第3回 不況をチャンスにする企業

 ワーク・ライフ・バランスを推進するためには、どうしたらいいか。筆者は、大きく3つのポイントがあると考えている。
1.経営トップのコミットメント、2.「時間・場所の制約」を前提とした業務管理、3.他者を受容する従業員の意識変革だ。

 以下、順に述べる。

鶴の一声で、「遠慮」と「曖昧さ」を払拭

ワーク・ライフ・バランス支援制度の利用を躊躇してしまうような雰囲気
ワーク・ライフ・バランス支援制度の利用を躊躇してしまうような雰囲気
(図表1)

 まず、「経営トップのコミットメント」が重要だ。具体的には、重点的にワーク・ライフ・バランスを推進していく意向を社内報などの媒体に掲載したり、新年会や朝礼などの場で経営トップが表明することが重要だ。
以前、筆者は中小企業庁からの委託を受けて「従業員アンケート調査」を実施した。その調査結果をみると、仕事と育児を両立しやすくする制度があまり利用されていない理由として、従業員の約6割が「利用を躊躇してしまうような雰囲気があるため」と回答している(図表1)。

 では、ワーク・ライフ・バランス支援策の利用により、周囲は迷惑をこうむっているのかというと、必ずしもそうとはいえない。自分の利用は「迷惑をかける」と考える人が多い一方で、周囲の人の利用は「どちらともいえない」と回答している(図表2)。すなわち、ワーク・ライフ・バランスの困難さは、「遠慮」と「曖昧さ」に起因するのではないかと考えられる。

ワーク・ライフ・バランスの困難は、「遠慮」と「曖昧さ」に起因
ワーク・ライフ・バランスの困難は、「遠慮」と「曖昧さ」に起因
(図表2)
ワーク・ライフ・バランスに取り組んでいる企業に対して、両立しやすい環境へ変化した契機をたずねたところ、「トップダウン」が最多となっている(図表3)。すなわち、ワーク・ライフ・バランスしやすい環境作りには、経営トップの鶴の一声で、「遠慮」と「曖昧さ」を払拭することが重要だと考えられる。
ワーク・ライフ・バランスに取り組む契機は「トップダウン」
ワーク・ライフ・バランスに取り組む契機は「トップダウン」
(図表3)

時間制約・場所制約を前提とした業務管理

 次に、時間制約・場所制約を前提とした業務管理が重要だ。今後は、時間制約・場所制約を抱えながら働く従業員が職場に増えていく。例えば、介護とワークのワーク・ライフ・バランスがひとつのキーワードだ。高齢化、長寿化が進む一方で、その子ども世代は、きょうだい数が減っているため、今後、従業員が介護をする確率は格段に高まっていく。仮に今、育児休業さえ取りにくい会社では、介護休業ラッシュに直面すると大混乱になってしまう。なぜなら、育児休業はいつ始まっていつ終わるのかがはっきり見えているのに対して、介護休業はいつ誰がいつまでやるのか誰にもわからないので、非常に不透明性が高いからだ。しかも、介護リスクに直面する方というのは、その職場にとっては抜けては困る、要職を担っている方々が多い。仮に、そういう方々が抜けても成り立つ業務体制、あるいは抜けなくても済むような介護サポート体制を考えていく。先見の明がある会社では、育児休業が取りやすい職場となるように練習をしておいて、いずれ来る介護休業ラッシュに備えようとしている。
 では、時間制約・場所制約を前提とした業務管理とは、どういうものか。以下、筆者が実践している方策をご紹介したい。筆者は官庁や自治体の会議に出席したり、研究者として企業に出向く機会が多く、あまり社内にはいない。「社内にいないのに、どうやって業務を管理しているのか」とよくきかれる。
 筆者が部下から毎日、提出してもらっている「業務進捗表」には、翌日以降の業務ごとに①件名②必要時間見込み③難易レベル(レベル10:日本では自分しかできない、レベル1:学生バイトでもできる)④実際にかかった時間など、だ。
 工夫している点は、3つある。
 第一に、「業務の難易度×実際にかかった時間」を「部への貢献ポイント」として、それに応じて部の売上分割をしている。例えば、「20時間×難易レベル10」、「200時間×難易レベル1」という二人を同等に評価する。
 第二に、見込み時間よりも早く終えた場合に節約された時間を「時間貯金」と呼び、一定レベル以上貯まった部下には、有給休暇の取得を励行している。
 第三に、組織の業務の進め方に関して、「ケチをつける」ことを励行している。そうした業務改善の提案を「生産性向上ポイント」と呼び、難易レベルに加算している。
 筆者の前の職場で毎日、定時に帰宅していた部下は難易度の高い業務に挑戦していたので、貢献ポイントは際だって高く、それに応じて昇給していた。また、時間貯金も多く、有給休暇取得率は100%。リフレッシュして業務に復帰するので、さらに生産性が上がるという好循環が生まれていた。彼女は、自分の業務を早く終えたら、同僚の仕事を手伝うので、みな感謝していた。こうした身近な模範が刺激となって、部下は競って業務の密度を高め合い、部の生産性も大幅に向上していった。
 職種ごとに業務内容も異なるため、同じ手法では難しいかもしれない。しかし今後は、上司が具体的なワーク・ライフ・バランス・マネジメントの手法を学び、取り組むインセンティブを従業員に与える施策が必要ではないか。

他者を受容する従業員の意識変革

 最後に、自分以外の従業員ニーズ、特に「時間制約・場所制約がある」従業員ニーズを受容する従業員の意識変革も重要だ。第一回で書いたように、「お互いさま思いやり」意識の浸透が最も大切だ。時間制約、場所制約を持っている人というのは、実は業務の進め方の無駄に気づきやすい。例えば、子どもを保育所に午後6時に迎えに行くという時間制約の中で働いている人は、どうしたら業務をもっとスリム化できるかということを一生懸命考える。
 逆に、「24時間働ける。自分の時間を湯水のように使える。あるいは家に帰りたくないから仕事にしがみつく」というタイプの人は、業務の無駄にはなかなか気づかない。「何でも食べる、何でも飲める」と考えている人は、なかなか自分の贅肉に気づかないのと同じだ。業務の無駄をなくすということは、別に育児している人とか介護している人のためだけに必要なものではない。
 いま私がワーク・ライフ・バランスコンサルタントとして活動している中で、大切に考えていることは、いろいろな制約を抱えながら働いている人たちから職場改善ニーズを引き出して、それをヒントにして「働きがいのある業務効率の高い職場」を作っていくことだ。例えば、ワーキングマザーへのインタビューとかすると、いろいろなヒントがもらえる。制約があるということは、必ずしもネガティブにとらえる必要がない。職場改善のヒントに気づくきっかけとなるからだ。
なお、大企業では、「制度は整っていても、なかなか制度を利用しづらい」という声を聞くことが多い。これは、周囲の人の理解が進んでいないからだ。このように、各種制度の導入とともに、利用しやすい環境作りも重要だ。例えば、最近、育児休業前後に「上司、当事者、人事担当者」の三人で三者面談をする企業が増えている。これには、2つの意図がある。一つは、上司が理解不足なために、当事者に対してネガティブな言葉を言わないように釘を刺す意図だ。もう一つは、当事者が認識不足なために、上司に対して権利ばかりを主張し過ぎることがないように釘を刺す意図だ。周囲にサポートしてもらって当たり前、という心構えではうまくいかない。きちんと周囲に感謝の気持ちを伝えることが重要だ。ワーク・ライフ・バランスは「お互いさま、思いやり」なので、ある時は自分がサポートしてもらう、その代わりに、次は自分がサポートする側にまわるという姿勢が大切だ。

 以上、本連載では、「なぜワーク・ライフ・バランスが不況期にこそ必要なのか?」「どのように業績向上と結びついているのか?」「どういうことを進めていくべきなのか?」について述べてきた。筆者はコンサルティングをする際に「漢方薬」という言葉を使うことが多い。ワーク・ライフ・バランスは1~2年で目覚ましい成果が期待できる「即効薬」ではないが、企業体質の改善を図ることで、中長期的に企業業績を大きく向上させると確信している。特に、今のような不況期こそワーク・ライフ・バランスに取り組むか否かで、大きな明暗を分ける。近視眼的な業績向上に目を奪われていると、どうしてもワーク・ライフ・バランスは後回しになってしまう。しかし、そういう企業に明日はない。このことに気づけるかどうか。日本企業、日本社会は大きな分岐点に立っていると言えよう。