談者がカウンセリングによって、エンパワーメントされるためには、カウンセラーの側に、きちんとしたジェンダーの視点が必要です。何故なら、「女性相談者が悩む問題や苦しむ症状が、実は社会の問題から引き起こされたものである」という視点なしに問題解決や援助をしようとすると、始めに述べたように「本人の未熟さや弱さが問題の原因にある」という態度になりがちで、悩む女性をエンパワーすることができないばかりでなく、時によっては二次被害すら与えかねないからです。
 例えば、女性が男性より「うつ」になりやすいのも、あるいは男性には理解しにくい被害者感情を持つことがあるのも、それは女性の本質的な問題ではなく、「愛情供給係」を一人で担わされたり、長年にわたって男性の性的な消費材として扱われてきたりする経験によることがわかって初めて、相談者の苦痛や症状が「彼女の未熟さや異常さによるものではなく、(ジェンダー格差のひどい社会での)異常な状況における正常な反応である」と心から理解し共感できるのです。女性と男性を非常に不均等に扱うジェンダー社会では、女性は結果として時には異常とみなされる反応や行動パターンを身につける必要があったのかもしれません。従来の心理学で、あたかも女性の特性とみなされてきたもの中には、そういう反応パターンによるものが多いと考えられます。このような問題は、社会の中で力を奪われてきたマイノリティーに共通の傾向ですが、当事者が本来の力を発揮するためには自分の問題であると思わされていたものを社会的な枠組に置きなおしてみる力をつける必要があります。他にも、「結婚したがらない女性の問題」が実は「女性の自己実現と相容れない結婚制度や性役割分業の問題」であり、「子どもを欲しがらない女性の問題」が実は「母親だけが自己犠牲的に育児にかかわり、育児の成功が物質的に計られるような家庭や社会の問題」であり、「ホモセクシュアルの人たちの問題」が実は「さまざまなセクシュアリティーを認めず、近代家族を形成するために男女間の異性愛のみが正常とされてきた社会の問題」であることが見えてくるのです。

5.ネットワークと代弁・支援活動
継続的支援とネットワークの情報提供
「ひとりでがんばらなくてもいい」――情報の提供とネットワークづくり

フェミニスト・カウンセリングでは、相談者の悩みや問題を個人のものと捉えず社会全体に関わることであるとの立場から、精神的な援助だけでなく現実の問題解決を図るための援助も大切であると考えています。そのためには日頃から専門家同士のネットワークをはかり、クライエントの自立や社会参加などの道をともに探っていく姿勢が大切で、カウンセラー自身の援助のレパートリーを増やしておくだけでなく、相談者が問題解決やその後の社会生活の中で孤立することなく自己実現を目指していけるような配慮が大切です。