第3回 性暴力被害から立ち直るために

 私は60歳を超えてから物忘れが頻繁にあると感じています。引き落としのできなかった携帯通話料をコンビニで支払い。今日こそはお米を買って帰る。○○さんに電話をする。

 必ずひとつは翌日に繰り越しとなります。覚えておきたいのに忘れてしまうことってあります。でも、もう一度思い出そうとすると、思い出すこともできます。1日で済む用事が2、3日かかることになりますが・・・。

 

もう何十年もまえのことでしょう?

3年も経っているのにまだよくならないの?

こんな些細なことまだいっているの。

あの人よりあなたの被害は軽いのだから。

この程度で済んでよかった。

忘れることがあなたのためです。

前だけみて生きなさい。振り返らないで。

 

できれば忘れたいのに忘れられないことってありませんか?

「考えないでおこう」という意識とはうらはらに何度も思い出す体験。

覚えていることを意識していないが、底知れず不安になること。

ザワザワ、そわそわ、ドキドキしてイライラしてじっとしている事ができなかったり。

まったく動きたくなくて、人との接触を欲しているのにできなくて、反応が恐ろしくて。

人が信じられなくて、一人ぼっちに感じて、孤独で。

ある記憶はわたし達が思い出したくないときでも、容赦なく現在の生活に侵入してきます。

出て行ってほしいと願っても出て行ってくれません。

 心理的・精神的な障害を引き起こす心の傷・・・性暴力被害にあった多くの人は被害が過去にはならず、今起こったかのような再現を体験します。人と肌がふれあったとき、加害者と似た匂いがしたとき、同じような体格の人を見たとき、皮膚感覚・匂い・視覚からフラッシュバックがおこります。全身の体験です。悪夢によって再現、再体験、を繰り返す恐怖で眠れない被害者も多くいます。時間と今いる場所が混乱し、パニックをおこしたりすることもあります。

 年齢が小さいときの被害ほど恐怖心は身体全体で感じます。親など保護者的立場にあるひとからの暴力や、愛情をむけてくれる人からの暴力は、人を信頼する感覚を奪います。また、自分は誰からも愛される存在ではないと感じるようになります。

 家族は信頼できる安全な場所であるという思い込みを持っていると、支援する人たちが、家庭内の性暴力はありえないと考えていると、被害も、その子が苦しんでいる症状も見えません。被害をなかったことにしてしまうのです。支援者が事実を歪めてしまうのです。

 2010年4月から性暴力救援センター・大阪を開設して5年間の被害件数と被害内容をみると、公的な機関から暴力・虐待と認識されない被害がいかに多いかがあきらかになりました。あらゆる機関で、被害者は、暴力の中身を誰もが納得いくように時系列で、詳細に、明確に、説明できることがもとめられていますが、恐怖体験を詳細に時系列で記憶している人はほとんどいないと思います。性暴力救援センター・大阪(レイプクライシスワンストップセンター)でのホットラインでは話せることから、口から出したいことから話していいのです。ゆっくりその人のペースでお聴きします。この支援員のいる、この場所に行ってみようかと思ってもらえるのが第一歩。来所してもらえれば、支援員が寄り添い、ドクターの診察をうけますが、全ての人に内診をするのではありません。性感染症、望まない妊娠の危険性の排除、証拠採取や、警察への通報、法的支援、他科の受診、カウンセリングの実施など、ご本人の希望に沿ってひとりひとりオリジナルの支援プログラムを提供します。

 その後の中長期的支援として、他科受診、警察の事情聴取や現場検証、弁護士との打ち合わせ、裁判の同行など、急性期からの切れ目のない支援を続けます。

 またその間に起こる身体症状にも注意が必要で、身体感覚の喪失も、皮膚感覚の心地よさの取戻しのためのセルフリラクゼーションのトレーニングなどチームでサポートしています。

 また、児童相談所、役所、警察、学校、他の病院などとのネットワークも必要です。

 トラウマは支援員や医師、警察官、周りの人たちが見ようとしなければ見えないし、それが暴力や虐待をなかった事にしてしまい、加害者の思うつぼなのです。

 まず、大事にしたいのは目の前にいる人の言葉や症状を信じることです。

女性の安全と医療支援ネット

  激しいストレス、繰り返される恐怖の再現、現実に侵入するトラウマの症状は身体的な反応が大きく、次に起こるかもしれない危機に備えるために過敏になり、恐怖は身体全般に衝撃を与え、胃腸・筋肉・関節・頭痛・全身の痛み・食欲中枢の乱れなど自分でコントロールできない状態です。生きるために、乖離・摂食障害・薬物依存・自傷行為が必要だったのかもしれません。

 回復へのプロセスは当事者ひとりひとり違います。支援者との人間関係のなかで

 

わたしが悪いのではない

わたしは楽しい思いをしてもいい

わたしは心地よい感覚を楽しんでいい

わたしのことはわたしが決めていい

自分を罰することをしなくてもいい

信じてもいい人がいる

私は愛されてもいい存在だ

安心できる人間関係をもつことはできる

安全な場所を確保することができる

わたしには未来がある

わたしは世界で一人しかいない大切な存在だ

 

を取戻し、まなびなおして、被害者がワンストップセンターを必要としなくなるまで、支援は続きます。回復したと答えをだすのは被害をうけた当事者です。

 

 三重県にもワンストップセンターができました。性暴力被害者にとって産婦人科医療とのかかわりはハードルの高い、二次被害を受けやすい、その後のトラウマにつながりやすいのです。しかし、産婦人科医だからこそわかる被害もあります。理解ある産婦人科医師とともにレイプクライシスワンストップセンターでのチーム支援を期待します。