第1回 男女共同参画の視点とは何か?

1.基本法の理念 

 今日、男女をとりまく環境・問題が、いっそう多様化、複雑化するなかで、それらに対処・対応していくためには、われわれ一人ひとりの積極的な「参画」が必要になる。まさにそうした考えにもとづく男女共同参画社会基本法(以下、基本法)の制定は、「女性」のための施策から「男女」共同参画施策への転換という大きな変化を生み出すこととなった。

 しかし、男女共同参画の理念のオリジナリティは、「女性」から「男女」への転換という点のみにあるわけではない。むしろその最大の特徴は、(男女という性差にこだわらない)「個の多様性」、そして「個の自立」を尊重するという点にあると言ってよい。

 たとえば、基本法の前文には、「男女が、互いにその人権を尊重しつつ責任も分かち合い、性別にかかわりなく、その個性と能力を十分に発揮することができる男女共同参画社会の実現は、緊急な課題となっている」とあるが、ここでは「性別にかかわりなく、その個性と能力を十分に発揮する」ことが可能な社会をめざすこと、いわば「個の尊厳の重視」「個の能力発揮の機会の確保」が課題とされている。

 つまりこれは、性差にとらわれずに、個々の多様性を認め、尊重しあうこと、そして自由に生き方を選ぶようになることを意味する。中立的な性をつくる、あるいは、特定の価値観(たとえば「女性は働かなくてはならない」「男性は家事をしなくてはいけない」など)を押しつけるものではない。仮に、仕事をしない女性であっても、また家事をしない男性であっても、個人が自己の責任において、そうした生き方を選択したならば、そしてそれが他者の人権を侵害することにならなければ、それはそれで一つの生き方として尊重されるべきであるということである。専業主婦(主夫)になろうと、共働きをしようと、そうした選択によって、不利益を被ることのない社会。これが男女共同参画社会の理想型なのである。
 男女共同参画という発想の独自性は、性差にとらわれることなく「仕事をしたい人が働ける」「家事をしたい人ができる」ような社会をつくりだすこと。いわば、働きたいと思う人がより働きやすく、また家庭を大事にしたいと思う人がより子育てや家事に参加できる社会をつくろうというところにある。

2.「自由」を確保するための「平等」

 男女共同参画の発想は、男女の差にとらわれずに、一人ひとりの考え方や生き方の多様性を認めるというものである。それを可能にするためには、まずは、男女が共同して男女をとりまく現代的課題に対応していかなければならない。
たとえば、男性の家事、育児参加に着目してみよう。図1は、育児期にある夫婦の育児、家事、仕事時間などを夫婦別に示したものである。男性(夫)の育児、家事参加の低さ、そして労働時間の長さをあらわす象徴的なデータといえよう。また、図2は、父親の家事育児の優先度について示したものである。仕事と家事育児との両立を望む父親が多いにもかかわらず、現実は、仕事を優先せざるをえない状況にあることがわかる。

子育て共働き夫婦の生活時間比較

図1 子育て共働き夫婦の生活時間比較(総務省統計局「社会生活基本調査」:平成18年)

図2

図2 父親の子育ての優先度(「男女共同参画白書」:平成17年)

 これらの図から推察されることは、「仕事と家事、育児を両立したい」という男性が多くいるにもかかわらず、男性はなかなか家事、育児に参加できないという実態である。こうした実態をふまえて、改善策を講じようとすれば、おのずと「企業中心型とも呼ぶべき働き方、すなわち長時間労働や頻繁な配置転換・転勤などにより家庭生活が犠牲を強いられている」現状を理解し、「多様な処遇、弾力的な労働時間制の導入や、育児休業が取りやすい職場環境づくりなど職場の改革」(男女共同参画白書:平成14年)をめざすべきである、といった男性の家事、育児参加、ならびに「ワーク・ライフ・バランス」を積極的に支援する策が求められることになる。
 そもそも男女共同参画の推進が、男性の家事、育児参加や女性の社会参加を促すものとなった背景には、家事、育児に参加したい人(とくに男性)、あるいは仕事や地域活動に参加したい人(とくに女性)が(潜在的に)多くいるにもかかわらず、それが従来の制度や慣行の下ではきわめて実現しにくいという現状がある。性の違いによって、個々の自己実現の可能性が狭められているとすれば、まずは、何らかの施策を講じてこのような不備を是正していくことが必要となるはずである。積極的格差是正措置の推進も、「個人の自由を確保する」という「目的」を達成するための「手段」としては、きわめて有効な措置といえるだろう。今まで以上に「個の(生き方の)多様性」が尊重される可能性が増すことになれば、それは、男女共同参画の理念と論理的に矛盾するものとはならない。「多様性という『自由』を確保する(『目的』)ために、男女の格差を縮めて機会の『平等』を保障する(『手段』)」(ことの可能性を考える)ことが、男女共同参画の推進にとっては大きな意味を持つことになる。

3.多様性の尊重

 しかし、こうした積極的格差是正措置の推進は、ある種のリスクをともなうものでもある。まず、「格差是正」そのものが目的化し、男女の数合わせになってしまうことである(「手段の目的化」)。格差が縮小した結果どのような効果があり、人びとにどんな幸せをもたらしたのかを検証しなければ、何のための「格差是正」なのかわからない。また本来、性差による固定的な役割分業ないし慣行の影響で「管理職になりたくてもなれない」「昇進したくてもできない」人にチャンスを与えるための措置が、「意図されざる結果」として、別の人たちの自由や可能性を奪ってしまうこともある。そうしたリスクに備えるためにも、男女共同参画を計画や行動として進めるにあたっては、適度な慎重さが要求される。
 自治体のつくる計画には、働きたい人、子育てに参加したい人、仕事と家庭を両立したい人、地域活動に積極的に取り組みたい人など、多様な人々への支援計画が盛り込まれている。「多様性の尊重」を理念として掲げる男女共同参画が「論理矛盾」を起こさないためには、これまで以上に施策の「メニュー」を多様化して、性の違いを理由に「生きにくい」「暮らしにくい」と思っているさまざまな人々を支援できるような、柔軟かつ包括的なプランを用意しておくことが求められる。
 こうした意味では、自治体の計画には、たとえば、近年増加傾向にあるといわれているニートやフリーターなど若年の無業者や非正規雇用者、また結婚をしない選択をする「非婚」者や子育て中のシングルなどへの支援が盛り込まれていない(というよりも、そのような人たちの存在にふれていない)ものが多い。若中年層を中心とした人たちの「生き方」が多様化していくなかで、男女共同参画にかかわる法令や計画も、時代に対応しながらその内容を見直していくことが求められる。「働く女性」や「共働き世帯」の支援を強調することも重要であるが、むしろこれからは、男女の多様な「関係のあり方」や「生き方」を認め、それらを幅広く支援することができるかどうかが、男女共同参画の理念を具体化ないし施策化していく上での課題となるだろう。

[参考資料]

  • 平成18年「社会生活基本調査」総務省統計局
  • 平成17年「男女共同参画白書」内閣府