第3回 わが国政府と女子差別撤廃委員会との 「建設的対話」について

 この条約が現実に政府によって守られているかどうかは、前回の第2回のゼミで勉強したように国家報告制度による日本政府の女子差別撤廃委員会への報告であり、その報告にもとづく日本政府とこの委員会との両者による検討である「建設的対話」によって明らかになります。この検討結果は、委員会による最終コメントとして発表されています。
 日本は、この委員会に1987年に第1回報告を提出し、1988年にこの報告が検討され、1992年に第2回報告、1994年に第3回報告と提出し、1994年に第2回報告と第3回報告の検討がなされています。その後、日本は、1998年7月に第4回政府報告を、さらに2002年9月に第5回政府報告を提出しましたが、これに対する女子差別撤廃委員会とわが国政府との検討が2003年7月に実施されました。
 2003年に実施された検討結果である主要指摘事項の概要を外務省のウエッブサイトから引用しますと、次のようになっています。

1.肯定的側面

  1. 男女共同参画基本法の制定や、基本計画策定等、男女間の平等の促進に係る大きな成果を歓迎。
  2. 雇用機会均等法の改正や、配偶者暴力防止法の制定等、様々な分野における法整備を評価。
  3. 男女共同参画局や、男女共同参画会議の設置等、国内本部機構の強化を歓迎。
  4. 報告作成時における女性NGOとの協力を評価し、今後のパートナーシップ強化を歓迎。
  5. WIDイニシアティブの下、女性の教育・健康等にODAの約10%を配分していることを賞賛。(WIDは、開発における女性支援、を意味する。筆者注)
  6. 委員会の会期に関する条約の20条1の改正受諾(注:第156国会にて承諾され、国連事務総長に寄託した。)を評価。

2.主要関心事項及び勧告

  1. 女性に対する差別の定義を国内法に取り込み、条約に関する意識啓発を行うことを勧告。
  2. 固定的な役割分担意識の解消に向けた取り組みを勧告。
  3. 配偶者暴力を含む女性に対する暴力の問題に対する取り組みの強化を要請。
  4. トラフィッキング防止に向けた取組の強化を勧告し、次回の報告における情報提供を要請。
  5. 次回報告におけるマイノリティ女性に関する情報提供を要請。
  6. 公的活動の分野での女性参画推進に向けた一時的特別措置などの実施を勧告。
  7. 労働市場における男女機会均等の実現のための更なる努力を要請。
  8. 民法に存在する差別的な法規定の撤廃を要請。
  9. 人権擁護委員会の独立性の担保を勧告。
  10. 選択議定書の批准の検討の継続を推奨。

ここでは、すべての主要関心事項や勧告に関して説明することはできませんので、いくつかの項目に関して簡単にコメントをしてみます。
 1の差別の定義に関しては、女性に対する差別の定義の問題です。憲法に両性の平等が規定されてはいますが、国内法において直接的差別と間接的差別の定義がされていないという指摘がありました。
 2の男女の性別役割分担の意識の変革については、教育制度において、女子差別撤廃条約と男女平等に向けた政府の決意の表明を促しています。
 5のマイノリティの女性に関しては、日本政府の報告は欠如の状態でしたから、この女性の状況、とくに教育、雇用、健康状態などの情報提供を次回の報告に求めらています。
 7は、労働市場における女性と男性の機会の平等の達成を促進するように、政府の努力を求めています。具体的には、雇用機会均等法の指針の改正や暫定的特別措置を活用することが指摘されています。
 8については、前回の委員会との検討の際にも指摘されたことですが、婚姻最低年齢、必要な待婚期間、婚外子に対する差別の問題が指摘され、民法上の差別的な条項を廃止し、行政実務もこの条約に適合させるよう要請されています。
 10のこの条約の選択議定書の批准に関しては、日本政府は、「司法権の独立を侵すおそれがある」という観点から、この選択議定書を批准しておりません。しかし、今回の日本政府と女子差別撤廃委員会との対話のなかで、日本政府は、他の人権条約、とくに自由権規約のケースを研究しており、75カ国が署名し、53カ国が批准(2003年当時)している現実を受け止めて検討している、と答弁しています。

用語の解説

トラフィッキング
 この言葉は、通常は「人身売買」を意味しています。日本にとくに発展途上国の女性が、観光ビザで入国したり不法就労の目的で入国し、日本国内で売春を強制されている実態があります。このような実態は、組織的な人身売買であると考えられています。政府は、2005年に刑法の一部を改正し、「人身売買」(刑法第226条の2)と「被略取者等所在国外移送」(同226条の3)の罪を新設しました。なお、これに関連する条約は、人身売買及び他人の売春からの搾取の禁止に関する条約(1958年加盟)、国際的な組織犯罪の防止に関する国際連合条約を補足する人、特に女性及び児童の取引を防止し、抑止し及び処罰するための議定書(2002年署名)などがあります。

参考書

 女子差別撤廃条約におけるわが国の女子差別撤廃委員会への報告に関わる状況については、板東眞理子『男女共同参画社会へ』勁草書房(2005年)の第12章を参考にして下さい。この章は、わが国の政府側の視点から書かれています。また、この条約とわが国の最近の動きに関しては、赤松良子・山下泰子監修『女性差別撤廃条約とNGO』明石書店(2003年)、が読みやすいと思います。なお、この本は、わが国のNGOの取り組みの視点から書かれています。

おわりに

 今までに、日本政府は、5回の報告をこの条約が設けている女子差別撤廃委員会に提出しました。委員会と日本政府のこの報告についての検討の機会は3回ありました。前回も委員会によって指摘され、今回も指摘された点で、とくに印象的なのは主要関心事項及び勧告の(8)の民法上の差別的な条項の部分です。またマイノリティの女性の(5)の部分は、今までの報告で欠落していた事項ですが、今後も国内社会の人権保障を国際的人権基準に適合させながら「国際化」を目指す日本にとって、避けることのできない課題でしょう。
 最後になりましたが、前回(2003年)のゼミの「おわりに」の一部分を再度読んでいただき、終わりにしたいと思います。
 「女性の地位向上のためのこの条約の意義は、大きいと思いますが、この条約を実施し、女性に対する差別を撤廃していくことは、わたくし達自身であることも事実です。とくに慣習や慣行による差別の撤廃を可能にするのはわたくし達自身ではないでしょうか?」