第1回 女性研究者を取り巻く現状と支援の取組について

1.はじめに

 2005年1月、米国の前ハーバード大学長であったサマーズ氏は、米経済調査局主催のシンポジウムで、「科学や数学の分野で活躍する女性が少ないのは、生まれつき苦手だからだ」と発言した。この発言は、大論争を招き、同年3月、同大学の教授会は、学長の不信任決議を行い、賛成多数で不信任を可決した。任免権を持つ理事会がサマーズ学長を支持したため、学長は罷免されなかったが、同学内では、女性の活躍促進のための環境整備に多額の予算を配分することを決めた。その後、サマーズ氏は翌年6月に退任し、2007年7月に、後任学長に、1636年の同大学創設以来、史上初の女性学長であるファウスト氏が就任した。
 日本でも、ほんの数年前に、「話を聞かない男、地図の読めない女」(アラン・ピーズ、バーバラ・ピーズ著、主婦の友社)がベストセラーになったが、十分な科学的・統計的な根拠に基づかずに、知的活動においても、脳の性差は個人差よりも大きいと誤解している人が多かったように思う。 このため、偏見でまわりから縛られ、また、自分自身をも思い込みで縛り、自然科学分野で女性が能力を活かしきれず、才能を十分発揮しきれなかった時代が長く続いたのではないか。このようなパラダイムの中で、女性研究者は、結婚や子育てと研究の両立の難しさに直面したときに、先輩として活躍するロールモデルの姿も見つけにくいことから、若い時期に研究継続をあきらめ、さらに、彼女たちに続く次世代の女子も人文科学系を主として選択し、そして、女子を見守る保護者も教師も、女子に理系進路選択を進めることを躊躇してきたと考えられる。

2.日本の女性研究者を取り巻く現状

 この結果が、日本の研究者全体(88.8万人)に占める女性研究者(11.5万人)の割合の特徴的な低さ(平成20(2008)年3月時点で13.0%)につながっている。日本の女性研究者割合は、欧米諸国の3割程度と比較して際立って低い(図1)。

研究者に占める女性割合の国際比較
(図1)研究者に占める女性割合の国際比較

 また、職階が上がるにしたがって、女性の割合が減少していく傾向が顕著である。例えば、大学の教員全体に占める女性割合は、全体で18.9%、国立、公立および私立大学で、それぞれ 12.3%、 25.8%、22.2%である。助手、助教から教授、学長など職位が上がるほど、女性教員の割合が減少する。分野別の教授割合は、理学・工学・農学の自然科学系で特に低いが、職位が上がるにつれて女性割合が減少する傾向は、各分野で共通している(図2)。

大学教員における分野別女性割合
大学教員における分野別女性割合

3.女性研究者の活躍促進に向けた国の取組

 こうした状況を背景に、「男女共同参画基本計画(第2次)」と「第3期科学技術基本計画」では、女性研究者の活躍促進のための記述が新規に盛り込まれ、あるいは、大幅に拡充され、平成18年度より初めて女性研究者の支援策が予算化された。その額は、18年度に6.7億円、19年度に11億円、20年度に18億円と順調に推移している。昨年12月に公表された政府予算案でも、21年度予算に新たな施策が加えられ、総額も8億円近く増額された。
 では、具体的に、どのような支援策が講じられているだろうか。
 政府では、閣議決定された二つの基本計画に基づいて科学技術分野における男女共同参画および女性研究者の活躍促進を進めている。その一つは、「男女共同参画基本計画(第2次)」(平成17年12月閣議決定)であり、同基本計画では、男女共同参画を推進する分野として、新たに科学技術分野を対象として加え、自然科学系全体として25%(理学系20%、工学系15%、農学系30%、保健系30%)という女性研究者採用のための数値目標が初めて明記された。また、女性研究者の採用機会などの確保、勤務環境の充実、科学技術における政策や方針決定過程への女性の参画、女子高校生の理工系分野への進路選択支援、ジェンダー統計の整備などを規定した。
 もう一つは、平成18年3月に総合科学技術会議の審議を経て閣議決定された「第3期科学技術基本計画」であり、上記の男女共同参画基本計画と同様の数値目標を掲げるとともに、女性研究者の活躍促進のための基本施策の記述が大幅に拡充されている。
 また、平成15年6月、政府の男女共同参画推進本部は、「社会のあらゆる分野において、2020年までに、指導的地位に女性が占める割合が、少なくとも30%程度になるように期待する」ことを決定し、本数値目標は、上記「男女共同参画基本計画(第2次)」にも継続して明記されている。さらに、同本部は、戦略的取組の必要性から、平成20年4月に「女性の参画加速プログラム」を策定し、基盤整備を進めるとともに、女性の参画が進んでいない分野として(医師、公務員と並んで)女性研究者に焦点を当て、重点的な取組を推進することを決定している。
 二つの基本計画等に基づく具体的な施策として、文部科学省に科学技術分野の男女共同参画の推進にかかる予算が、平成18年度に初めて計上され、その後の伸びは着実なものとなっている。
 文部科学省における施策は、女性研究者の活躍促進または次世代の女性研究者の養成を目的としたものであり、1.出産・育児による研究中断からの復帰支援(日本学術振興会による特別研究員-RPD制度、科学技術振興機構による出産・子育て等支援制度(両立支援も含む))、2.女性研究者支援モデル育成事業(女性研究者が研究と出産・育児等を両立し、研究活動を継続するための大学や独立行政法人等の取組支援)、3.女子の理系進路選択支援に大別される。
 次項では、日本学術振興会による特別研究員-RPD制度や科学技術振興調整費「女性研究者支援モデル育成事業」に採択された機関のプログラム等を紹介する。筆者の所属するお茶の水女子大学は、平成18年度より、また、三重大学は平成20年度より事業を推進している。本プログラムを契機として、採択された33機関においては、機関長の強いリーダーシップの下、女性研究者の活躍促進のためのシステム改革が進められている。