第1回 映画にジェンダーの目を

 映画は楽しい娯楽であると同時に、巨額の製作費をかけたイメージ商品であり、その時代や社会の欲求の反映です。また人の心に直接訴えかける強力なメディアであり、高度な総合芸術でもあります。それだけに、映画が私たちの心に訴えかける力は、良きにつけ悪しきにつけ、非常に大きい。
 映画にジェンダーという光を当ててみると、今まで気づかなかった問題や意味が浮かび上がってきます。映画は面白ければよい、とされがちですが、観方次第でもっともっと面白くなります。知れば知るほど、発見あり。映画の力は無限です。今回は、ジェンダーの視点から、映画をめぐって考えてみましょう。 
 映画が好きな人はもちろん、普段あまり見ないという人にも、映画の楽しさを分かち合っていただけると幸いです。

1.今を知る 映画をめぐる状況

 約10年ほど前、映画100年(映画の誕生は1895年)を機に相次いで出版された映画本の中で、ある権威ある映画研究者が映画の将来についてこう予言していました。21世紀には映画は無くなりはしないが、その製作と配給、消費の在り方は、構造的にこれまでとはまったく違ったものになるだろう、と。
 まだ21世紀に入ってから10年も経っていないせいか、いまのところ映画は産業・技術面でも文化的にも、時代に応じたうねりを見せながらも、これまでと継続した形で続いているように見えます。それが、ジェンダー的にみて喜ばしいことなのか、歯がゆいことなのか―答えが出るのはこれからです。

2.統計から見る映画

 まず、映画の統計を見てみましょう。一番ポピュラーな、映画の観客数の動向(日本映画製作者連盟調査)から。当然ながら年々増減するその数は、1970年代後半から80年代初頭にかけてマスコミの映画記者をしていた私自身、改めて「数字が語る映画」の一面を見る思いです。映画は「社会を写す鏡」ですが、映画自身が社会的生き物なのですね。
 日本映画が史上もっとも多くの観客を集めたのは、1958年(昭和33年)、戦後の映画の最盛期でした。1年間に映画を見た観客数は11億2、745万人強。これを当時の人口(約9,201万人)で割ると、あらゆる世代の日本人が年間に約12回強映画館に行ったことになります。黒澤明監督「羅生門」(1950)、溝口健二監督「雨月物語」(53年)、衣笠貞之助監督「地獄門」(53)といった作品が、カンヌやヴェネチア、また米アカデミー特別賞などを受賞、日本文化ここにあり、と気を吐いた時代でした。
 映画館は全国に7000もあり、今から思えば随分お粗末な椅子に臭いトイレ、ぎっしりと立ち見の観客の後ろから隙間を捜したり、伸び上がったりして、スクリーンを切れ切れに見た思い出があります。そうまでしても、見たい。映画館には熱気が渦巻いていました。

3.日本映画界の浮き沈み

 記録によると、その年1958年に公開された映画は673本。そのうち邦画(日本映画)は504本で全体の76%を占めています。以降、急激に映画人口は減り始め、5年間で半減し、その後は断続的に下降を続け、ついに1996年(平成8年)には、映画人口は1億1958万人、国民1人当たりの年間劇場入場回数は0.957回、ピーク時の12分の1以下にまで減少したのです。これが底値で、以後はまた少しずつ盛り返し、10年後の2006年には観客人口1億6459万人(年間入場回数1.29)、封切邦画417本、洋画404本の合計821本の記録をつくりました。それでも映画人口は最盛時の14.6%にすぎないのですが。
 日本で公開される邦画洋画の割合は、前述のように最盛期には圧倒的に邦画が多かったのですが、映画界が不況になるにつれて邦画の製作本数が減り続け、1987年に洋画が邦画を抜いて公開本数で逆転したのですが、約20年後の2006年にふたたび邦画が洋画を抑えて再逆転したのです。ちなみに、昨年(2007年)も邦画407本、洋画403本、合計810本とわずかながら邦画が洋画を上回っています。日本で公開された洋画の製作国別トップ5は、アメリカ映画が165本、韓国映画54本、フランス映画34本、香港映画19本、イギリス映画12本です。

4.ヒット作のジェンダー的分析

 ところで、映画の基礎資料になる映連調査には、どんな項目にも性別調査はありません。このため、残念ながら全国規模の映画調査での女性の数量的動向がつかめていないのが現状です。これまでジェンダーの視点は映画産業の主流には見当たりませんでした。研究者が自分で調べ、分析をするしかないのです。素材は豊富にあります。例えば、こんなことも―。
 同調査によれば、2007年度に「興行収入10億円以上」稼いだ作品は29本。そのうちの8本が子ども向けアニメシリーズもの。主人公を男女別で見てみると、男性(または男性中心)のものが10本、女性(または女性中心)のもの4本、恋愛や家族もの(主人公の性別は同比重または群像劇)4本でした。(その他は現時点でジェンダー的区分けがはっきりしないもの。)
 この数字は、映連の「2001年以降興収ベスト20」の同様な作品分析にも通じるのです。上位20本のうち、アニメが9本、アクション・冒険・サスペンス(男性中心)もの7本、恋愛もの2本、女性もの1本、コメディー1本というものです。
 では、内容的評価で見ればどうか?上記の数字を、例えば業界で権威ある映画賞「キネマ旬報ベストテン」の2007年の結果と比べてみますと、挙げられた作品名がほとんど重なっていません。唯一「キネ旬」1位の「それでもボクはやってない」が、上記映連の「10億円」稼いだ29本中28位に入っているのは例外的です。見事に評論家や映画愛好家の評価と商業的成績とは関係がないことを証明しています。

5.大切なのは―結びにかえて

 ただし、主人公がどちらの性であるにしても、映画では人間関係をいかに描くか、ジェンダーを描く視点が肝心なことはいうまでもありません。興行収入にも映画専門家の評価にも左右されることなく、自分自身のジェンダーの視点で素直に映画を見ていきたいものです。
 初回は、統計を見ながら映画状況の概説とジェンダー的分析を試みました。次回からは、さらに具体的に作品やその背景をたどりながら、映画でエンパワーメントを目指していきましょう。

[参考資料]

  • 「映画年間2008年版」時事映画通信社
  • 「キネマ旬報」2008 年2月下旬決算特別号NO.1501/2008
  • 「ぴあ シネマクラブ・邦画編」1997→1998年版
  • http://www.eiren.org/toukei/index.html