第2回 ヤングケアラー支援の課題―ケアフルな社会の構築に向けて―

◆ケアとジェンダー

 数字だけに注目すると、ケアラーの性差は縮小する傾向にあります。2020年に埼玉県が実施した高校生に対する調査では、ケアラーの男女比は、女性58.9%に対して男性39.0%となっています。たしかに、私の周りにも、精神疾患をもつシングルマザーを支える男子高校生、しょうがいをもつ姉と病気の親をケアしている弟という立場のケアラーなど、若い男性ケアラーがいます。きょうだいの数だけでなく、家族構成員の数も減少しているなかで、もはや、ほかに頼れる人がいない状況の中で、子ども・若者がケアラーになっているため、ジェンダーによるケア役割の不均衡な配分すらできない状況があります。
 しかし、量的な差の縮小によって、ジェンダー格差が解消傾向にあると判断するのは、性急と言わざるを得ません。実際に、男性きょうだいがいる女性ケアラーが、男性きょうだいよりも多くの役割や負担を求められるケースは、枚挙にいとまがありません。男きょうだいがいても、女性には、ケア役割と親和的な進路選択、もっといえば自分が希望する進路の断念が、家族から要請されることもあります。
 また、賃金格差に如実に表れているように、労働市場における女性の位置づけは、男性と比べて圧倒的に不利です。ライフコースを通じて女性は、自分自身の進路が制約を受けざるを得ないだけではなく、ケア責任ゆえに、非正規雇用しか選択することができない、ケア状況に応じて転職や離職を迫られやすいのです。ジェンダーを連動したケア責任は、女性自身の個人的「選択」とみなされやすく、非正規雇用の不十分な身分保障を正当化する論理になっています。
 残念ながら、現在の日本社会は、ケア責任を引き受けることによる社会的不利が、時間の経過とともに、軽減されることなく、むしろ累積し、格差を広げる方向に作用していると言わざるを得ません。世代とジェンダーという変数から、ケアラーのライフコースを考えるならば、ケアを私的な責任に押しとどめ続けている社会のあり方こそが問われなければなりません。

◆なぜSOSを出しにくいのか

 よく相談支援にかかわって、「一言相談してくれればよかったのに」という支援者からの言葉を耳にします。こうした理解には、「なぜ相談しづらいのか」という視点が抜け落ちてしまっています。
 先に挙げた全国調査では、7割の中学生・高校生ケアラーは、誰にも相談していません。子どもは生まれてくる家族を選ぶことができません。自分の家庭で起こっていることを「当たり前」だとしか思えない子どもたちは、自分たちのことをそもそもケアラーだと思っていません。ましてや、自分のモヤモヤとした気持ちを相談してもいいという発想自体をもちあわせていないこともあります。また、メディアで報道されるヤングケアラーのイメージは、大変な苦労をしている「かわいそうな」子どもたち、という描かれ方が多くなっています。子どもたちは、かわいそうだとは思われたくありません。みんなと同じでいたい。「スクールカウンセラーを利用したら、そんなやつだって思われる。だから使いたいとは思わなかった」と、高校生時代を振り返って語った男性の言葉は、とても象徴的です。また、家族に対して偏見を持たれたくないという思いもあります。
 学校教育では、2018年度から小学校で道徳が特別教科になりました。「親切・思いやり」「国や郷土を愛する態度」といった価値とならんで、「家族愛」も項目に入っています。家族は相互に協力しあうものというメッセージは、子どもたちが、自分が抱え込んでいる負担や将来の不安、「しんどい」とか「いやだ」と思う気持ちを封印させてしまいます。さらに、介護や医療といったケアの現場でも、家族は、あくまでも人的資源として、第一義的にケア責任を引き受けるべき、という考え方が依然として残っています。ケアにかかわる子ども・若者ですら、「家族思いのいい子」で片づけられてしまうことがあります。子どもたちの「声」は必ずしも、言葉による明確なものとは限りません。声が出しづらい環境の中で、押し殺されてしまっていることも少なくありません[注1]。具体的にどんな支援をするのかを考える前に、まずはきちんと子ども・若者の、声にならない声にじっくり向き合う姿勢が何よりも求められています。

 私たちは、20219月から、子ども・若者ケアラー当事者5名を含む発起人7名で、「子ども・若者の声をとどけようプロジェクト」を立ち上げました。

 子ども・若者ケアラーをめぐる問題の根源は、子ども・若者をケアに動員せざるを得ない状況に追い込まれている家族を放置している社会の仕組みにあります。子ども・若者を権利主体として真ん中に位置づけ、彼らの声に耳を傾けることから、真の支援が切り開かれていくのではないでしょうか。

◆ケアフルな社会の構築にむけて

 政府は、ヤングケアラー支援として、ピアサポートの充実、学校や地域の目を通じたヤングケアラーの早期発見、福祉サービスの柔軟な運用の検討といった支援策を検討しています。しかし、救済や保護の対象としての「子ども」という視点が、親の養育責任の強調につながってしまうことは本末転倒です。子ども・若者ケアラーを取り巻く生活課題は、ケアを抱える家族への社会的な支援が圧倒的に不十分であることに起因していることをきちんと理解する必要があると思います。子どもだから支援が必要、というだけではなく、ケア責任を抱えて生きることへの支援、すなわち「ケアラー支援」という視点が重要です。
 地方自治体レベルでは、ケアラー支援条例制定の動きが少しずつ広がっています。現在、7つの地方自治体で、ケアラー支援条例が制定されています(20222月末現在)。三重県の名張市も、20216月にケアラー支援条例を制定しています。全国の自治体で初めて条例を制定した埼玉県では、「ケアラーの支援は、全てのケアラーが個人として尊重され、健康で文化的な生活を営むことができるように行われなければならない」(第31項)ということを、ケアラー支援の基本理念としています。子どもだけではなく、すべての世代のケアラーの人権保障の視点こそ、子ども・若者ケアラー支援の土台となるでしょう。
 少子高齢化、家族の小規模化によって、あらゆる人が、人生のいずれかの段階でケアを引き受ける社会に突入しつつあります。ケアは、私たちみんなの問題なのです。人間の命を支えるというケア経験には、学ぶべきことがたくさん凝縮されています。しかし、ケア負担の大きさゆえに、自分が希望する人生を生きられないことで、ケアのプラスの側面ですら、負担としか感じられなくなってしまうことは、とても残念なことです。ケアしケアされる人間関係やケアにかかわる時間がきちんと尊重される社会、特定の人にだけケア責任が偏らない、多くの人々が安心してケアにかかわれる社会、すなわちケアフルな社会に向かうために、ケアラーの人権保障という視点は、今後ますます重要になっていくのではないでしょうか。


[注1] 栄留里美・長瀬正子・永野咲『子どもアドボカシーと当事者参画のモヤモヤとこれから―子どもの「声」を大切にする社会ってどんなこと?』明石書店