第2回 「介護保険と介護労働者」

1.介護労働者(ホームヘルパー)とは誰か?

 さまざまな問題を抱えてスタ-トした介護保険だが、介護保険の実施によって介護サ-ビスの基盤が急速に拡大したことは確かである。例えば、在宅福祉を支える介護労働の担い手である介護労働者(ホ-ムヘルパ-という職名で呼ばれることが多いので、ここではホ-ムヘルパ-と呼ぶことにする)の数は大幅に増加した。整備されるべきホ-ムヘルパ-の目標数値は、前記した1989年のゴ-ルドプランにおいては10万人とされたが、1994年に策定された新ゴ-ルドプランにおいて17万人、介護保険の実施直前の1999年12月に発表されたゴ-ルドプラン21では、5年間で35万人を確保することが目標とされた。しかし現在では、介護サ-ビス事業所で訪問介護に従事しているホ-ムヘルパ-だけで、約41万人がいる(『国民の福祉の動向2008年』)。家族の中に介護を必要とする人が生じた場合には、家族介護にその大部分が委ねられていた時代、限られた量しかなかった外部の介護サ-ビスを高価な対価を支払って購入するしかなかった時代と比べると、家族以外の介護サ-ビスを選んで、利用するという基盤は整ったと言うことができるだろう。しかし一方で、新たな問題が明らかになった。従来から介護労働は子育て後の女性によって担われてきたのだが、介護保険によって大量に出現したホ-ムヘルパ-とは、その問題を増幅させたからである。
 介護保険下の介護サ-ビス事業所で働いているホ-ムヘルパ-の大部分は、既述した段階的研修制度によって養成された中高年の女性である。不安定な不定期な働き方が大部分で、労働条件の悪い「女性向きの仕事」とされている。つまり介護保険の実施体制とは、家族介護だけを「受け皿」にしてはいないけれども、性別役割分業に基づいた女性役割、さらに女性の不安定な労働をも「受け皿」として成り立っている。いわば日本型福祉社会と決別しないまま、その上に成り立った「介護の社会化」なのである。2007年6月に厚生労働省から介護サ-ビス事業所の更新不許可処分を受けたコムスン問題が契機となって、介護労働の労働条件が悪いことが改めて明らかとなり、介護分野の人手不足は社会的な問題となった。ホ-ムヘルパ-に代表される介護労働者の労働条件を改善することは、介護保険の実施を左右する緊喫の課題となったのである。

2.ホームヘルパー調査結果から

 私はここ数年、「ホ-ムヘルパ-が抱えるジェンダ-課題」という研究テ-マのもと、女性ホ-ムヘルパ-への聞き取り調査を行っている。その調査の中から、本テ-マに関連する調査結果を紹介しよう。名古屋市とその周辺で介護サ-ビスを提供している各種機関(公的な機関、小規模NPO機関、大規模施設等)で働く女性ホ-ムヘルパ-約100人への聞き取り調査の結果、持っている資格で一番多いのは、「ホ-ムヘルパ-2級」である。その他の資格としては、介護福祉士、ホ-ムヘルパ-1級、の資格もあるけれども、全体の約60%の人が持っている資格は、ホ-ムヘルパ-2級である(調査対象となった人の中には、仕事を始めてからより上級の資格(介護福祉士やホ-ムヘルパ-1級)を取得した人も多く、ということは仕事を始めた時点であれば、より多くの人がホ-ムヘルパ-2級の資格を持っていたということになる)。つまり介護職の基本的な資格とは、介護福祉士という国家資格ではなく、段階的研究制度等により取得する、ホ-ムヘルパ-資格なのである。
 雇用形態は、半数が「正規」である。この結果から、意外に正規が多いという印象を受けるかもしれないが、この「正規」とは、いわゆる正社員だけではなく、「嘱託職員・臨時職員」といった、名称はそれぞれの機関によってまちまちであるが、就業時間が正規と同じであり、かつ社会保険を持つ雇用形態をも含んで集計したものである。例えば「嘱託職員・臨時職員」とは、正社員と就業時間等の就業条件は同じであり、社会保険にも加入していて、一見正社員と違いはない。しかし、ボ-ナスはなく(あるいは少なく)、そのため給与に差がある。昇進の条件も異なる。このような職種を「正規」に分類することに疑問がないわけではないが、上記の調査では社会保険への加入と労働時間を指標として「正社員」に分類した。つまり、介護職の雇用形態は多様化していて、「正規」「非正規」の内容は多様であり、言い換えれば、両者の壁は低い。

図1 持っている資格

図1:持っている資格

図2 雇用形態

図2 雇用形態

(注:著者作成 訪問介護を行っているホ-ムヘルパ-59人についてのみ集計した調査結果を資料とした)

3.調査が明らかにするジェンダー問題

  このような状況の中で、多くの女性ホ-ムヘルパ-は、労働条件に不満を持ちながらも(責任のある職階の人ほど不満度が高い)、「やりがいのある仕事であり今後も続けたい」、と答えている。その理由の第一は、ホ-ムヘルパ-という仕事は、中途採用であっても、転職であっても、正規雇用の管理的職階に就くことができる仕事だからである。日本の雇用システム一般はそうではない。一度正規の仕事を出産や子育てで辞めてしまったら、二度と正規の仕事に就くことはほとんど不可能である。専門性のある仕事ほどその傾向は強い。しかしホ-ムヘルパ-とは、新しい職種であるために基本的に中途採用が中心であり、従来の女性労働の雇用形態を踏襲してはいない。つまり、労働条件さえ整備されれば、再就職を望む女性にとっては希有な「働きがいのある仕事」なのである。仕事に見合った賃金や社会保険が準備されることにより、プロの介護者を育成することができるはずである。女性にとって再就職しやすい仕事であることは、もちろん男性にとっても再就職しやすい仕事であることは言うまでもない。

 ホ-ムヘルパ-に代表される介護労働は、介護保険の要である。今後も介護保険が持続的に機能するか否かは、介護労働をどう改善するかにかかっている。それは単に賃金を上げることだけではなく、働きがいのある、価値ある仕事として位置づけること、また公私の性別役割分業を再考することをも含めての検討が必要なのである。