第3回 地域で支援を進めるために-今後の課題

DV防止法は第一歩

 2001年制定のDV防止法はこれまで二度改正され、法的しくみは大幅に改善された。だが、法律の制定はDV防止と被害者の被害からの回復や生活再建支援にとって第一歩にすぎない。今後、市町村のDV基本計画策定が進むと考えられるが、DV被害独自の支援制度が国によって整備されているわけではなく、DV防止と被害者支援は自治体の政策に任されている。シェルターや支援団体、相談窓口など社会資源がどれだけあるか、企業の求人状況など地域によって差が目立ち、自治体の財政事情や首長の姿勢にも違いがある。どこに住んでいても公平に十分なサービスが受けられなければならないのだが、地域間の格差は依然大きい。
 生活再建支援を進める場合、実際に重要なのは住民票や健康保険、生活保護、公営住宅への入居、アパート入居の際の保証人、子どもの転校、離婚調停など、DV防止法以外の法制度である。DV防止法制定以降、これらの諸制度の運用改善がおこなわれてきたが、まだまだ不十分である。
 今後の課題として、

  1. 被害者と子どもの安全確保
  2. 生活再建・自立支援、とくに、被害者の精神的ケアと就労支援
  3. 子どもへの支援
  4. 加害者の責任

の4点があげられる。

被害者の安全は守られているか

 逃げた後や別れようとしたときなど、加害者のコントロールから逃れようとしたときに、暴力の危険がもっとも大きくなる。夫のもとから逃げたから、別居したから、離婚したからといって安心できない。執拗に追跡・追及してくるのがDV加害者の特徴である。被害者は常に加害者の追跡の恐怖と不安にさらされている。
 離婚後何年も経過しているのに、被害者の行方を捜しに来るケースは多い。ようやく安定した生活を手に入れたとしても、追跡の危険を回避するために、再び逃亡生活を余儀なくされることがある。たとえ結果的には追跡してこなかったとしても、追跡されるかもしれないという恐怖や不安は大きく、DV被害者にとって、「逃げる」という選択を躊躇させる要因となっている。子どもの連れ去りもしばしば起きている。
 DV被害者にとって、加害者からの追跡の恐怖は想像以上に大きい。多くの被害者が、暴力を受けていたときも怖かったが、逃げた後のほうがもっと怖かったと語る。「きっと草の根を分けても調べ上げ、探し出すに違いない」、「見つかったらもっとひどい暴力を受ける」、「殺されるかもしれない」と被害者は信じている。実際にも多くの被害者が追跡を受けており、被害者の安全を守るためには厳格な情報秘匿と秘密の保持が不可欠である。

保護命令が出ても・・・

 2006年内閣府の調査によれば、約6割の被害者は保護命令の申立をしていない。その理由のトップが「相手の反応が怖い」である。保護命令は被害者の安全確保を目的としているにもかかわらず、追跡の恐怖が大きいことからあまり利用されない結果となっている。

 保護命令の発令後に、二人の子どもとともに加害者のもとを逃れて一時保護施設に移り、同時に離婚調停を進め、その間に公営住宅に転居して生活再建を図ろうとした矢先に、加害者によって居所を発見され、子どもの目の前で殺害された事件が徳島県で発生した(2006年12月)。2008年1月には、実家に逃げていた被害者が警察に被害届を出したところ、加害者である夫が実家に押し入って被害者を殺害した事件が宇都宮で起きている。事件当日の午後、保護命令申立の予定であったという。
 徳島事件の場合は探偵社を使って居所をつきとめるなど、あらゆる手段を講じて被害者を探し出している。徳島事件も宇都宮事件も、凶器や犯行日時の決め方など、用意周到であり計画的である。2007年度の保護命令違反による検挙件数は85件と過去最高を記録した。いかに法を守らない加害者が多いかわかる。配偶者暴力防止法は「法は家庭に入らず」原則を打破して、公的介入による被害者支援・保護を政策化したが、保護命令発令がかえって危険を生み出してはならない。保護命令が出たからといって安全ではないのだ。警察による被害者の安全確保がいっそう強化されなければならない。

生活再建の難しさ

 DV被害者は緊急時に無事避難した後も、さまざまな困難と直面する。家裁での離婚調停やアパート探し、職探し、子どもの問題行動など、次から次へと難題を解決していかなければならない。2006年内閣府の調査によると、DV被害者の就労状況は厳しく、「仕事を探したいが探せない」人がほぼ半分に及ぶ。重要なのは、その理由として心身の不調をあげた人が6割近いことである。心身に不調があると、就労、住まい、子どものこと、経済などあらゆる場面で困難を抱えざるをえなくなる。とくに、DVの被害者には高頻度でうつ病やPTSDがみられるという。
 精神的なダメージからの回復には適切な専門的支援が必要であり、回復に時間がかかるにもかかわらず、精神的ケアは絶対的に不足している。精神的ダメージを受けたDV被害者にとって、就労による自立は容易ではない。DV被害によって精神的ダメージを受け、さらにその後の生活の不安や心配、追跡の恐怖などがある場合には、症状の悪化がみられるとも言われている。
 また、シェルター後の行く先がなかなか決まらないことやアパート暮らしでの孤独の問題も深刻だ。シェルターを出た後の「セカンドステップハウス」や継続的な支援がほとんどない。「安心できる居場所」や「自立後」にいつでも相談できるフォローアップ体制が必要である。
 DV被害を受けた母子家庭の平均月収は母子家庭全般の6割程度しかない(約12万6000円)(図)。母子家庭の就労支援の促進や社会保障の整備が急がれる。

2008.11.1

子どもへの支援

 多くのDV被害者が子どもの問題に悩まされている。子ども自身も暴力に晒され、見知らぬ土地への避難や転校など安定しない生活が続く中で精神的にも不安定になる。DVは、体調不良や不登校、家出、チック、夜尿、摂食障がい、自傷行為、いじめ、学業不振、万引きなど、さまざまな影響を子どもに与えている。
 アメリカの研究によれば、子どもは「DVにさらされる」ことで、自殺傾向、アルコール・薬物乱用、抑うつ、発達遅滞、学習困難、集中力欠如、暴力への関与など、多様なリスクを抱えるとともに、直接的な暴力も受けている。しかし、子どもへの影響はそれだけではない。母子関係やきょうだい関係の悪化など、家族の絆が損なわれ、その深刻な影響は長期にわたると言われている。
 DVの影響は、ようやく落ち着いたところで初めて顕在化することがある。父親からの暴力・虐待を受けてきた子どもたちへの精神的なケアや支援、学習支援など子どもへのサポートがあまりにも手薄である。離婚調停に伴う面接交渉や親権の問題も子どもと被害者の安全第一に進めなければならない。学校や保育園などの理解や協力を得ながら、子どもへの支援を地域で進める必要がある。

加害者の責任

 現在、加害者はいわば放任状態である。傷害や暴行罪で逮捕・起訴される場合を除いて、保護命令に違反した場合に、はじめて法的責任を問われるにすぎない。傷害や暴行の場合も被害者による被害届が必要とされており、「仕返し」をおそれ、子どもの父親を犯罪者にしたくないと思う被害者にとって被害届出のバリアは想像以上に高い。
 被害者にとって「沈黙」を破ることが難しいのは、周囲の無理解とともに、加害者である男性の暴力否認と責任転嫁の構造があるからである。
 DV加害者の特徴として、相手に暴力をふるっているという認識が著しく低いことがあげられる。あくまでも「相手が悪い」からだと責任転嫁し、暴力を正当化しがちである。同時に、暴力によって相手がどれほど傷ついているかについても想像力が及ばない。
 このように「自分が悪い」と認識していない加害者の再教育は極めて困難だが、暴力の予防のためには加害者の責任を問うことが不可欠である。そのためには加害者の法的責任を明確にすることが第一である。迂遠なように見えるかもしれないが、子どものときからの暴力防止や人権教育、デートDV防止プログラムが学校教育に組み込まれる必要がある。

[参考資料]

  • 内閣府『配偶者からの暴力の被害者の自立支援等に関する調査』報告書