第1回 性暴力被害の実態

 私たちが暮らす日本の性暴力被害について考えたいと思います。

 ウィメンズセンター大阪は、1984年の発足から30年にわたり女性であるが故の身体や性と心の不安や悩みを聴き、社会の中での生きにくさを語り合う活動を続けてきました。職場で、家庭で、地域の中で自分を見失い、疲れ果てていく女性たちの姿は男女共同社会の実現が叫ばれる昨今でも変わりません。自分たちで解決出来る力をつけるグループワークや、自己決定出来る自らの力を取り戻すカウンセリング。自己肯定感を奪われた体験を語り、身体と性から社会をみる講座を実施してきました。女性が人生で起こった、あるいは体験したことで、それからの人生をあきらめることなく、むしろその出来事、体験がそれからの人生を主体的に生き抜くパワーに出来るような「女のためのクリニック」をめざしました。

 私がウィメンズセンター大阪の始まりである「女のためのクリニック準備会」を仲間とともに発足したきっかけは中絶体験で感じた医師の対応と、パートナーとの意識の違いでした。

 私自身が15歳のときに性暴力被害にあい、私も悪かったと自分を責め、自己肯定感を持ちえないまま過ごし、他者の誰にも心を開けない生きにくさの感覚をもちながら、生き辛さに苦しんだ体験がありました。私だけの体験を話し、多くの女性たちと語り合ってやっと、妊娠、出産、中絶体験から、性暴力被害を含めた女性のための当事者の視点を大切にしたカウンセリングと産婦人科救急医療体制の必要性を強く感じたのでした。

 性暴力被害の多さと、二次被害の実態を知ったのはウィメンズセンター大阪の活動からです。講座のなかや、カウンセリングで語る女性たちは打ち明けた時の人の反応により、自分を責め、深く傷つき、口を閉ざし、心を閉ざしてきたのです。

 根拠もなく、事実でもないのに、ほとんどの人が信じてしまっている社会的な思い込み。性暴力・性虐待に関する神話。強姦神話によって、当事者は被害を周囲に訴える事をあきらめ、孤立させられます。

性暴力に関する理解不足により生じる二次被害

 男性は度々、力づくでも性交し射精したくなる性だ。

 夜道のひとり歩きは性被害にあう。

 肌を出した服装は挑発しているようなものだ。

 性暴力にあうのは若い女性だけ。

 被害にあうのは特別な人。

 性被害というが合意じゃないか。

 被害ならもっと取り乱しているはずだ。

 日頃の行動をみると被害にあってもしょうがない。

 被害者が本気で抵抗すれば、逃げることが出来る。

 子どもへの性虐待はめったに起こっていない。

 子どもに性虐待をするような人は、見ればわかる。

 家族が崩壊しているから性虐待がおこる。

 性暴力にあっても子どもならすぐに忘れる。

 女性は嫌がっていても本当は望んでいる。

 それくらいの被害ならまだよかった。

 いい加減に被害を忘れてしまうほうがいい。

 夫婦間にレイプはありえない。

 
 これらの言動、意識は一般社会のみならず、援助者としてかかわるはずの警察・病院・司法関係者・教育現場でも発せられます。私があった被害は犯罪じゃないの?性暴力のすべてが犯罪じゃないの?

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 性暴力・性虐待に関する神話。これらの神話と、被害当事者の感情を無視した思い込みと、加害者側に有利な社会通念が、被害者が被害を訴えるという当たり前のことをできなくしているのです。

 性暴力被害にあった女性は、恐怖と屈辱と自責感のなか、被害にあった家に帰るのか、帰らないか、警察に言うか言わないか、明日から学校に行くか、行かないか、職場に行くか行かないかなどの日常生活を送ることを余儀なくされ、ともすれば身体のことを考える余裕がない場合もすくなくありません。しかし、被害による妊娠を避ける手だてや、全身の傷の診察、性感染症の予防、加害者の証拠物の確保などはタイムリミットがあります。被害にあった直後からサポート出来る性暴力救援センター(レイプクライシスワンストップセンター)が必要でした。直後から寄り添い、必要に応じて身体のケアをし、その後の支援に途切れることなく繋ぎます。ひとりひとりに添った、オーダーメイドの支援です。警察に通報する決心がつけば警察にきてもらう。司法のサポートが必要なら性暴力被害者に理解のある弁護士を紹介し、カウンセリング希望があれば、当事者はもちろん、家族へのカウンセリングも紹介します。これからを当事者と支援員、医師、弁護士、関係機関が一緒に考えるワンストップセンター、性暴力救援センター・大阪SACHICOを2010年に設立しました。

 24時間のホットラインには設立以来、2万件を超える相談がありました。そして、性暴力被害をはじめとした電話相談の件数は、今もなお、日々を追うごとに増え続けています。

 1番最初に被害者の方が電話して、その声を聴くのは支援員ですから、二次被害を与えないというのは、絶対的な条件になります。それは、徹底的に養成講座の中で訓練をし、言葉だけで「あなたが悪いんじゃない」と言うのではなく、支援員自身も、「女(わたし)のからだは女(わたし)のものだ、女(わたし)のからだに何するの」という風に、しっかりと考えが根付いていないと、心から「あなたが悪いんじゃない」と言う事は言えないわけです。

 国連は性暴力を「身体の統合性と性的自己決定を侵害するもの」と定義し、さらに勧告として、「法は、性暴力の被害者が、国の負担により、妊娠検査、緊急避妊、人工妊娠中絶、性感染症の治療、負傷の治療、カウンセリングを含む包括的かつ総合的なサービスに速やかにアクセス出来るよう規定すべきである、さらにこれらのサービスへのアクセスは、被害者による警察への被害の申告の有無を条件とするものではないことを規定すべきである」としています。

 「身体の統合性の侵害」とは「私のからだはわたしのもの、私のこころはわたしのものという感覚を脅かす」という意味であり、「性的自己決定を侵害する」とは「いつ、誰と性的な関係を持つか持たないか、一生を通じて性に関することはその人自身が決めることが出来る権利を侵害する」という意味です。また、女性20万人に1か所の性暴力救援センター(レイプクライシスワンストップセンター)の必要性を提言しています。

 我が国でもようやく、性暴力救援センター(レイプクライシスワンストップセンター)の必要性を認識し、内閣府が立ちあがりました。全国で開設の動きが活発になりました。開設を決意した全国の仲間たちで支援のしかたで当事者が傷つかないように、全国連絡会を結成し、研修などを開催しています。
 支援員の養成と育成の問題や、産婦人科医師の負担の問題、公的補助による財政基盤の確立など、解決しなければならない問題は多々ありますが、5年になろうとしているSACHICOの活動を通じて、性暴力救援センター(レイプクライシスワンストップセンター)を少なくとも各都道府県に1か所、産婦人科のある病院内に設置することの意義が明らかになったと確信しています。

 被害にあった後も、その人の人生は続きます。女性の健康支援に性暴力被害の問題は重要な課題です。ウィメンズセンター大阪に集う女性たちが語ってくれた体験と性暴力救援センター・大阪であった性暴力被害者の声はまさに「リプロダクティブヘルス・ライツ(生と生殖に関する健康・権利)」の必要性を強く訴えるものでした。