第1回 『女性化する福祉社会』の現状

1.高齢社会のジェンダ-問題

 今日では、高齢者問題が人々の関心を集めている。高齢社会の急速な進展は、自分が高齢者になること、あるいは誰かを介護するかもしれないというどちらをとっても「人ごとではない」問題となったからである。このような「人ごとではない」問題は男女どちらにも降りかかるのだが、女性の方により深刻な問題を生じさせる。高齢社会ではその対象者も担い手も、女性の方が多いからである。
 2008年10月時点で、65歳以上の高齢者は総人口の22.1%という高い割合を占める。しかしその詳細は、性別によって異なる。65歳以上の高齢者数は、女性100に対して男性74.5。ちなみに総人口は、女性100に対して男性95.1と、男女はほぼ同数に近い。そしてこのような男女差は、年齢が高くなるほど大きくなる。前期高齢者(65歳~74歳)では女性100に対して男性88.9であるが、後期高齢者(75歳以上)になると、女性100に対して男性60.6と、男性は女性の6割でしかない。年齢が高くなるほどに、高齢者とは女性が多くを占めるのである。
 このような高齢者の性差は、高齢者の生活にも反映される。高齢者世帯(世帯主の年齢が65歳以上の世帯)や一人暮らし高齢者世帯(65歳以上の単身者のみの世帯)が増加するからである。65歳以上の人がいる世帯は全世帯の40.1%であるが、うち一人暮らし高齢者世帯は22.5%、夫婦のみの世帯は29.8%。この数字は、1980年にはそれぞれ10.7%と6.2%であったので、この30年近くの急増が明らかである。そして当然のことながら、一人暮らし高齢者には女性が多く、一人暮らし高齢者世帯の72.8%が女性である。
 高齢者自身に女性が多いというだけでなく、高齢者の介護が女性に負わされていることも高齢社会のジェンダ-問題である。家庭内の介護が妻・嫁に委ねられるだけでなく、「介護は女性の役割」とする性別役割分担は社会的にも組み込まれているため、女性は高齢者政策の「受け皿」とされてきた。社会福祉施設の従事者や、在宅福祉の推進役を担うホ-ムヘルパ-の大部分が女性である。つまり今日の高齢社会とは、対象者も介護者も女性が大勢を占める、女性による、女性頼みの「女性化する福祉社会」なのである。

2.「日本型福祉社会」の進行

 今日では高齢者問題が人々の高い関心を集めている、とはじめに記述したが、それはここ20-30年ほどのことに過ぎない。政策として高齢者問題が積極的に取り上げられるようになったのも1970年代以降である。その頃から、高度経済成長による家族機能の変化等により、高齢者の介護問題が次第に深刻な問題として考えられるようになったからである。『厚生白書』に「寝たきり老人」という言葉がはじめて登場したのが1969年。有吉佐和子が『恍惚の人』を発表し、ベスト・セラ-となったのは1972年であった。この小説は、老人医療費支給制度以前の医療費問題を伴いながら、認知症傾向のある高齢者の介護問題が深刻な問題であること、介護がいかに家族=女性に依存しているかを明らかにしたのだった。
 女性が担う介護役割は、1973年の第一次石油ショックを契機として登場した「福祉見直し論」の中で政策的に位置づけられ、その後の社会福祉政策のなかに貫かれていく。「福祉見直し」の中で登場した「日本型福祉社会」は、家族(女性)をその「受け皿」として位置づけた。1979年に出された「新経済社会七カ年計画」の中で「日本型福祉社会」とは、「個人の自助努力と家庭や近隣・地域社会などとの連帯を基礎にしつつ、効率のよい政府が適切な公的福祉を重点的に保障するという自由経済社会の持つ創造的活力を原動力としたわが国独自の道」として描かれている。1980年代にはこのような「日本型福祉社会」が行政改革下において追求され、在宅化が進行した。
 それでも1980年代半ばになると、働く女性の増加等によって、家族介護を基本とする「日本型福祉社会」は破綻が目立つようになる。1988年に出された経済計画「世界とともに生きる日本-経済運営五カ年計画」には新たな「日本型福祉社会」が描かれているが、それは「公民の組み合わせによる独自の『日本型福祉社会』であり、その際、①社会保障制度の効率化・総合化、②世代間や制度間、受益者と負担者の間の公平、公正の確保、③民間活力の積極的活用と自助努力の促進を基本としつつ、施策を推進する」社会であるとされた。介護にあたる家族を支援するために、ショ-トステイ、ホ-ムヘルパ-、デイサ-ビスを中心とする在宅サ-ビスが進められた。

3.「新・日本型福祉社会」におけるヒュ-マンパワ-政策

 このような、いわば「新・日本型福祉社会」では、ヒュ-マンパワ-の確保が急務となった。1987年に社会福祉士及び介護福祉士法が制定され、福祉専門職が制度化されたことがそのひとつである。しかしそれだけでは高齢社会を支える人材は不十分であり、主婦を主力としたヒュ-マンパワ-政策が推進された。1991年4月からスタ-トした、ホ-ムへルパ-養成の段階的研修制度がそれである。同制度が整備された直接的な契機としては、1989年に策定された、老人保健福祉の分野の将来のビジョンを数量的に示したゴ-ルドプラン(高齢者保険福祉推進10ヵ年戦略)の数値目標の達成という目的があった。
 段階的研修制度とは、既に都道府県で実施されていた、子育て後の主婦を主たる対象とした研修制度を、1級から3級に分けた3段階研修制度にして再スタ-トさせたものである。1996年度からは、新カリキュラムにより全国で統一的に行われるようになった。この段階的研修制度によって、1991年度から現在までに、総数(1級から3級修了者をあわせて。実際にはレベルアップを行う人がいるため、人数は重複していると推定できる)で約300万人がホ-ムヘルパ-として養成された。
 一方で、家族(女性)が担う介護の負担が重いことは社会的な問題として認識されるようになり、「介護の社会化」が模索されるようになり、その方向は公的介護保険の創設に向けられた。公的介護保険法は1997年12月9日に国会で可決され、2000年4月1日から施行された。
 介護保険の施行の重要な支え手は、上記した段階的研修制度によって養成された中高年女性たちを中心とするホ-ムヘルパ-である。つまり介護保険の実施体制とは、従来のように家族介護だけをを「受け皿」にしてはいないけれども、性別役割分業に基づいた女性役割、さらに女性の不安定な労働をも「受け皿」として成り立っている。いわば「日本型福祉社会」と決別しないまま、その上に成り立った「介護の社会化」なのである。