第1回 なぜサービス残業が急増しているのか

  昨秋(2008年)のリーマンショック以降、仕事と生活の調和、いわゆる「ワーク・ライフ・バランス」をめぐる企業の対応は、大きく二極化している。大半の企業は、ワーク・ライフ・バランスの推進に二の足を踏んでおり、非効率な業務慣行を残したままサービス残業が急増している。
 一方で、不況を機に業務効率を上げようとしている企業も少なくない。実は、不況の今こそ、業務の見直しを図る絶好のチャンスだ。本講座では、3回にわたって、「なぜチャンスなのか」「何をすべきなのか」といった点について述べたい。

急増するサービス残業

 最近、「サービス残業」で不況を乗り切ろうとしている企業が急増している。不況で仕事が減るなか、多くの企業では残業削減が叫ばれ、見かけ上の労働時間は減少している。しかし、労働者と企業が回答する年間労働時間の差を「サービス残業」と定義すると、わずか半年で50時間近くも急増しており、異例の事態だ。
 社員5人以上の企業でのサービス残業は、1990年代後半に年間400時間を超えた。2000年代に入ると減少の一途をたどり、昨年には300時間近くとなった。しかし、09年上半期には360時間へと急増している。特に、大企業では対前年比30%増だ(図表1)。

渥美さん資料画像
図表1)年間のサービス残業は、ここ半年で急増。
企業規模別 サービス残業時間
注)労働者を対象とする総務省『労働力調査』に基づく労働時間 と事業所を対象とする厚生労働省『毎月勤労統計調査』に基づく労働時間の差を「サービス残業」時間と定義した。
(資料)総務省『労働力調査』各年版、厚生労働省『毎月勤労統計調査』各年版に基づき、筆者が作成

なぜ、不況期にサービス残業が急増するのか?

 多くの企業では、ワーク・ライフ・バランスにとって不況下は逆風と捉えられている。「そんなことは言っていられない。後回しだ」という風潮がある。例えば、営業職の社員からは、上司に「仕事が減ってきているのだから、新しい仕事をとってこい、ただし残業代は支払えない」と言われ、サービス残業が増えているという声が届いている。
 あるいは仮に会社がサービス残業をさせようとは考えていなかったとしても、業務の平準化・効率化に着手していない職場では、社員は「賃金コストを節減したいのだろうから、サービス残業する」と誤解しやすい。
 筆者はワーク・ライフ・バランスには、1.業務をオープンにして共有する仕組み(実務の静態面)2.たえざる業務改善(実務の動態面)3.お互いさま思いやり(意識面)、3つの要素が必要と考えている。
 それぞれに対して、社員には反発する理由がある。まず、エース社員は1.ノウハウは抱え込んだ方が「得」と考えやすい2.業務改善をして早く業務を終わらせても、さらに仕事がふってくるという考えに陥りやすい3.同僚が休むと自分に負荷がかかるから困る、となりやすい。
 次に、非エース社員は、1.実は自分の業務はスカスカだとばれたら困る2.業務改善は気が乗らない3.同僚が休むのはずるいといった具合だ。
 ワーク・ライフ・バランスに対する社員の反発に対する対応策を提示しないまま、やみくもに残業削減を唱えてしまうと、見かけ上の労働時間は減っても、サービス残業が増加してしまい、かえって抜本的な解決から遠ざかってしまう。

社員の4類型

 しばしばワーク・ライフ・バランスは企業の取組、職場の取組と思われやすいのだが、最終的には社員の選択だ。筆者は、ワーク(仕事)軸とライフ(生活)軸で4つにタイプを分けている。それぞれ「バリバリ社員」「イキイキ社員」「ダラダラ社員」「ヌクヌク社員」とネーミングしている(図表2)。

社員の4類型
社員の4類型(筆者作成)。

筆者は、基本的にワーク・ライフ・バランスとは「イキイキ社員」を増やすことだと思っている。
 「バリバリ社員」というのは、高度経済成長期の企業戦士タイプの方だ。筆者は必ずしもそういう人たちを否定していない。先日も『官僚たちの夏』を見ていて、とても感動した。家族そっちのけで、こういう風に仕事に打ち込んだ「仕事の鬼」みたいな方々がいたから今の日本の繁栄があるのか、おそらく今の公務員の方々の中にもおられるのだろうと思って、心の中で手を合わせていたりもする。
 一方で、今の「バリバリ社員」は絶対に問題だと思っている。というのは、「バリバリ」が二極化しているからだ。「偽装バリバリ」と「過労バリバリ」だ。「偽装バリバリ」というのは、「5時から社員」と揶揄されるように、日中はちょっとダラダラ仕事をして、夕方くらいになるとペースが上がってきて、「遅くまで頑張ってやっています」とアピールするタイプだ。「偽装バリバリ」は実際にいる。多くの職場で、住宅ローンをもっている人と持っていない人にグループ分けすると、前者の方が後者よりも残業をする傾向にある。これは、生活費をかせぐために「生活残業」をしている可能性が高い。

 一方で、「過労バリバリ」は、あいつはエースだ、優秀だと言うと、どんどんその人に仕事がたまっていく。こういう方々はまた責任感も強く、沢山の仕事をこなすことを意気に感じて頑張る。このこと自体は素晴らしいことだし、第三者がとやかくいうことではない。
 ただ、こういう方々はいま「メンタルヘルスの悪化」という大きなリスクを背負っている。以前、筆者はメンタルの問題を抱えた本人のインタビュー、あるいは同僚、上司、家族のインタビューもさせていただいた時に気づいたことがある。将来を嘱望されていたエース社員の中に燃え尽きてしまい、パンクしてしまって、うつになってしまった人たちがいる。本当にもったいないことだ。いったんそうなってしまうと、元の輝きを取り戻すのはなかなか難しいようなケースを見てきた。やはりそうなる前にもっと手を打つべきだと思う。
 「ヌクヌク」は結構、ワーク・ライフ・バランスという言葉を聞くと喜ぶ。「私は昔からワーク・ライフ・バランスをやっていましてね」と言う人がいます。しかし、よくよく話を聞くとライフの話ばかりで、ワークの話はほとんどない。こういうタイプの人は、ワーク軸を強めるのがワーク・ライフ・バランスだと筆者は考える。

社員の4タイプ別にみた1日の生産性カーブ
社員の4タイプ別にみた1日の生産性カーブ

 「時間あたりの生産性」を縦軸に、「業務時間の流れ」を横軸で示すと、時間制約がある中で頑張る「イキイキ社員」は業務開始後ただちに垂直立ち上げ、業務終了間際につるべ落としのような動きを示す。そうしないと業務が終わらないので、とても集中して業務に取りかかる。逆に、「偽装バリバリ」の人たちは生産性のカーブが、とてもなだらかだ。そして、夕方間際にようやくピークを迎えたのも束の間、飲みに行ったり、夕飯を食べに行ったりして生産性ががくんと下がってしまう。そして、また職場に戻ってきて、ダラダラ仕事をしている。「午後11時、12時まで頑張った」というアピールをする人たちもいる。
 筆者は、職場への貢献はカーブの面積だと思う。仮に、偽装バリバリの人たちのカーブの面積が「イキイキ」よりも少ないならば、残業代を含む賃金を沢山受け取るのはおかしいのではないかと思う。
 以上、一般企業で生じている職場の状況について述べた。次回は、ワークライフバランス先進企業では、「なぜ業績向上と結びついているのか」ついて述べたい。