第1回 相談室に寄せられる女性の悩みのいろいろ

はじめに

 フレンテみえを始めとして、全国には多くの女性(男女共同参画)センターがありますが、そのほとんどが女性のための相談事業を行なっています。相談やカウンセリングは学校や民間のカウンセリング・ルームなどでも行なわれていますし、病院で心理療法として行われている場合もあります。女性センターでの相談はこれら他の相談機関とはどこがちがうのでしょうか?どのような問題が持ち込まれ、どのように相談が行われているのでしょうか?また、女性が相談・カウンセリングを求める背景にはどのような社会の問題があるのでしょうか?今回の参画ゼミではこのような点について、1.相談室に寄せられる女性の悩みのいろいろとその背景のジェンダー問題、2.ジェンダーが女性と男性の心理や関係にあたえる影響、3.これらの問題にフェミニスト・カウンセリングはどのように対応するのか、として3回にわたって考えてみます。

1.相談室に寄せられる女性の悩みのいろいろ
30代は女性の悩みの交差点

 私の勤務する大阪府立女性総合センターでは、年間およそ8,000件に及ぶ女性相談を実施していますが、利用者で最も多いのは30代です。「職場での人間関係」「こんなはずじゃなかった結婚」「大人になっても、親との問題が片付かない」「セクハラや性暴力被害の後遺症で苦しい」など、さまざまな問題が寄せられます。これらの問題の背景には、「職場で女性が“女性役割”の中で競わされる問題」「親にされたような世話を求める男性と対等な関係を求める女性といった結婚生活に対する男女の期待の格差」「密着した家族関係が子どもの自立を損なってしまった後遺症」「女性を性的な消費財としか見ない男性中心社会の問題」などが凝縮されています。

女性の悩みの背景には社会の問題が…

 最近よく話題になる「少子化問題」は、女性が結婚しないとか、子育てを嫌がるといった女性の問題のように言われることが多いのですが、実はその背景には、「父親の不在と地域共同体や近隣資源の枯渇」「“ちょっぴり生んでたっぷりイジロウ”といったお受験文化や子どものペット化」「働くことを学ぶ前に、消費に駆り立てられる子どもの問題」など、消費文化や性役割分業の固定化した核家族の中でますます困難になる子育ての問題があります。
 また、女性センターは、性暴力被害にあった女性たちやパートナーからの暴力に悩んでいる女性たちが「女性のための相談」という趣旨に惹かれてとりあえず訪れるところでもあります。「4~5人に1人の女性がパートナーから身体的暴力を受けたことがある」という日本の現状を反映したDV被害女性だけでなく、「子ども時代に親のDVに苦しみながら育ち、現在では自分がうまく社会に適応できない」と悩む若い女性や、なかなか理解されにくい性暴力被害の後遺症に苦しむ女性、そして助けを求めて訪れた相談室で「二次被害」にあって女性センターを訪れた女性など、さまざまな悩みを持つ女性が相談に訪れます。これらのさまざまな問題の背景に、実は「ジェンダー」の固定観念と気づかないうちに「ジェンダー」によって動いている社会の問題があるのです。

2.「性」の諸側面とジェンダー

 「人間には女性と男性しかいないんだから…」などという言い方がされることがありますが、実は人間の性別にはいろいろな側面があり、簡単に男女2種類に分けられるものではありません。

資料画像1

 上の図は、性のさまざまな領域を簡単に整理してみたものです。生物学的性差は染色体や生殖器の違いとなって現れますが、実はそれも単純に2種類というわけではありません。それに対して、「ジェンダー」という言葉は、このような生物的な違いのない領域で社会的な習慣や歴史・文化などによって構成されてきた男女区別のことを言います。例えば「女らしさや男らしさ」に関する特性論や固定観念、固定観念に基づいた家庭・地域・職場などでの性役割分業、男女関係での心理的性役割、伝統文化や芸術表現における男女のイメージなどがそれにあたります。ジェンダーは人間のさまざまな社会活動に影響を与え、現代社会においてもさまざまな領域での男女の格差を作り出しています。

3.ジェンダーが女性差別や女性の悩みにつながる仕組み

 1.ジェンダーは人間を男女に二分し、それぞれの「性」ではまったく別の特性を皆が同じように生まれながらに持つとする考え方です。しかし、男女に身体的な違いはあっても知性・情緒・感性などの能力や特性に男女差はありません。それなのにすべての人間を同じように男女の枠にはめて格差をつけ、一人一人の違いや個性や違いを許さないのは女性だけでなく男性にとっても大変な問題です。
 2.上記の男女に振り当てられてきた特性・固定観念には、社会・文化・歴史的経過の中で「男尊女卑」や「宗教的な穢れ」の概念などの影響で大きな男女格差や優劣が存在します。
 3.そして、近代社会と近代家族における男女の性役割分業の固定化は男女のステレオタイプを強化し、これらのステレオタイプや性役割が労働や社会参加の機会の不平等につながって男女格差を拡大し、また、性役割を再生産するという悪循環におちいっています。
 4.また、これらの男女のステレオタイプや男性社会の中での女性の弱い立場が、女性を「性的消費財」として商品化し、性的搾取や性被害の原因を作ってもいるのです。

4.では、なぜ相談事業か

 日本では、戦後、法的な男女平等の実現によって家制度に代表される男尊女卑の諸制度が廃され、女性の市民権が認められて、女性の地位の向上と社会参加のための取り組みが行われてきました。その中で、男女の社会的・文化的格差は縮小する方向に進むかに見えたのですが、日本経済の高度成長による雇用労働者所帯の増加や都市化・核家族などによって「働く男性と、家庭を守る女性」という性役割分業が固定化し、さまざまな面でのジェンダー格差はかえって広がる傾向になっていきました。例えば、男女平等という考え方は建前としては一般化しても、実際には「固定的な男女観や社会通念」が根強く残り、サラリーマン核家族の増加は「三歳児神話」などを作り出して育児を専業主婦や女性の役割にしてしまい、結果的に「女性と男性の社会的住み分けと経済的格差」が広がることになりました。旧来の家意識や慣習が社会に残るなかで、家事・育児・介護を一人で担い家族間の人間関係の調整も引き受けて葛藤し燃え尽きる女性や、親からの支配や虐待によって自分らしく成長することを阻まれて苦しむ女性も跡を絶ちません。
 また、職場に進出した女性に対しても、さまざまな就労上の差別や「セクシュアル・ハラスメント」など、女性に対する深刻な被害も注目されるようになりました。女性自身の側でも、社会の中で無批判に継承されてきた「女らしさ」を内面化して自己形成を図らざるを得ないことで、問題の認識が偏ったり自分で自分を縛ったりして、自分の本来の力を充分自覚できないまま問題解決への意欲を失ってしまう状況も見られます。
 このような状況のなかで、女性が問題解決や自己実現のための心理的援助を得られる場を提供し、女性の自立と社会参加を促進して男女が平等に活躍できる社会を実現するために、女性総合センターには「女性のエンパワーメントを目標とする相談・カウンセリング事業」が必要とされるのです。