第2回 不況をチャンスにする企業

 筆者は、これまでワーク・ライフ・バランスやダイバーシティ(多様性)に取り組む国内外の先進企業600社のヒアリングを実施してきた。また、国内3000社、海外600社の人事労務関連、財務関連のデータベースを作成し、分析してきた。
 前回、述べたように非効率な業務慣行を残したまま『サービス残業』が増大している企業が少なくない一方で、不況を機に業務効率を上げようとしている企業も少なくない。先進企業では、「筋肉質な職場に変える好機だ」とむしろ不況を追い風と捉え、これまでの非効率な業務体制、業務の流れにメスを入れている。業務体制を効率化することで、残業ゼロに近くなるとともに、休暇取得日数が増える。従業員はリフレッシュして、さらに業務効率が上がる-という正の連鎖が生まれている。


大企業の事例 パナソニック電工

 パナソニック電工は昨年(2008年)から、重要度が低い仕事を従業員1人当たり年間50時間「減量」し、その半分を自己啓発や家庭サービスに、残り半分を新しい仕事に充てることを目指して「シゴトダイエット」プロジェクトを開始している。
 各部署から自己申告方式で出された「ダイエット方法」は、会議時間の短縮や資料作成の削減などの「会議ダイエット」「資料ダイエット」や、メールの文章を圧縮したり、自部署メンバーへは口頭連絡にしたりする「情報伝達のムダを削減」など2615件にものぼった。これをテーマごとにまとめ、対応策として策定した。その結果、半年で従業員平均で1カ月当たり1.5時間の効率化を実現している。

中小企業の事例 カミテ

 部品製造のカミテ(秋田県、従業員30人)では、従業員が無料で利用できる事業所内託児施設を運営しているほか、育児休業等による欠員をカバーし合うため、日頃から従業員に複数の業務を担当させる「多能職」としている。こうした施策により、従業員の士気が向上し、職場の雰囲気が改善したことが効果を上げ、工場での不良品発生率がこれまでの100分の1程度に低下している。

企業の取組の二極化

 筆者が、これまでヒアリングをしてきた600社の半分以上は地方の中小企業だ。しばしば「大企業は進んでいるが、中小企業は遅れている」と言われるが、これは誤解だ。カミテのように、中小企業にも好事例はたくさんある。ただし、大企業以上に、中小企業の取り組みは二極化しつつある。多くの中小企業では、経営者と従業員は上下関係にあって、従業員は顧客の逆側に位置する。顧客からタイトな納期の発注があったときに、「うちはワーク・ライフ・バランスをやっていますから難しいです」などと言ったら、「他社に発注するからいいよ」と顧客から言われかねない。従業員への配慮は必要かもしれないけれども、“従業員満足”と“顧客満足”は対立すると考えている企業が少なくない。従業員をとるか、顧客をとるかという二者択一といった考え方をしている企業は、ここで思考停止してしまう。
 一方で、前向きな中小企業では、従業員に配慮することで従業員満足度が上がり、商品やサービスの質が上がる。ひいては顧客のためになる、というように、従業員への働きかけの延長線上に顧客を見ている会社が多い。“従業員満足”イコール“顧客満足”という考え方だ(図表1)。

ワーク・ライフ・バランスをめぐる2つの経営理念
WLB(ワーク・ライフ・バランス)をめぐる2つの経営理念

以前、筆者がお手伝いをさせていただいた従業員数が百数十人の食品メーカーでは、ワーク・ライフ・バランスに取り組むことで顧客への交渉力を持つという経験を持っていた。以前、その会社に発注が増えた際に、どうやって生産量を増やすかが議論になった。男性役員たちは「深夜勤務を新設して、ローテーションに入れましょう。工場に3交代制を導入してフル稼働すればいい。」と進言した。しかし、女性社長はご自身が子育てしながら働いて苦労をした経験を踏まえて、「うちは女性従業員が多い。中には小さいお子さんを育てながら働いているお母さんたちもいる。

仮に、深夜勤務を新設してしまうと、子どもたちが夜中に目を覚まして、ふと横を見ると、お母さんがいない、という状況を作ってしまう。そういうことはしたくない。やはり3交代制は導入しないで、設備投資と月1回の土曜日ローテーションで対応しよう」という判断を下した。こういう社長の従業員への配慮を耳にすると、従業員も意気に感じる。「社長がそうやって私たちの生活時間に配慮してくださるのだったら、私たちは就労時間中に頑張って恩返しをしよう」というムードになる。その食品メーカーの異物混入率は同業他社と比べてコンマ2桁ほど低い。圧倒的な高品質だ。こうなると、取引先は無理な納期は言ってこなくなる。無理な納期で発注をしても断られるので、「いや、○○さんの製品でないと困るので、御社の納期でかまいませんから、よろしくお願いします」という具合に、譲歩してくる。したがって、業績は着実に伸ばしながら、従業員のワーク・ライフ・バランスは保たれているという中小企業を筆者はこの目で確認をした。このように、ワーク・ライフ・バランスとは「顧客よし、従業員よし、経営よし」の三方よしなのだ。

3つの経営効果

 先進企業がワーク・ライフ・バランスに取り組むようになった契機をみると、実は極度の業績低迷や、労働基準監督署の摘発、社内の労働環境への告発など、マイナスからのスタートが多い。例えば、ある自動車部品会社では、数年前の経営悪化に際して、社長自らが報酬を返上し、経営責任を明確にするとともに、雇用の確保を約束した。トップに倣って経営陣も次々と報酬返上するなか、労働組合もベア交渉での歩み寄りを申し出た。
 労使が団結して、業務体制の改善に取り組んだ結果、数千人も従業員がいる会社であるにもかかわらず、残業時間が全社合計で月100時間を切った。すなわち従業員1人あたりの残業時間は数分となったという。この企業は、その後の経営環境の好転とともに大きな成長を遂げた。
 「コストがかかって企業にメリットが少ない」というのは、間違っている。このことを筆者はデータで確認した。筆者が保有している3000社データベースを基に、90年代における売上高変化を見ると、一般企業では2割近く売上高が減少したのに対して、ワーク・ライフ・バランス先進企業は、大手中小を問わず3割近く増大している。なぜ、こうした大きな経営効果があるのか。
 大きく3つの効果が挙げられる(図表2)。
 第一に、良い人材を惹きつける、良い人材が辞めないということ。人材確保の効果は2~3年で体感できる。ただし、現在のような不況期では、企業によっては「従業員が余っているから、むしろ辞めてほしい」と本音では思っているところもあるだろう。
 第二に、モチベーションの向上。5~6年で効果が現れる。ワーク・ライフ・バランス先進企業では社員の会社に対する満足度が非常に高いという特徴がある。逆に最近、一般企業の社員満足度は低下傾向にあり、特に不満を持っているのはエース社員だ。業務は増えているのに時間外手当が減らされて、負担が増している。いずれ辞めたいと思っているエース社員がたくさんいる。今後景気が上向きになった時には、会社が辞めて欲しくない人材ほどどんどん逃げてしまう事態になりかねない。

  

ワーク・ライフ・バランスはハイリターン投資
WLB(ワーク・ライフ・バランス)はハイリターン投資

第三に、組織・業務体制の効率化。この効果が現われるのには、10年近くかかる企業が多いものの、効果は最も大きい。時間制約・場所制約をかかえている社員たちは、職場がもっとこうなったら働きやすいのに、という業務の効率化のヒントをたくさん持っている。ワーク・ライフ・バランス先進企業はそういう声に耳を傾けて、「働き甲斐のある職場」を実現している。今、職場は新型インフルエンザの蔓延で大きなリスクにさらされている。誰かが抜けたら仕事が回らないような環境ではいけない。そのためには、業務をオープンにして情報を共有する仕組みも必要だ。
 以上、先進企業では、「なぜ業績向上と結びついているのか」ついて述べた。最終回にあたる次回は、ワーク・ライフ・バランスを推進するためには、どうしたらいいかを述べたい。