第3回 私たちはどのような社会をめざすのか

 前回のコラムでは、性暴力被害による症状についてお伝えしました。レイプは過酷なトラウマ症状を残すことから「魂の殺人」とも言われますが、性暴力被害による影響は矮小化されてきました。被害者の落ち度が指摘されたり批判されたりするため、多くの被害者が泣き寝入りを強いられてきました。それはどうしてなのでしょうか。被害者が適切にケアされ、加害者が罰せられる社会はどのように作っていけばよいのか、考えていきましょう

1.自分を責める被害者

 性暴力被害を受けた人が自分を責めるといったことは、とてもよく起こります。性暴力の多くは(警察庁統計によると約8割が)顔見知りからの被害ですが「自分に見る目がなかった」「自分に隙があったのではないか」などの自責の念にかられます。見知らぬ相手からの「通り魔」のような性暴力であっても、「あんな場所に行った自分が悪かったのではないか」と考えてしまう人も少なくありません。

 成人男性が被害者となった強盗事件や傷害事件では、被害者が過剰に自分を責めることはあまりありません。この「被害者の自責」は、性暴力被害の特徴のひとつとされます。

 加害者との関係性によって、傷つき方も変わります。見知らぬ相手からの被害では、「私は悪くなかった」と思えても、社会や公共空間への安全感を失い、外出恐怖や過覚醒などの症状を生じることがあります。
一方、顔見知りからの被害では「気を許した自分が悪かった」「自分に見る目がなかった」などと自分を責め、人間不信や孤立感を抱えやすくなります。職場や家族などのコミュニティ内で起こる場合は、関係を壊したくないという心理から通報や相談をためらう傾向もあります。

 暴力の責任は100%加害者にあります。なのになぜ、被害者は自分を責めてしまうのでしょうか。

2.レイプ神話

 性暴力被害者を苦しめる「レイプ神話」について考えてみましょう。「神話」とは、根拠のない固定観念のことで、被害者への「二次被害」を助長します。

 例えば、次のようなものがあります。

  • 深夜にひとりで歩いている女性が性被害にあうのは、危機管理不足なので、自業自得である
  • 性犯罪被害にあったのは、露出の多い挑発的な服装をしていたからである
  • 子どもが大人を性的に誘惑することもある
  • のぞきや下着泥棒の被害では、たいして傷つかない
  • 性暴力にあいそうになったら、全力で最後まで抵抗するものだ

 これらの「神話」には、科学的・統計的な根拠は一切ありません。しかし、このような思い込みは、被害者を追い込み、加害者を免罪する働きをします。ひとつひとつ反論していきましょう。

 「気をつけなかった被害者が悪い」とする言葉は、加害者の肩を持つものです。危機管理は大切ですが、加害者がいなければ性犯罪は起こりません。暴力の責任は加害者にあります。

 性犯罪者がターゲットを選ぶときに重視するのは「抵抗されなさそう」「訴えられなさそう」だということがわかっています。露出の多い派手な服装より、目立たないおとなしそうな服装をしている女性が標的にされやすいということです。中学高校の「制服」は、若年女子であることを示すアイコンですので、ターゲットにされやすいことも知っておきましょう。

 「子どもが大人を誘惑する」という考えは誤りです。大人が子どもの態度に性的な意味づけをしているに過ぎません。ただし、性虐待を受けている子どもは、大人からの関心や優しさを得るために、性的な態度を取ることがあります。子どもの性的行動の多くは、虐待や混乱した環境への適応行動であり、加害責任は常に大人にあります。もしも「子どもから誘われている」と感じたとしても、そのような態度をいなし、適切な距離を取るのが、大人に求められる対応ではないでしょうか。

 のぞきや下着泥棒は、接触を伴わない性犯罪ですが、「いつ(から)犯罪が行われたのかがわからない」という特徴があります。これまでにも覗かれていたのかもしれないし、下着を盗るためにいつ自宅やベランダに侵入されたのかもわからない。それは、常に監視されているのではないかという恐怖を抱かせるものです。自宅が安心できる場所ではなくなり、自宅に帰れなくなってしまう人もいます。

 重要なのは、「抵抗しない(できない)」ことは、同意を意味しない ということです。
 被害時に「凍りつく」のは、私たち動物に備わっている生理的な防御反応です。危機に直面したときに自分の命や心を守ることを最優先するのは自然な反応です。
 顔見知りからのセクシュアルハラスメントなどの場合、信頼が裏切られたショックや混乱の中で、これまでの関係性や生活が壊れる恐怖から、加害者に迎合するような態度をとることがあります。相手に従順な態度をとり、その場をやり過ごして穏便に離れようとするのは、防御的な行動のひとつです。

 こうして見てみると、「レイプ神話」は加害者を擁護し、被害者を沈黙させる機能を持っていることがわかります。これは、男性優位の構造が長く続いてきた社会的背景と深く結びついています。
 レイプ神話が根強く残る社会というのは、加害者を免罪し、被害者を責める社会です。メディアやSNS等を通じて、被害者が叩かれる現状を何度も何度も見せられる中で、被害者自身もそれらの神話を内面化しています。そのため、被害者が「加害者の視点で」自分を責めるということが起こるのです。

3.公正世界仮説

 性暴力は加害者の問題です。したがって、すべての人が、自分自身や、自分の大切な人や子どもが被害にあう可能性を持っています。にもかかわらず、なぜ人々は、被害者を責めてしまうのでしょうか。

 その心理を説明する概念に、「公正世界仮説」があります。これは、「世の中は公正であり、良いことをすれば良いことが起こり、悪いことをすれば悪いことが起こる」と信じたいという、人間の心理傾向を指します。「努力は報われる」「悪いことをするとバチが当たる」といった考えも、公正世界仮説に基づいています。ヒーローもののアニメやドラマ、時代劇など、勧善懲悪の物語が昔から根強い人気なのも、私たちが「世界は公正であってほしい」と願っていることの表れと言えるでしょう。

 しかし現実には、落ち度がなくても不幸(理不尽)な目に遭います。そうした現実を受け入れたくない気持ちが、「被害者にも何か原因があったはずだ」という思い込みとなり、二次被害を引き起こします。
 どれだけ気をつけていても、被害にあうことはあります。しかし、自分や大切な人が性暴力被害にあうかもしれないと考えるのは怖いことでもあるでしょう。現実と向き合う恐怖を回避するために、「自分は夜に出歩かないから」「派手な服を着ないから」と自分は被害者とは違うと線引きすることで、安心を得ようとするのです。

 しかし、そうした考えは、被害者を深く傷つけ回復を遅らせるとともに、自分が被害にあったときに、ブーメランのように自分に跳ね返ってきます。

4.被害にあったときに

 性暴力被害の影響を小さくするためには、被害後なるべく早く適切な支援につながることが大切です。「あなたは悪くない。悪いのは加害者だ」という当たり前の言葉をかけ、寄り添ってくれる人がいるかどうかが、被害からの回復に大きな影響を与えます。

 全都道府県に設置されている「性暴力被害者ワンストップ支援センター(通称:ワンストップセンター)」では、医師・弁護士・臨床心理士・警察などが連携し、被害者が被害内容を何度も語らずに済む仕組みを整えています。「#8891(はやくワンストップ)」に電話すると、最寄りのセンターにつながります。

 レイプ被害にあった時は、妊娠を避けるため、緊急避妊薬を服用することが大切です。被害後72時間以内に服用すれば妊娠を避けられる可能性が高いことがわかっています。それを過ぎてしまったとしても、なるべく早くワンストップセンターや医療機関に相談してください。

 加害者の体液などを採取して証拠を残すことも大切です。証拠保全のために、シャワーを浴びずに、被害にあった時に着ていた服を持って、ワンストップセンターや警察(110番または#9110)に相談してください。加害者が法的に処罰されることは、被害者の回復を助けます。

5.私たちはどのような世界で生きていきたいのか

 2019年、性暴力のない社会を目指す「フラワーデモ」が始まりました。性犯罪の無罪判決が相次いだことへの抗議として、女性たちが花を持って集まり、今も全国各地で毎月11日に開かれています。会場では、自身の性暴力被害経験を語る人の声に、集まった人たちが耳を傾け、あたたかく支える光景が多く見られるようになりました。「#MeToo」「#WithYou」「#NoMeansNo」といったプラカードのメッセージには、加害を許さず、被害者に寄り添うという強い決意が込められています。

 こうした草の根の動きが、2023年の刑法改正(不同意性交等罪の新設など)にも影響を与えたと言われています。

 性暴力を許さない。その意思を共有することで、私たちの社会は確実に変化しています。

 ひとりひとりが正しい知識を持ち偏見や沈黙をなくしていくことで、誰もが尊重され安心して生きられる社会を、ともに築いていきましょう。