第1回 国際連合の目的と女子差別撤廃条約の概要

はじめに

 このゼミでは、国際社会の「女性の憲法」と言われる「女子に対するあらゆる形態の差別の撤廃に関する条約」(女子差別撤廃条約)を一緒に考えていきたいと思います。2003年9月に初めてこのウエッブサイトに、このタイトルについて執筆する機会を得ましたが(「女子差別撤廃条約について」2003年9月より全3回掲載)、それから約4年間経過しました。皆さんと一緒に、その後のこの条約の進展と、わが国のこの条約に関わる取り組み方をまた勉強したいと思います。
この条約は、1979年に国連総会で採択され、1981年に効力が発生しました。日本が、この条約に署名をしたのは1980年7月、批准書を寄託したのは1985年でした。2007年1月1日現在で、この条約の締約国数は185カ国です。なお、現在、192カ国が国連に加盟していますが、国連の加盟国で、この条約に入っていない国は、例えば、ソマリア、スーダン、イラン、トンガ、アメリカなどの国があります。

参考書

  1. 入門的な参考書として、赤松良子監修『女性の権利-ハンドブック女性差別撤廃条約-』岩波ジュニア新書(1999年)が良いと思います。もっとこの条約を専門的に勉強をされたい方は、国際女性の地位協会編『女子差別撤廃条約注解』尚学社(1994年)を紹介しておきます。
  2. 外務省のウエッブサイトには、日本政府のこの条約に関する事項が掲載されています。「外務省」→「外交政策」→「人権・人道」を開き、「人権宣言と主要人権条約」のなかに女子差別撤廃条約の項目がありますから、クリックして下さい。この条約の成立の経緯や条約の全文、また日本政府によるこの条約の実施状況の報告また「女子に対する差別撤廃の委員会」(女子差別撤廃委員会)の日本政府の報告に対する見解などが掲載されています。

1.国連の誕生と基本的人権の保障

 第2次大戦後に成立した国連は、ナチス・ドイツのドイツ国内などにおけるユダヤ人に対する蛮行また基本的人権の侵害と、国際社会における侵略行為との関連に注目しました。すなわち、国際社会の「平和」と国内社会の「基本的人権の保障」との相互関係に注目したのです。このため、国連は、人権の保障を国民レベルで個々の国にゆだねるのではなく、国際社会全体によって個人のレベルで人権を保障しようと考えたのです。
 国連憲章は、差別禁止の原則について、その前文において、「基本的人権と人間の尊厳及び価値と男女」の同権を確認しており、国連の目的にも、「人種、性、言語又は宗教による差別なくすべての者のために人種及び基本的自由を尊重するよう」(第1条3)に、国際社会の全体の協力を求めています。
 次に国際社会の人権章典と言われる世界人権宣言、経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約(社会権規約)、そして市民的及び政治的権利に関する国際規約(自由権規約)の規定を見てみましょう。世界人権宣言は、「全ての者は、人種、皮膚の色、性、言語、宗教、政治的意見その他の意見~によるいかなる差別もなしに、~」(第2条)と規定しており、社会権規約も第2条2において、また自由権規約も第2条1で同じ文言を定めています。このようにとくに「人種、性、言語又は宗教」の4つの基準による差別の禁止の文言が国連憲章を始めとする国際的な人権章典に含まれており、差別に関する国際社会また国内社会の歴史的な経緯を十分ふまえたものになっています。
 国連の経済社会理事会の下にある機能委員会である婦人の地位委員会などは、国連が誕生してから女性の地位の向上を推進するために努力し、関連する国際的文書が国連総会などで採択されてきました。しかし、これらの文書は、個別的な女性の権利を取り扱ってきましたが、女性の地位の向上を総合的に把握しようとしたのが、この条約の起草意図でした。

2.女子差別撤廃条約の概要と特色

 1979年に国連総会で採択されたこの条約の主な構成は、総論にあたる第Ⅰ部(1条~6条)、国籍に関する権利を含む公的生活に関する権利を規定している第Ⅱ部(7条~9条)、教育を受ける権利などを含む社会生活に関する権利を規定している第Ⅲ部(10条~14条)、法の前の平等などを含む私的生活に関する権利を規定している第Ⅳ部(15条~16条)、条約の進捗(しんちょく)状況を検討する条約の女子差別撤廃委員会について規定している第Ⅴ部(17条~22条)などからなっています。
 この条約の特色の第1は、女性に対する差別を撤廃する政策を遅滞なく追求するため、個人、団体また企業による差別を撤廃すること、さらに女性に対して差別となる慣習および慣行を修正し廃止すること、が締約国に求められている点です。第2は、締約国が、男女の事実上の平等を促進するために暫定的な特別措置をとることができることです。諸外国でも、法律の規定では平等であっても、事実上、平等ではないことは多くあります。このような女性を救済するための優遇措置と言ってもいいでしょう。第3は、男女の役割分担の否定です。いわゆる「男は仕事、女は家庭」に代表される「男女の定型化された役割」にもとづく偏見及び慣習などを解消するために、男女の社会的なまた文化的な行動様式を修正するため、締約国にすべての適当な措置をとることを求めています。

用語解説

暫定的な特別措置
男女の法律上の平等を求めるだけではなく、事実上の平等を促進するための特別な措置をいいます。政府は、2020年までに国の審議会などの指導的地位に女性の登用を30%という数値目標を掲げていますが、このような積極的な差別解消の行動を言います。もちろん、このような措置は、機会とか待遇の平等の目的が達成されれば廃止されなければなりません。

参考書

 国際社会の人権保障の全体の仕組みや動きを知るために、読みやすい本として、阿部、今井、藤本著『ハンドブック国際人権法』(第2版)日本評論社(2004年)、を紹介しておきます。また、国際社会にどのような人権条約などがあるかを調べるためには、松井など編集『国際人権条約・宣言集(第3版)』東信堂(2005年)が参考になります。