第1回 性的同意とは
1.はじめに
はじめまして。私は暴力被害女性への支援を専門としているカウンセラーです。被害者支援の一環として、加害者臨床にも携わってきました。
性暴力は、いつ、どこで、だれと、性的な関係を持つかを決める「性的自己決定権」が踏みにじられる「人権侵害」で、圧倒的な「力の差」を利用して行われます。被害に遭いやすいのは若年女性ですが、男の子も被害に遭いますし、高齢女性や、成人男性、さらには乳幼児まで、年齢や性別を問わず性暴力の被害は起こりえます。また、性暴力は、相手に屈辱や恐怖、無力感を与え、支配しようとする行為として用いられることもあります。
「弱者の性」は、長らく軽視されてきました。性欲処理の道具として使われたり、「接待」に使われたり、「売買」されるものとして扱われてもきました。それは、相手を、人格を持った自分と同じ人間だと認めない行為です。
性暴力に限らず、暴力は100%加害者の問題です。加害者が相手を自分の思い通りに支配・コントロールするために、暴力を「選択」しているからです。
被害者が適切なケアを受けられ、加害者が罰せられる社会を作ることが大切です。性暴力についての正しい知識を持つことは、そのための第一歩となります。自分が、あるいは、自分の大切な人が、被害に遭うかもしれない、と、「自分ごと」として考えてみましょう。
2.性暴力とは
性暴力とは、同意のない性的な行為のことを指します。性行為の強要(レイプ)はもちろん、突然キスをする、からだを触るといったこともそうですし、無理やりポルノを見せる、避妊に協力しない、といったことも性暴力です。同意なく性的な写真や動画を撮る、相手が自分の思い通りにならなければ、それらをばらまくと脅すことも性暴力です。子どもたちの間での、無理やりズボンを脱がせるなどの「性的ないじめ」も性暴力です。
配偶者やパートナー間で行われる性暴力は「性的DV」、職場の上司や取引先からの性暴力は「セクシュアルハラスメント」にも該当するでしょう。親子や教師と生徒など、圧倒的な力の差を背景に、未成年の子どもに対して行われる性暴力は「性虐待」と呼ばれます。
性暴力のほとんどは、顔見知りの間で起きています。つまり、相手との信頼関係を利用して性暴力に及んでいるのです。
3.性的同意とは
性的同意とは、性的な行為についての、明確で、積極的な意思表示のことを指します。
日本では長らく「いやよいやよも好きのうち」と、男性に都合の良い解釈で、女性の「NO」が封じられてきました。しかし、性暴力をめぐる国際情勢の中で、我が国の性暴力についての定義も変わってきました。2017年には、110年ぶりの刑法改正で、明治時代に定められた「強姦罪」が「強制性交等罪」となり、「NOはNOである」と位置付けられました。さらに2023年には、性的同意がない性行為は性暴力である、つまり「明確なYES以外はNOである」として性犯罪の規定が大幅に見直され、「不同意性交等罪」と名称も変わりました。
被害を受けた女性が、被害後の深い傷つきの中で、警察や裁判の場で「同意がなかった」ことを証明しなければならないという時代は、いまだ完全に終わったわけではありません。しかし、2023年の刑法改正により、「暴行・脅迫」や「抗拒不能」といった条件がなくても、同意のない性行為そのものが処罰対象となるようになりました。この改正は、被害者の立証負担を軽減し、被害の実態に即した判断が行えるようになったことを意味します。
「性的同意」には、大きく4つのポイントがあります。
- 明確性 「性的な行為をしたい」という積極的な同意であること
- 対等性 社会的地位などの力関係に左右されない対等な関係であること
- 非強制性 NOと言える環境が整っていること
- 非継続性 ひとつの行為への同意は、ほかの行為への同意を意味しない
ひとつひとつ見ていきましょう。
1.明確性 「性的な行為をしたい」という積極的な同意であること
性的な行為を「したい」と思った側、性的なアクションを起こす側が、相手の意思を確認する責任があるということです。「手をつないでいい?」「キスしていい?」「触っていい?」「セックスしたいんだけど、どうかな?」と、都度、自分の意思を伝えて、相手の明確な同意を得る必要があります。
「ムードが壊れる」と一笑に付す人は、男性に限らず女性にも多いですが、それはコミュニケーションスキルが足りていないからではないでしょうか。「ムード」や「雰囲気」は、「したいと思っている側」に都合よく解釈されがちです。刑務所の性犯罪再犯防止プログラムで「訴えられるとは思っていなかった」「同意があったと思っていた」と言っている人にたくさん出会いました。しかし「相手は積極的に同意していましたか?」と尋ねると、答えはいつもNOでした。
「抵抗されなかったから」「いやだと言われなかったから」というのは、同意とはみなされません。ですから、相手からの明確なYESがなかったり、あいまいな態度の場合は、無理に進めず、行為をストップしなければなりません。それが、アクションを起こす側の自分が加害者になることも防ぎます。
同意をとるのは、「あなたの気持ちを尊重したい」という気持ちの表れでもあります。相手のNOを受け止めて尊重することは、信頼関係につながっていくのではないでしょうか。
性的な行為をしたくないという意思表示を、自分への愛情や恋愛感情の有無と結びつけて解釈しないことも大切です。相手のことがどれだけ好きでも、体調やその日の気分によって、したくない時もあります。
2.対等性 社会的地位などの力関係に左右されない対等な関係であること
性的な行為を求められたとき、断ることに怖さがない関係であることが大切です。断っても、暴力を振るわれたり、不機嫌になられたりしない。仕事上の不利益をこうむったり、お互いが属するコミュニティで居づらくなったりしないということです。
教師と学生、上司と部下、先輩と後輩、大人と子ども、取引先や顧客、体格差や腕力差、年齢差など、どんな相手との関係にも、少なからず「力関係」は存在するでしょう。自身が力を持っている関係性においては、「自分は対等だと思っている」として力関係に無頓着になりがちです。しかし、力を持つ側から「自分たちは対等だよね?」と問われても、弱い側は「そうですね」としか言えないので、言葉での確認は無効です。
自分は相手からどう見えているだろうか、遠慮したり、気を使われてはいないだろうか、と関係性を顧みることが大切です。力のある側が配慮しないと、対等な関係は作れません。
「いやだったら、いやだと言ってね」と、相手がNOを言いやすい環境を整えることも大切です。
3.非強制性 NOと言える環境が整っていること
相手が、性的な行為を拒否する意思表示ができる状態であることが重要です。対等性ともつながりますが、NOが安全に言える状況であることは、性的同意の大前提です。
利害関係があるなど、対等ではない関係性では、力を持つ側からの求めは強制性を持ちます。暴力や不利益を匂わせて性的な行為の同意を求めることは、それ自体が暴力です。
当たり前ですが、泥酔している、眠っているなど、判断や意思表示が難しい状況の相手に対して、性的な行為をすることも「不同意性交等罪」に該当します。
4.非継続性 ひとつの行為への同意は、ほかの行為への同意を意味しない
「ホテルに一緒に入ったのだから」「ふたりきりでお酒を飲みに行ったのだから」「自分の車に乗ってきたのだから」、性行為の同意があったと主張する加害者がいます。しかし、それらの行為は「性的同意」には当たりません。
性的同意とは、その場その場でひとつひとつの行為に対して下される判断のことを指します。ホテルに一緒に入り、性関係を結ぶことには同意していた。しかし、避妊具がないことがわかったために性的同意を覆す、といったことは、女性が自分の身体を守り妊娠をさけるための当然の心理です。「性行為には同意していたが、避妊しない性行為には同意しない」となった相手に対し、「ホテルに一緒に入ったのだから」と同意を主張することが、どれだけ馬鹿げているかわかるでしょう。
改正刑法の成立を受けて、性的同意への関心が高まる中、性的同意を記録するアプリがリリースされ、話題となりました。しかし、性的な行為の過程で、体調悪化や相手の態度などにより同意が覆ることは当たり前にあることですので「同意書があるから、すべての性行為がOK」ということにはなりません。また、対等ではない関係性の場合は、「同意書を求める」という行為そのものが、強制力を持ち、真の同意とは見なされません。
性的同意は、対等性の中で、都度、明確な同意を取っていくという、性行為を安心安全なものにしていくプロセスです。相手を尊重し、思いやる気持ちがあれば、難しいものではありません。「自然に同意を取っていた」という人も多いことでしょう。大切な相手を傷つけず、信頼と愛情に満ちた性行為を行うために、また、自分が加害者にならないために、意識していきましょう。
性行為の同意を紅茶に置き換えた動画は、性的同意を理解するうえで参考になると思います。
「性行為の同意を紅茶に置き換えて下さい!」動画へのリンク(外部リンク)![]()
次のコラムでは、性暴力の影響について考えます。
