第3回 科学技術分野における男女共同参画とポジティブ・アクション

1.男女共同参画社会基本法の施行から10年

 本年5月29日に閣議決定された「平成21年版男女共同参画白書」の特集テーマは、「男女共同参画の10年の軌跡と今後に向けての視点-男女共同参画社会基本法施行から10年を迎えて-」であり、基本法施行後の10年間の変化と現状について分析が行われている。以下、いくつかポイントをご紹介する。全体については、是非、本白書をご覧いただきたい。

・女性は男性ほど男女共同参画が進んでいるとは捉えていない。
・政策・方針決定過程への女性の参画は10年間で緩やかに進んでいるが,国際的には低い水準にとどまっている。
・子どもができても継続就業を望む人は増えている。20歳代後半から30歳代後半にかけての女性の労働力率は上がっているが、国際的には依然として低く、子育て等との両立は依然として難しいと感じられている。また、女性の場合、非正規職員の割合が高まる中キャリアパスが不明確であったり、子育て等との両立の難しさから、キャリアアップを見通せないと感じる人が多い。
・家庭における家事分担は妻に偏る状況にある。他方、多くの男性が長時間 にわたり労働に時間を割かれている。「夫は外で働き、妻は家庭を守るべきである」という考え方については、賛成と反対が拮抗しているが、子育て期の男性は家事や育児等に参画したいと考える人も多い(図1)。
・地域におけるつながりが希薄化する中、地域活動における女性の代表者は依然として少ないが、女性の地域活動への参加意欲や地域の担い手としての当事者意識は高い。

「夫は外で働き、妻は家庭を守るべきである」という考え方についての意識調査
「夫は外で働き、妻は家庭を守るべきである」という考え方についての意識調査

2.男女共同参画社会の形成とポジティブ・アクション

 平成11(1999)年6月に施行された「男女共同参画社会基本法」では、「男女共同参画社会の形成」と「積極的改善措置」が定義されている(第2条)。前者は、第1号の中で「男女が、社会の対等な構成員として、自らの意思によって社会のあらゆる分野における活動に参画する機会が確保され、もって男女が均等に政治的、経済的、社会的及び文化的利益を享受することができ、かつ、共に責任を担うべき社会を形成すること」、後者は、第2号の中で「前号に規定する機会に係る男女間の格差を改善するため必要な範囲内において、男女のいずれか一方に対し、当該機会を積極的に提供すること」と定められている。

3.科学技術分野におけるポジティブ・アクション

 これまで2回のゼミで見てきたように、我が国の科学技術分野のように、意思決定過程や研究現場における女性の活躍が限られている現状では、「積極的改善措置(ポジティブ・アクション)」が有効と考えられる。
  ポジティブ・アクションには様々な手法があるが、その一つに目標数値とその達成期限を掲げる「ゴール・アンド・タイムテーブル方式」がある。この方式は、過去には、日本学術会議において採用されている。平成12年6月当時(18期)に3.3%であった女性会員比率を、今後10年間で10%まで高めるという目標値を設定することが提言された。その後、目標設定の次の期(第19期)には6.2%(13名)、そして、平成17(2005)年10月からの第20期には、同会議会員210名中、20%の42名の女性会員が選出されることにより、既に達成されている。目標数値とその達成期限を掲げるゴール・アンド・タイムテーブル方式が効果を挙げた好事例である。
  また、国立大学協会においても、平成12(2000)年5月に、2010年までに国立大学の女性教員(助手・非常勤講師を含めず)の比率を20%に引き上げることを達成目標とすること、両立支援策を講じること等が提言されている。国立大学における助手・助教を除く女性教員比率は10.1%であり(平成20(2008)年5月時点)、徐々に増えているが、達成期限までの目標数値とは隔たりがある(図2)。

大学教員における職名別女性割合
大学教員における職名別女性割合

4.2つの基本計画の数値目標とフォローアップ

 「男女共同参画基本計画(第2次)」および「第3期科学技術基本計画」に掲げられた数値目標(自然科学系全体として25%:理学20%、工学15%、農学30%、保健30%)の達成状況が課題となっている。また、第2回で紹介したように、多くの大学において、男女共同参画のための取組が十分には進んでいない。今後は、大学や研究機関におけるワーク・ライフ・バランスの実現、研究と育児の両立支援等の施策との組合せによる総合的なポジティブ・アクションの推進が急務と考えられる。このことは、女性研究者のためという観点にとどまらず、男性研究者の働き方や家庭生活、我が国全体の多様性・創造性・生産性・活力、イノベーション(新しい社会的価値の創造)、少子高齢化にもかかわってくる重要課題である。
 総合的なポジティブ・アクションが効果を上げるためには、機関ごとの進捗状況の客観的・定量的な分析評価が重要である。このための機関ごと、または、政府や地域連携機関による女性研究者の採用割合、職階別の女性割合等の統計データの収集・整備とともに、ホームページなどを活用した内外への積極的な情報提供が極めて重要である。今はまだ、機関ごとの女性研究者の分野別・職階別割合は、十分公表されているとは言い難い。
 国立大学法人のホームページやパンフレットにおいても、多くの場合、「教授」の女性割合はもとより、大学の教育研究や経営にかかる重要な意思決定を担う「役員」「部局長」「教育研究評議会」「経営協議会」の構成員の女性割合が、ひと目でわかる状況には至っていない。各大学において、女性がどのような形で意思決定過程に参加しているか、また、ワーク・ライフ・バランスや子育て支援はどのように行われているかについて、子どもを持つ保護者の方々、高校の教師の方々、また、生徒ご自身も、進路選択を行う際に、学生・研究者としての将来の職業、キャリアパスを考える上で重要であることにかんがみ、ご確認の機会をいただけることを願っている。

5.科学技術分野の男女共同参画に向けて

 ゼミを締めくくるに当たり、なぜ、日本の女性研究者の割合が少ないか、もう一度、特徴的背景について考えてみたい。
 OECD諸国の高校1年生を対象にした「学習到達度(PISA)調査」における我が国の男子・女子の得点については、2000年及び2003年ともに、読解力で女子が優れ、数学的リテラシー及び科学的リテラシーにおいて男女に統計的な有意差はなかった。2006年度は、読解力と科学的リテラシーでは同様の結果が得られたが、数学的リテラシーにおいては、男子の得点が女子を統計的に有意な差で上回った(図3)。他の先進国においても、同様の結果が見られるが、我が国のように、男女の学部の進路選択や女性研究者割合に大きな差が出ているわけではない。

日本の高校1年生の読解力、科学・数学リテラシーにかかるOECD学習到達度調査結果の推移
日本の高校1年生の読解力、科学・数学リテラシーにかかるOECD学習到達度調査結果の推移

(備考)OECD PISA調査結果より作成。内閣府男女共同参画局資料より。
科学技術についてのニュースや話題への関心は、女性は年齢層により違いがあるものの、5割弱から6割程度であり、男性の7割に比較して全世代共通的に低い傾向にある(図4)。このことは、親から子へ、大人から子どもに至るまで、女性が科学技術分野に関心を持ったり、進路として選んだりする際の負のスパイラルを促進していると考えられる。高校生の将来就きたい職業の意識も男女で大きな違いがある。男子が技術計の職業を希望する職業として多く挙げている一方、女子では看護師、保育士・幼稚園教諭を希望する割合が高い(表1)。職業のジェンダー(社会的性別)のイメージや役割意識が、職業選択に影響を与えている可能性がある。

科学技術についてのニュースや話題への関心
科学技術についてのニュースや話題への関心

科学技術は、私たちの身のまわりにおいて、決して遠い存在ではない。「平成17年版男女共同参画白書」(序章第3節、p.42-43)で紹介されているように、これまで、家電の普及や工業・農業での機器利用により、家事の負担軽減、職域や活動範囲の拡大など、暮らしと働き方に大きな変化をもたらしてきた。また、科学技術は、自然災害の防止、疾病の克服、食料・エネルギー資源の確保など人々が直面する課題の解決に役立つとともに、新製品の創出、生産性の向上、新たな販路の開拓等を通じて、私たちの経済水準の向上にも資する。
 一方、科学技術には、別の側面もある。科学技術の発展に伴う人間活動の領域の広がりや活発化に伴って、地球環境問題、生命倫理問題、情報力格差など新たな社会的課題が顕在化している。また、科学技術に関する知識を有しているといないとでは、日々の健康管理から病気の際の治療選択に至るまで、あらゆる場面で判断の的確さにおいて差が生じる可能性がある。同白書では、科学技術に関する基礎的素養を男女ともに備える必要があることが記されている。
 女性も生き生きと科学技術活動に参加し、仕事と生活の調和を図り、よいロールモデルになり、科学技術が描く夢と希望を次代の子どもたちに伝えられるようにすることが大切である。男女の共同参画による科学技術分野の多様性の確保は、国民の強い要請である安全・安心な社会の形成にもつながることも同白書で指摘されている。
 科学技術分野の男女共同参画の実現に向けて、私たち一人ひとりの関心・認識および発意・行動、ネットワーク形成による連携など、地域・産学官の様々な主体による積極的な取組が重要であると考えている。

高校生が希望する職業
高校生が希望する職業

備考)(社)全国高等学校PTA連合会、(株)リクルート「高校生と保護者の進路に関する意識調査」(2007)(平成20年3月)より作成。文部科学省科学技術・学術政策局「女性研究者の活躍促進に向けて~女性研 究者の支援事業取組事例~」より