第2回 経済成長とワーク・ライフ・バランスは整合的であろうか?

 第1回ではワーク・ライフ・バランス(以下、WLBと略す)は先進諸国でも採用されているが、その結果と経済成長率との関係は一概には定められないことを述べた。しかし政府は明らかに経済政策としての対応に乗り出した。その背景には経済にとって重要な生産要素である人材不足から質の低下が危惧されるからである。シリーズ第2回ではWLBが経済政策と整合的に実施されているかどうかをみていこう。

1.経済政策の第1目標は成長

 周知のように、日本は1990年代、バブルが崩壊した後、長期経済停滞期に入り、デフレ経済で苦しんだ。こうした中で登場したのが、小泉純一郎前首相である。2001年4月に着任し、退任するまでの間に5回の経済財政白書を刊行した。なんとそのタイトルが5回連続して、「改革なくして成長なし」である。初年度はそのままのタイトル、2回目以降同タイトルの後ろにⅡ、Ⅲ、Ⅳ、Ⅴと連続して付したのである。このタイトルには小泉政権における政策スタンスが強く反映されている。すなわち「成長」こそ国にとってもっとも重要な政策であり、それを達成するにはこの時期、改革がなければ達成できない、というのである。そのために構造改革、規制緩和を徹底させる。その結果、民でできることは民でのスローガンの下、徹底した公的分野の縮小が図られた。
 成長が重要な政策課題で、政府の出番をできるだけ縮小し、民営化をはかった結果、勝ち組、負け組の格差社会が生まれた。成長を第1目標にした当然の結果といえよう。だが成長も大事だが分配問題の公正も大事であると、一言追加さえあればこれほど激しい格差社会論争にならなかったと思われる。財政支出について“聖域なく削減”という方針を5年間実施したことは、女性政策、少子化対策においても例外なく厳しく削減対象になったことを指す。小泉政権で掛け声は大きかった少子化対策はその意味では、成長政策とは整合的になってはいない。
 これまで国力を規定する最重要課題は明治開国以来、教育であった。その教育も例外なく歳出削減の対象になったが、これも同じ現象といえる。この間国立大学も姿を消し、国立大学法人として現在、毎年1%の運営交付金削減に努めている。

2.日本の経済成長率が一番高かった時代

 日本の経済成長率が一番高かった時代は所得倍増計画を含む1960年代から第1次オイルショックの1973年の間であろう。実質成長率は平均10%に達した。この時代の働きかたといえば、世帯主の男性が労働者のモデルであり、女性は未婚者が結婚前まで働くのがモデル。結婚した女性は出産・育児で退職する、という性別役割分業論が主力であった。当然、高い成長の貢献者は男性労働者であった。男女雇用均等法が施行されるまで(1986年)、まだ10数年待たねばならなかった。この時代の日本は現在の中国に酷似している。成長路線により企業は生産性向上を高め、分配にも景気よく応じ、その結果、税収はさらに産業政策にまわされたが、所得不平等が発生した。
 だが現在の日本経済は様変わりで、1998(平成10)年以降、7年間の平均実質成長率はわずか1.2%であるから、10分の1に縮小した。しかし労働市場も大きく変化し、既婚女性の就業は増加し、その結果、共稼ぎ世帯が、専業主婦世帯を上回った。こうした低成長の経済であるからこそ、小泉政権では成長達成のために「改革なくして成長なし」、と断言したのであろう。しかも財政削減の徹底で、歳出は増やさず成長を達成しようというものであった。その戦略は企業の自由競争を極力支援することで、国全体の成長を達成するという、新自由主義のイデオロギーであった(ハーヴェイ2006)。

3.政策である以上、WLBには予算が必要

 90年代後半以降、景気回復のために財政支出に力を傾注したが効果は出ず、さらに財政収支は悪化した。これは日本だけではない。アメリカも同様である。図では歳入から歳出を引いた財政収支を歳出で割った比率の日米比較を掲げた(総務省2007より作図)。この10年でいかに両国の財政が悪化を続けたかがわかるが、特に日本が最悪である。こうした中で、経済活性化には良質な労働力が不可欠であり、男性も女性も仕事と家庭のバランスをとりながら経済成長の貢献と整合的であることが求められた。それがワーク・ライフ・バランスである。では放置しておいても企業がWLBを積極的に実施するのだろうか。否、各国では積極的な国や地方の支援によって、初めて少子化に歯止めがかかった例が多いが、無策で改善したケースはないのである。

図1

 しかし日本ではどうであろう。2007年度でみた政府全体の少子化対策予算(一般会計+特別会計)は、なんとわずか1兆7064億円で、そのなかにWLBも含まれる。これは前年度比12.3%で、「大幅な増加である」というからひどいものだ。実態は2006年度一般会計予算歳出額役80兆円のうち、社会保障費21兆(高齢者向けが多くを占める)に比べても、WLBを含む少子化対策費用は20分の1以下の低さである。こうした実態が多くの国で同様に生じているのをみた英国のダイアン・エルソン教授は予算配分にジェンダー視点を入れたジェンダー・バジェットが必要と提案をしている(エルソン2006)。予算配分のところから抜本的に改革が必要というのである。だが世界一の巨額な財政赤字を抱えている日本で、予算にジェンダー視点を取り入れる余裕などないであろう。だから結論としては、日本の成長政策は掛け声だけのWLBとの間に大きな矛盾を抱えているのである。まず成長を達成してから、というが戦略の乏しい予算でどうしてWLBが成功できるのであろう。次回、最終回はこの点についてまとめよう。

参考文献

  • ダイアン・エルソン(市井礼奈訳、大沢真理監訳)「新自由主義的なグローバル化とジェンダー平等―オールタナティブを求めて」『ジェンダー白書』5.女性と経済、北九州市立男女共同参画センター“ムーブ”編、明石書店、pp.46-71、2006年
  • デビッド・ハーヴェイ(渡辺 治監訳)『新自由主義 その歴史的展開と現在』作品社、2007年
    David Harvey,A Brief History of Neoliberalizn,Oxford University Pr Published,2005.
  • 総務省統計局『日本の統計』2007年版、総務省統計研究所、2007年