【第2回】 安心できる家族を作るためのステップ
1 安心できる家族を作ること
さて、前半最後にタロウさんの質問を挙げましたが、皆さまの答えはいかがでしょうか?
ところで、プログラムやカウンセリングに携わっていると、DVや虐待をする父親の中には、自分自身も虐待を受けた経験を持つ人たちが多く存在することに気がつきます。その中には、自分が子どもの頃に虐待を受けたのは自分が悪いことをしたからだと大人になっても受け止めている方が少なくありません。私たちからはそのような認識こそが虐待の影響であるように思えます。タロウさんの言葉の中にもそのような影響がうっすら現れているように思えます。もしかするとタロウさんのお父さんは「お前が悪いことをしたから叱るんだ」と言って叩いていたのかもしれません。子どもはその行動が良くないことを大人に教えてもらう権利と同時に、暴力を受けない権利があります。子どもを教え導くことと暴力の違いがタロウさんの中では混乱したままになっているようです。
日本語の「怒る・叱る」には子どもを指導するというニュアンスと恐怖によってコントロールするニュアンスの両方が含まれていると思いますが、その二つは分けて扱う必要があります。子どもが宿題を先送りしてゲームをしている場合、宿題に取り掛かるように促すことは、子どもの生活リズムを守る手助けとしても「子ども中心の養育行動」と言えるでしょう。このやり方は子どもに働きかけてはいますが、恐怖を引き起こしてはいません。
促しても子どもが応じない場合はどうしたら良いでしょう?
叩いたり、怒鳴って「怒れ」ば、すぐに結果が出るかもしれません。子どもは怯えてすぐにゲームをやめるでしょう。だとして子どもは宿題をすることを自分のために自分で決めたのでしょうか?
おそらくそうではなく、子どもはただ恐怖から逃れるための選択をしたにすぎないでしょう。そして宿題をやるように見せかけて、見つからないようにゲームを続けるかもしれません。それは将来子どもが自分の行動を上手に制御して、自分の人生を主体的に作り上げることに貢献するでしょうか?
恐怖によるコントロールは手抜き工事の建物のように、すぐに見せかけの結果を出すことができますが、それは基礎工事に手をかけた建物のようにはしっかりと長持ちしないのです。叩くことは即席の手抜き工事と同じようなものでしょう。ですからこれは決して「子ども中心」とは言えないのです。
また、叩く・怒鳴る行動を選ぶ直接の動機はなんでしょうか?子どもを思い通りに早く動かしたい、自分の力を子どもに示したいという衝動に乗った選択かもしれません。だとしたらこれは、父親が自分を満足させるための「親中心」の行動であると言えます。
恐怖によってコントロールされることは、自己否定、恥、無力感などと繋がり、長期的にネガティブな影響を子どもに与えます。子どもが自分の行動が良くないことだと気づき、前向きに行動を変えるために恐怖は必要ありません。タロウさんは父親に叩かれたことで、自分に自信を持ち、好きになることができたでしょうか?もしかするともう一度自分の経験を振り返り、子ども時代の自分に「父親が叩いたことの責任はあなたにないんだよ、怖かったね」と教えてあげることが必要かもしれません。
尊重とは相手が他者であり、自分の思い通りにならないことを受け入れることです。そして、結局のところ、相手が自分のことは自分で決める権利を守ることが自分と相手が気持ちよく関われる根本原理になるのです。これは子どもに対しても言えることです。そして、尊重されている実感は、安心は繋がっています。安心してこそ、人は新しいことに挑戦する意欲が湧いてきますし、必要なことを吸収することができます。安心できる家族は子どもの成長のために何より一番の栄養なのです。
2 もし、家族に暴力をしてしまったら
さて、タロウさん、イチロウさん、ジロウさんは渋々ながらも、あるいは困惑しながらカウンセリングの場に来てくれたわけですが、そこからどのようにしていったら良いでしょうか?
私が行なっている父親プログラムの一つの軸は Caring Dads Program(https://caringdads.org/)というカナダで開発された父親プログラムから取り入れたものです。「子ども中心の養育」「親中心の養育」という言葉もこのプログラムからお借りしました。
少しCaring Dads Programについて説明を加えましょう。
Caring Dads Programは、カナダ、オンタリオ州において、Dr. Katreena ScottとTim Kellyによって作られ、カナダ、アメリカ、オーストラリア等、世界各地で実施されています。日本の一部の児童相談所でもCaring Dads Programの試行が始まっています。
このプログラムの対象はDV・虐待によって家族を傷つけてしまった父親です。参加者は17週間、毎週集まって、子どもたちと暴力・虐待のない関係を作り、いかにして子どもとの関係を修復するかを学び、話し合い、サポートしあいます。10人から15人程度の小グループで、教育的コンテンツのほか、ディスカッション、ロールプレイなどが行われます。多くの参加者はDV・虐待のために裁判所や児相などから命令されたり、勧められたりした父親です。
このプログラムの内容を非常に圧縮して表現すれば、重要な部分は暴力の再発予防と家族との関係の修復です。この二つは暴力を使ってしまった後に取り組むべき最大の課題です。日本の現状においては、この二つをどのようにして成し遂げていけば良いのかがあまり知られておりません。ですので、プログラムという形でそれに取り組む機会を提供できることはとても意義深いと考えています。
3 変化への動機づけ
ところで、タロウさん、イチロウさん、ジロウさんの言葉からは、自分の行動が暴力であることを認識し、変えることに取り掛かることはとても難しいことがわかります。自分の大切な家族を結果的に傷つけてしまったことはとても痛いことで、誰でも暴力や支配を自分がしていたとは思いたくないものです。そこに触れることはできれば避けたいですし、人から責められるのではないかという防衛の気持ちも働きます。また、どうしてこんなことになってしまったのかと混乱するものです。
ですから、こうしてカウンセリングやプログラムに参加される方はすでに勇気ある行動を取られているわけです。とはいえ、変化に向けた気持ちの準備はまだできていないことが多く、まずは変化に向かう気持ちを高めることが必要になります。
暴力を使ったとはいえ、参加する父親自身も恐怖のある状況で自分を変えていくことはできませんから、カウンセリングやプログラムの場は、心理的に安全である必要があります。Caring Dads Programでも最初の数回はプログラムの場を安全なものに温め、「動機づけ」のプロセスに時間を使います。その後、再発予防と修復のテーマに取り掛かるのです。それではこの二つのテーマについて次に述べていきましょう。
4 暴力の再発予防について
再発予防とは、文字通り再び暴力を用いてしまうことがないように、工夫をして予防のための行動をすることです。家庭で暴力を振るう人は、その影響がこれほどまでに大きいとは予想せずに行動をしていることが多いものです。そのために、子どもや子どもの母親の反応が大袈裟だと感じていることもあるのです。大切な人を傷つけてしまったことに直面するのは辛いものですが、暴力の影響の大きさについて知識を得ることは、再発予防の必要性の認識につながりますので、まず、それを伝えなければなりません。
次に行動を振り返り、これまでの行動の分析をしていくことが必要です。暴力のきっかけになりやすい状況や引き金を理解すること。暴力を使うことを肯定してしまう価値観や考え方に気づき疑うこと。暴力の引き金となる状況に置かれた自分の心身の反応を捉え、制御する方法を身につけること。暴力につながりにくい日々の生活の仕方やコミュニケーションを考え、日常を整えていくことなど、すべきことは山盛りです。
例えばジロウさんは、暴力の前の状況において子どもや妻の顔を見ていないか、見たとしても「反抗的な顔だ」「自分を馬鹿にしている」などと、支配的な文脈で解釈していたことに気づきました。その表情を「反抗的」と捉えるか「不安・悲しみ・恐怖」と捉えるかによって、次の行動は変わってきます。再発予防の作業では、こうして振り返り作業を通して得られた気づきを使いながら、同じ状況になった時にどう行動するかのプランを作っていきます。そのプランはできるだけ現実的でないと実行可能性が薄くなりますから、妥当なものに整えないといけませんし、練習をして身につけることも重要です。例えば、イチロウさんは「カッとすると止められない」と言っていましたが、それを止めるためには、単純な我慢ではなく、自分の心身の反応にいち早く気づいて落ち着かせる手段を自分で行う必要があります。それには自分の内側の身体感覚や感情に目をむけて、キャッチしようとする習慣作りや、繊細な身体感覚へのセンサーを鍛えることが有効です。一般的に男性はこのセンサーが比較的弱いように感じます。これは男性は強くあるべき、能動的であるべきという男性性についてのメッセージを、社会から常に受けていることと繋がっているのかもしれません。
ジロウさんは子どもの発達段階についての学習が自分の行動選択の背景にある考え方を変えるのに役立ったと言います。思春期に差し掛かってきた娘に小学校低学年と同じような指示をしてもうまくいかず、むしろ不適切であることを意識することが役立つと感じたようです。
子ども中心、親中心の行動を意識することも、こうした再発予防の戦略の一つとなります。タロウさんが取り組んでいるのは子どもの母親をどのようにして尊重したら良いのか?という問題です。
そのきっかけは「子どもは可愛がっていたとしても、子どもの母親を見下したり、ダメ出しばかりするとしたら、それは子ども中心の行動なのか?」という問いかけです。父親が子どもの母親に支配的に関われば、子どもはその関係を学習します。また、自分に対しては温かい父親が母親に対しては一転して暴言を言うとしたら、それはさまざまな形で子どもと母親の関係にダメージを与えることになります。ですからそれらは子ども中心の行動とは言えません。直接子どもに対するよりもむしろ、妻に対する対応を変えることの抵抗感や困難感が上回ることもありますが、「良き夫でなくして良い父にはなれない」(Caring Dads Programより引用)という原理を覆すことはできないのです。
こうして、ここまでの振り返りと今後の行動のプランができていくと、それらを自分で説明することが可能になっていきます。それが暴力の責任を果たしていくことにつながり、修復のプロセスにつながっていきます。
5 関係の修復について
ジロウさんがカウンセリングに訪れたのは、何よりも家族関係の修復を求めたからでした。そして、それは多くの人が期待するよりもずっと時間と手間がかかるものです。しかし、父親が修復のために努力することは子どもにとっても良い影響をもたらすと考えられます。親のDVを経験した子どもたちへのインタビューをまとめた論文(Lamb,K. et.al. 2018 )がありますが、その子どもたちの言葉を私なりに要約すると、子どもたちは父親に次のようなことを求めています。
- 今までのやり方を振り返ってほしい(良くないやり方をしたことを認める・悪い影響を家族に与えたことを知る・謝って、現状を受け入れる)
- 変えることに取り組んでほしい(行動や態度を変える・変えていくプロセスを子どもの前で実践し、語る)
- 子どもからの信頼を回復しようとしてほしい(子どもと関わる時間をとる・子どもの視点に立って考える・父親として子どもに良い関わりをすると同時に子どもの母親に協力する)
これらはCaring Dads Programの内容とも非常に重なるものですが、大切なことは、子どもは父親を恨み続けていたくはないということです。やはり尊敬できる父親になって欲しいのです。では何が尊敬できることなのかといえば、間違いを認める勇気を示し、子どもからの信頼を回復するために行動を変え、誠実に子どもに向き合う姿でしょう。Caring Dads Programを開発したDr. Katreena Scott先生の言葉で、とても印象に残っているのは、「子どもが求めているのは強い父親ではなく、努力する大人です」という一言です。
カウンセリングやプログラムの中では、ロールプレイで子どもの気持ちを体験したり、子どもや母親へ謝罪することについても扱います。もちろん実際に謝罪できる機会が得られないこともあります。謝罪を受け入れるかどうかは、被害を受けた側が決めることだからです。しかし、もし機会が得られるのであれば、どのように謝るかは大きな違いです。自分の行動が子どもやその母親に与えた影響について想像して語れることや、再発予防の実践について説明できること、話すだけではなく子どもやその母親の話を聞けるかどうかもとても大切です。信頼関係の再構築はこのような対話を少しずつ積み重ねながら培っていくものです。
ジロウさんは、妻子が別居した当初は「早く戻ってくるように」と何度もメッセージを書いたようです。しかし、それをやめ、寂しいながらも妻の選択を受け入れていく気持ちが増えてきたと言います。プログラムを続け、まずは自分が変わっていきながら、妻や子どもが話をしてくれる機会を待つことも、信頼を回復するための行動であると納得できるようになっていきました。
6 家族と子どもの未来のために
「パパと怒り鬼」(https://www.hisakata.co.jp/book/detail.asp?b=5027)いう絵本があります。ノルウエーで作られた物語ですが、心に沁みる美しい日本語に訳されています。DVをした父親は子どもに謝り、王様の庭(DV加害者のプログラム)に参加します。そして自分の中の「怒り鬼」と対峙し、話し合い、変わっていくであろうプロセスが描かれています。子どもは「王様の庭」にいる父親を思ってこのように呟きます。
「パパは怒り鬼の背中を、ぽんぽんとたたいてやるだろうな。(中略)そいつらの手をとって、膝に抱いてやるだろうな。(中略)そうなれば怒り鬼はもう危険じゃない。地下に閉じこもりもしないよ。だって、パパが手をにぎって、気をくばってあげるもの。そしてちっぽけパパは、もう悲しくなんてならないだろう。」 ここに描かれているのは、まさに強い父親ではなく、自分の感情をケアして制御し、自分を大切にしようと努力する父親です。そうすることが暴力や怒りから父親を解放し、子どもにとって安心できる父親となるのです。
私たちは、例え暴力を用いてしまったとしても変化の可能性はあること、その努力は子どもやその母親にとっての希望にもなることをプログラムやカウンセリングを通してメッセージできたらと思っています。 父親プログラムに参加された方たちは、私たちスタッフの発言よりもむしろ、仲間の言葉や経験、努力が支えであり、心に刺さると言います。今、暴力と格闘中のお父さんが、この小論を通して間接的にでもタロウさん、イチロウさん、ジロウさんなど仲間と出会い、変化の道を進み、子どもとその母親の傷が癒やされていくことを願っています。