第3回 男女で担う高齢社会を実現する

1.介護保険の定着と限界

 介護保険が実施されてから、ちょうど10年が経過した。この10年間の経過をみると、介護保険の進歩と限界、社会に与えた影響をよく知ることができる。

 この10年間に高齢化が進展したので、介護保険の被保険者(2,165万人→2,892万人)も、要介護認定者(218万人→484万人)も増加した。介護保険の利用者(149万人→468万人)も大きく増加した。介護保険施行直後は、介護保険のシステムが知られていなかったこともあって、利用者は当初の予想を下回った。介護保険施行1年目には、全国の市町村のうちの約7割が、給付実績が予算を下回ったという。在宅サ-ビスが特に低調で、認定を受けても在宅サ-ビスを使わない人が約20%いたと推定された。在宅サ-ビスの利用が少なかった理由としては、制度に不慣れな点の他に、介護スタッフを家に入れることに抵抗があること、1割の自己負担が経済的に負担であること(あるいはそれほど重荷ではないにしても、数万円の自己負担金を支払うのならば、家族介護のほうを選ぶ)等があったと考えられた。このような開始時の事情と比べると、現在では3倍近くの人が介護保険を利用している。介護保険はこの10年間で、かなりの程度私たちの社会に定着したといえるだろう。

 しかし一方では、このような利用者増により、介護保険の費用はかさみ、総費用は2000年度の3.6兆円から、7.9兆円に跳ね上がった。これを反映して、40歳以上の人が支払う保険料も、制度開始当時には全国平均で月額2,911円だったが、現在では4,160円となった。次の改訂が行われる2012年には、5,000円の大台を突破するだろうと言われている。このような事情から、近年の介護保険の関心事は、もっぱら介護費用を抑制することに向けられている。

2.介護意識の変化

  このように10年間で介護保険の利用者が増加した背景には、介護意識の変化があることが指摘できるだろう。介護保険施行直後には、その利用者が少なかった理由として、介護スタッフを家に入れることに抵抗があることが指摘されたことを思い出してほしい。そのような介護意識は、介護保険の定着にともなって次第に変化した。

 内閣府による「高齢者介護に関する世論調査」の1995年調査と2003年調査を比較すると、その違いが明らかである。その間の2000年に介護保険が施行されていることと関係していると考えていいだろう。

 自分が自宅で介護を受けるとしたら、どのような介護を受けたいか、という問いに対して、「家族だけに介護されたい」25.0%(1995年)→12.1%(2003年)、「家族の介護を中心に、ホ-ムヘルパ-など外部の者も利用したい」42.6%→41.8%)、「ホ-ムヘルパ-など外部の者の介護を中心とし、あわせて家族による介護を受けたい」(21.5%→31.5%)、「ホ-ムヘルパ-など外部の者だけに介護されたい」(3.4%→6.8%)と答えている。家族だけに介護されること、家族を中心にホ-ムヘルパ-を利用することから、ホ-ムヘルパ-など外部の者を中心とすること、ホ-ムヘルパ-など外部の者だけに介護されたい、に変化している。

 家族による介護を重視する傾向はまだまだ根強いが、介護は「社会化」されるべきものという意識は浸透しつつある。これは介護保険の影響であり、介護保険の最大の「効用」かもしれない。
 この10年間でどのような介護サ-ビスが利用されたかを見ると、居宅サ-ビス(ホ-ムヘルプなど)の増加が大きい。居宅サ-ビスの利用者は、1年目の97万人から289万人へと急激に増加した。一方で施設サ-ビス(特別養護老人ホ-ムなど)は、52万人から84万人へと中規模な増加である。これは介護保険のサ-ビス構造が、施設より在宅中心となっているから(施設より在宅が安価のため)でもあるが、介護意識の変化をも反映しているからである。現在では、利用されているサ-ビスは、居宅サ-ビスが72%、施設サ-ビスが23%(残りは地域密着型サ-ビスが5%)と、在宅サ-ビスが中心となっている。

3.介護保険の改正

  介護保険の10年間の変化を追ってみたが、その間、介護保険自体も変化した。介護保険はその当初から5年目に見直しをされることになっていて、2005年6月に介護保険法が改正された。施行時から比べると、介護保険は社会に定着し、利用者が増加したという進展があったのだが、それは同時に費用が急速に増大することでもあり、保険制度の持続性を確保することが改正の大きな課題となったのである。制度の持続性を主眼とした改正点とは、

  1. 予防を重視したシステムへの転換
  2. 施設給付の見直し
  3. 新たなサ-ビス体系の創設

とまとめることができる。

 1とは、要介護状態の認定区分を変更したものである。要介護状態の区分は、改正前は「要支援」「要介護1~5」の6段階でいずれも介護給付の対象であったものが、「要支援1~2」「要介護1~5」の7段階となり、「要支援1~2」は新たに設けられた予防給付の対象とされた。これにより、改正前よりも「軽度」に認定される人、介護給付ではなく予防給付の対象になる人が出現した。予防給付は、介護給付よりも使えるサ-ビスが限定される。2とは、費用のかさむ施設サ-ビスへの給付を減額する変更である。介護保険の利用者のうち、施設サ-ビス利用者は23%であると上述したが、その23%の利用者に保険給付額の約半分が費やされている。つまり施設サ-ビスにはお金がかかるということ。居宅と施設の利用者負担の公平性からも、施設における居住費と食費を保険の対象外とした。これにより、施設サ-ビスを利用する人の自己負担は重くなった。3とは、介護予防を推進するサ-ビスを新設したこと。市町村が行う地域支援事業を創設し、また、地域における介護予防マネジメントや総合相談、権利擁護などを担う中核機関として地域包括支援センタ-を創設した。
 また、上記の介護保険の改正とは別に、介護報酬(事業者が介護サ-ビスを提供した場合、その対価として介護給付費単位数表に基づいて支払われる報酬)が3年に1回改訂される。今まで3回改訂され、2003年には-2.3%、2006年には-2.4%と減額され、2009年改定ではじめて3%のプラス改訂が行われた。

4.プロの介護者を養成する

  介護保険により、使うことのできる介護サ-ビスの量は拡大した。なかでも在宅サ-ビスに関しては、そのサ-ビス基盤がかなりの程度整備された。これは介護保険の「進展」の部分である。しかし一方で、施設サ-ビスの拡大が不十分であること、介護保険は在宅サ-ビス中心に大きく傾いていることが明らかとなった。また「進展」した在宅サ-ビスにおいても、それを担う介護者の労働条件が不備であることは、前2回で述べたとおりである。2009年改定ではじめて介護報酬が増額されたことは、このような不備への対処のひとつであるのだが、この改訂だけで改善することはできないだろう。総費用を抑えることだけを主眼としない、介護保険の改正が検討されなければならない。

 介護保険ができても現状は家族介護=女性による介護に依っていること、介護労働は女性の安上がりな労働に依っていること、その現状を変えるためにはどうしたらいいか、という問いに最後に答えたい。まず、介護保険を大いに利用すること。家族介護よりも、せっかく整備された介護保険をまず利用すること。プロの介護があってこその家族介護である。介護保険が使われることこそが、結果的にプロの介護者の育成を促進することになる。介護労働が、社会保険のある、労働に見合う対価のある仕事、従事する価値のある仕事、女性だけでなく男性も参入する仕事、にならなければならない。
 介護保険を利用した、プロ(介護労働者による介護)とアマ(家族の支え)の協業、女性と男性の協業が高齢社会には不可欠なのである。