第1回 ドメスティック・バイオレンスとは

DVとは暴力による相手のコントロール

 ドメスティック・バイオレンス(以下、DV)とは、夫や恋人、婚約者、同棲相手、ボーイフレンドなど、個人的で親密な関係にある人からふるわれる暴力をいう。離婚後や婚約解消後も含まれる。職業、階層、学歴、年代を問わず、加害者にも被害者にも特定のタイプはないといってよい。被害者は圧倒的に女性が多い。日本人男性と結婚した外国籍の女性や障がいのある女性、十代や高齢の女性など、被害をうけやすいにもかかわらず、声をあげにくい被害者がいることを忘れてはならない。
 DVというと殴る、けるといった身体的暴力を想像するかもしれないが、言葉の暴力や威嚇、脅し、抑圧などの心理的暴力、性的暴力、実家や友人たちとの付き合いを制限したり、勤めに出たいと言ってもだめだという社会的隔離、生活費を渡さないなどの経済的暴力などを含む。たとえ殴られたことはなくても、「ひょっとしたら私も」と思いあたる人は少なからずいるのではないだろうか。
 DVとは、第三者が介入しにくい夫や恋人という個人的な関係で、さまざまな暴力を使って相手の感情や考え方、行動をコントロール(支配)することである。暴力を受ける側は、暴力がいつふるわれるかわからないという「緊張と恐怖」のなかで生きていかなければならない。常に相手の顔色をうかがい、萎縮しながら毎日を送らなければならない状況を想像してほしい。価値観が混乱し、思考の基準まで暴力の加害者の言うとおりになってしまうという。だが、むやみに他人には話せないし、外部に相談などしたら仕返しが待っており、もっとひどい暴力がふるわれるかもしれない。周囲の人は同情してくれるかもしれないが、理解してくれる人は本当に少ない。逆に「あなたにも悪いところがあるのでは」と非難されてしまう。被害者はますます孤立し、自尊感情を奪われ、自信を喪失していくことになる。被害を受けたある女性は「まるで金縛りにあったみたいだ」と表現した。DVが許されないのは、暴力によって、女性や子どもの生きていく力を弱め、「人間としての尊厳」を奪うからである。

なぜ暴力をふるうのか-DVを生み出す背景

 他人同士ならいざ知らず、夫や妻や恋人なら愛と信頼に満ちた世界のはずだ。それなのに、なぜ暴力をふるうのか。また、そんなにひどい暴力をふるわれるのなら、なぜ逃げないのか。正直なところ、疑問に思う人が多いと思う。
 これらの疑問を解く鍵となるのは、私たちの社会における根強い「性差別」と、「所有に基づく支配の思想」に気づくことである。「暴力をふるわれるのは妻の側に何か問題があるからだ」、「逃げても経済力もないのだから生活していけないだろう」、「子どものことも考えず自分勝手だ、我慢が足りない」。こんな声が聞こえてくる。男性優位の社会だからこそ、女性が暴力から逃れて、ひとりで、あるいは子どもたちと一緒に自分の足で生きていくことは難しい。社会的に優位に立つ男性は、「誰にも言わずに我慢するだろう」、「逃げられないだろう」と高をくくって、妻や恋人に暴力をふるうのだ。
 日本でDVが社会問題化したのは最近のことであるが、その歴史は古い。たとえばイギリスでは、19世紀後半まで「親指よりも太くないムチだったら妻を叩いてもよい」という慣習法があった(親指の原則)。これは、夫と妻は一体であり、しかも主体は夫で、妻の人格は夫に吸収されるという思想に基づく。妻が夫に歯向かい、悪いことをしたら、夫が妻を罰してもよいとする「懲戒権」が夫に認められていた。19世紀後半には法制度上からは姿を消すが、人びとの考えはすぐには変わらない。日本も例外ではなく、こうした所有の思想が根強く残っていて、DVを許容する背景となっている。

パワーとコントロールの車輪

2008.9.1

 アメリカの女性たちは、「パワーとコントロールの車輪の図」でDVの構造を表現した(図1)。車輪の一番外側にあるのが、もっとも見えやすく、わかりやすい身体的暴力である。身体的暴力に隠れて見えにくいが、車軸のように外輪を支えて回りやすくしているのが、心理的暴力や経済的暴力、性的暴力などの多様な暴力である。中心にあって車輪の動力となっているのが「パワーとコントロール」、つまり権力や社会的な地位、影響力、経済力、体力などの力が一般的に男性に偏り、女性が従属的な地位に置かれるという社会の性差別構造である。内側の非身体的暴力と外側の身体的暴力は相乗作用で効果を高めあう。一度殴るだけで十分威圧と恐怖を与えることができ、女性は自分の行動をコントロールして暴力を回避しようとする。他方で、言葉や行動規制などの精神的抑圧や性的暴力は女性の自尊感情を傷つけ、自信を奪って無力感を与える。車輪の外側にはさらに、妻役割や母親役割の押し付けや女性の経済的自立の困難、人びとの暴力を容認する意識、支援のための資源の不足などの社会的要因が張りめぐらされており、暴力の車輪をより円滑に動かしている。
 このような性差別的な社会状況を背景に、社会的には優位に立つ男性が社会的劣位に置かれた女性や子どもに対して、暴力をふるうことで女性や子どもを支配することが社会的に容認されてきたのである

DVの特質

 DVの特質は次の4点にまとめることが出来る。
 第一に、あらゆる暴力や手段が行使される。つまり、加害者は何でもやるということであり、妻や子どもだけではなく、実家の親やきょうだい、友人、支援者などにも攻撃を仕掛けてくるのがDVである。
 第二に、DVには、被害者が逃げたとき、あるいは逃げようとすると暴力がひどくなるという特質がある。逃げた後、別れた後にもっとも危険が高まると言われている。たとえ、結果的に追跡してこなかったとしても、追跡されるかもしれないという恐怖が、逃げることを躊躇させる。離婚後数年たったとしても、追跡の恐怖から逃れられない場合すらある。似たような男性を街角で見かけただけで身がすくむという。
 第三に、暴力を放置するとエスカレートし、暴力が激化する傾向がある。暴力はしばしば繰り返され、執拗な場合が多い。何か起こってからでは遅いのであり、早期の対応や再発防止が必要である。
 第四に、DVは精神的な面を含めて生活全般に影響を与えるので、一時的に逃げるだけでは問題の解決にはならない。むしろ、逃げた後の問題のほうが大きい。緊急時の対応だけではなく、逃げた後の生活再建を含めた「途切れのない総合的支援」が求められる。

DVの実態

 1999年に国が初めて行なった調査によると、成人女性のおよそ20人に一人が、夫やパートナーから「生命の危険を感じるほどの暴力」を受けている(図2)。DVの中でもっとも表面化しにくいのが性的暴力であり、女性の性的自由を侵害する行為が日常的に行われている。また、子どもに「自分のせいでママが殴られる」と思わせるなど、子どもを利用した暴力も多い。さらに、暴力をふるう加害者は相手を傷つけているという自覚がほとんどなく、「自分のいうことを聞かないからだ」と相手に責任を転嫁する傾向がある。
 DVは、女性の心身の健康に深刻かつ長期的な影響を与えている。調査によれば、DV被害の結果、「よく眠れない」、「物事をはっきりと決められない」、「自分は価値のない人間だと思う」などの心身症状やうつなどがみられる。自殺を考えた女性も多い。流産や早産、低体重児の出産など妊娠、中絶、出産などへの影響も無視できない。
 さらに、子どもへの影響は深刻である。子どもは、①目撃者として、②直接の被害者として、③DV被害者からの暴力の被害者として、DVの影響を受けている。「子どもは忘れられたDVの被害者」なのだ。大人と同様に、暴力がふるわれ、緊張と恐怖が支配する日常の生活環境が子どもに長期的な影響を与えており、学校生活や心身の健康への影響や、子どもの自己評価の低下につながるとも言われている。暴力を目撃したり、直接の暴力を受けている子どもに対するケアやサポートが必要である。また、離婚調停における親権や面接交渉の判断に際して、子どもへのDVの影響を十分考慮し、安全を守らなければならない。

2008.9.1-2

最新の調査結果によると女性の約4人に1人が身体的暴行を受けています。

[参考資料]

  • 平成20年度改訂版「STOP THE 暴力」内閣府
  • 「ドメスティック・バイオレンス」『夫・子どもからの暴力』調査研