第1回 ハラスメントを理解し、リスクを下げる

◆ハラスメントとは?

 昨今では、「何にでも『ハラスメント』という言葉をつける傾向があり、人との関わりが窮屈に感じる」などという声が聞こえてくるほどに「ハラスメント」という言葉は、公的・私的両方の領域において浸透してきているといえるでしょう。2020年にはパワーハラスメント(以下、パワハラ)も法制化され、ハラスメント防止研修を実施する職場が年々増え、家庭内や親密な関係においては「DV」への理解が進む中で「ハラスメント」という言葉も普及しました。
 しかしながら、ハラスメント専門相談員の仕事をしていると、ハラスメント相談に訪れる相談者の多くが、「自分がされていることがハラスメントと言っていいかは分からないのですが・・・」「私がされていることはハラスメントでしょうか?」とおっしゃいます。「ハラスメント」という言葉が生活の中で定着してきているにもかかわらず、自分がされていることがハラスメントであると判断できるほどにハラスメントという言葉を理解しているとは限りませんし、自分のされていることをハラスメントとして第三者に分かりやすく言語化できるとも限らないということです。
 さらに、セクシュアルハラスメント(以下、セクハラ)やパワハラが法制化され周知されることで、加害が、ハラスメントの中でも「見えづらい暴力」と称される「モラルハラスメント」(以下、モラハラ)に移行しています。モラハラは、「見えづらい」ハラスメントと表現されるだけあって被害者も周りもハラスメントであると認識するのに時間がかかり、さらには被害者が被害を受けていることに気づくどころか、被害者の多くが「自分も悪い」と思い込んでいることが特徴です。モラハラという言葉は、ここ数年よく聞かれるようになりましたが、新たなハラスメントまたは暴力の形ではなく、セクハラやパワハラ、DVの背景にモラハラが潜んでいることは珍しくありません。職場の同僚、家族、友人や社会活動における仲間など身近な人との関わりの中で、モヤモヤしたり、言葉にできない不快感や不安感が強くなっている要因がモラハラであることに気づく人は少なくありません。
 私たちがハラスメントの被害や加害のリスクを下げるためには、まず、ハラスメントについて理解し、自分がされていることを言語化できるようになることが重要です。そして、こうした言語化は、相談員や家族、友人、同僚など被害者を支援する側が、被害者が「被害」(ハラスメント)を言語化するプロセスを助ける際に役立ちます。被害者がハラスメント被害について言語化できるようになると、被害への認知が進み、自分を守る意識の向上にもつながります。
 ハラスメントは、通常「嫌がらせ」と和訳されていますが、元々の英語(harassment)には、執拗に、繰り返し、継続的にといった意味が含まれています。ハラスメントという言葉の本来の意味は、「執拗に(継続的に・繰り返し)相手を不快にしたり、人格や尊厳を傷つけたり、不利益を与えたり、脅威を与える言動」のことです。
 こうした不快感や傷つきは、誰からされるか、どういう関係性か(信頼関係の程度)によって差があるため、セクハラやパワハラなど法制化されたハラスメントがあるものの、明確に、そして具体的にどこからがハラスメントになるかの線引きが難しいのが現実です。極端な例では、同じ行為や言動でも、Aさんからされたら嬉しくて、Bさんからされたら不快と感じる場合もあり、関係性や信頼、環境や文化背景等でされた側の捉え方が変わる可能性があるため、明確に線を引くことで却って秩序が保てなくなるリスクもあります。さらに、「熱心な」指導など、その程度によっては、「攻撃」だけではなく「支配(コントロール)」もハラスメントになるリスクがあります。
 具体的にどういう言動がハラスメントになるかの線引きが難しい中で、私たちは何を基準にハラスメントかどうかを判断することができるのでしょうか?その判断の助けとなるのが、ハラスメントの構造です。

◆ハラスメントの構造を理解する

 ハラスメントの構造を理解するとは、加害者が、そして被害者が何を目的にやりとりをし、そこにどのような心理が働いているかを理解することです。ハラスメントの構造においては、加害者の目的は「攻撃」や「支配(コントロール)」であり、被害者の目的は「意思の疎通(コミュニケーション)」です。被害者は、加害者に自分の気持ちや考えをわかってもらいたくてあの手この手で意思の疎通を図りますが、一方で、加害者は、被害者があの手この手で抵抗してくればくるほど高揚し、被害者をコントロールしたい気持ちが強くなり言動がエスカレートする傾向があります。例えば、食事の誘いを断るためにあの手この手で「行けない理由」を伝える相手に対して、婉曲的な「NO」を「断り」と捉えずに相手を食事に誘い続け、最後には自分の思い通りにならない相手を責め立てて(攻撃)、相手が食事に行かざるを得なくなるように仕向けたり(コントロール)します。
 加害者の「目的」が「攻撃」や「支配」である以上、被害者が「意思の疎通」を目的に加害者とコミュニケーションを図りやり取りを重ねても、目的が違う両者が交わることはなく、むしろ加害がエスカレートするリスクが高くなるというのがハラスメントの構造です。この構造における重要なポイントは、ハラスメントは、「被害者の努力で改善できる問題ではない」可能性が高いことです。そのため、被害者にとっては、自分の健康や将来の可能性を守るために「撤退」(一旦物理的に加害者から離れること)がベストな選択になることもあります。なぜなら、加害者による「攻撃」や「支配」が繰り返されることで、健康を失ってしまうとその健康に伴う将来の可能性まで失ってしまうからです。「撤退」を負けること、逃げること、泣き寝入りすることと捉える被害者は少なくありませんが、「天秤の片方にあなたの健康やそれに伴う将来の可能性を乗せた時に、もう片方に加害者を乗せる価値がありますか?」と問うと、「(加害者を)天秤に乗せる価値はない」と答えます。この認識は、被害者が自分を守る意識を持つために必要な第一歩です。
 次に重要なポイントは、ハラスメントにより被害者は十分傷つきストレスを抱えているにもかかわらず、加害者を変えられなかった、はっきりと「NO」と言えなかったなどと自分を責めて、自分で自分を傷つける悪循環に陥りやすい状態にあります。加害者の目的が「攻撃」や「支配」であり、「被害者の努力で改善できる問題ではない」以上、被害者自身が「自分ではコントロールできないことで自分を責めない」という意識を持つことが回復には必要になります。

◆モラルハラスメントとは?

 モラハラとは「言葉や態度、身振りや文書などで人格や尊厳を傷つけたり、精神的に追い詰めたり、雰囲気を悪化させる行為」をさします。ハラスメント加害の特徴の一つは「支配」ですが、モラハラにおいては「操作性」によるコントロールが特徴です。例えば、親しくしていた誰かから急に無視されると、「あれ?(自分が相手に)何か悪いことでもしたかな」とわが身を振り返る人がほとんどです。無視してきたのは相手の方なのに、無視をされた側が罪悪感や自責の念を誘発され、被害者の方が「自分が悪い」と思わされます。これが「受動的攻撃」というモラルハラスメント特有の「操作性」です。また、加害者が始めた無視という行為が繰り返されることで、居心地が悪くなった被害者も加害者を無視するようになると、第三者から見てどちらが加害者でどちらが被害者かを見極めることが難しくなります。加害者は、そうした状況を利用してあたかも自分が「被害者」であるかのように振る舞い、「本当の被害者」をさらに追い詰めます。加害者の特徴の一つとして、加害者はターゲットにした被害者以外の人にはとても良い人を装っていることも多いため、周りの人に被害を訴えてもなかなか理解してもらえないことも珍しくありません。
 モラハラ加害者が用いる「操作性」には、他に「二重基準(二重拘束)」があります。例えば、被害者がエアコンを勝手に切ると怒るのに、切っても良いか尋ねると「自分で判断できないのか!」と蔑み、被害者の罪悪感や自責の念を刺激し、時に「無能な人間」であるかのように思い込ませます。被害者は、何をやっても自分が不利な立場に置かれ、正解のない迷路に迷い込み、自分の価値観や基準が通用しない相手を前に混乱します。「自分の方が悪い(おかしい)」と思わされるアプローチが繰り返されることで、被害を受けていながら頻繁に「自分も悪い」と言うのがモラハラ被害者によく見られる傾向です。
 他に、「NO」が通じず、非常にしつこいという面があります。被害者からすれば、はっきり「NO」を言うと攻撃されたり何倍にもなって仕返しされる恐怖感や不安感、面倒臭さなどから、婉曲に「NO」を伝えるのですが、加害者はそれを「NO」と解そうとはせず、自分に都合良く解釈し、加害者の思い通りになるまでしつこく繰り返します。最後には、被害者は、一度応じれば止めてくれるのではという幻想にすがりたくなり、屈してしまいます。一度応じたことで加害者は被害者の弱みにつけこみ、その後被害が繰り返されることもあります。
 また、完全な嘘ではないものの、とても小さな事実の上に、加害者に都合の良いように(被害者が不利になるように)脚色したり、話をすり替えて周りに流布し、いつの間にか被害者が悪者にされていたりします。被害者が周りに事実を理解してもらいたくても、周りに言い訳をしているように捉えられないかが不安になり、弁明する機会さえも奪われます。加害者のこうした話術には躊躇がないため、周りが加害者の話を信じ込んでしまうことも珍しくありません。
 モラルハラスメントの加害者の多くは、自己防衛心が強く、自分が悪かったと認めることは非常に苦しい作業なため、他人のせい、組織のせい、社会のせいにすることで自分を守っています。そのため、自分以外のもののせいにするような話のすり替えが巧みで、被害者はコントロールされている(被害を受けている)という確信が持てないまま、「お前のせいだ」と言われ続けることで、被害を受けているにもかかわらず自分を責めていることがよくあります。
 人間の心理として、明らかに「支配(コントロール)」されると感じると、反発や抵抗を誘発しますが、モラハラの「操作性」においては、被害者が自責の念や罪悪感を刺激され「自分の方が悪い」と思い込まされることによって反発心や抵抗心が出にくく、まるで被害者が自ら加害者に従っているかのように加害者の思うがままになっていきます。被害者はどこかモヤモヤしながらも、加害者の思い通りにしないと事が治まらない、事が前に進まないという経験を繰り返す中で、「お前が悪い」と言われ続け自分の判断に自信が持てなくなり、加害者の顔色を伺うようになります。操り人形のように心的に操作されるようになった被害者との間で加害者は主従関係を確立します。人の心を操るモラハラは、被害者の加害者に対する執着を強め、被害を長引かせ、精神的に大きなダメージを与える点において「脅威」と言っても過言ではありません。
 被害のリスクと加害のリスクを減らすためにも、まずはモラハラについて具体的に理解することが必要です。第2回では、「不機嫌」がモラハラになる関係・ならない関係の違いを中心に、より深くモラハラについて掘り下げ、被害者対応についても一緒に考えてみましょう。