第1回 職場の性の多様性について、企業が取り組むのはなぜか?

5年前とは全然違う! 職場における性の多様性についての意識の変化

 職場における性の多様性についての企業の意識は、ここ数年で大きく変わりました。
 別の調査なので単純に比べられるものではありませんが、2016年の調査で「LGBTという言葉を知っていた」と答えた人は47.1%だった(注1)のに対し、2019年の調査では「性的マイノリティが社会にいることを知っている」と答えた企業が 93.0%でした(注2)。
 また、2015年、2019年と継続的に行われた意識調査を比較すると、同僚が同性愛者だった場合について「いやだ」と答えた人の割合は、2015年41.8%→2019年28.3%と大きく減少していて(注3)、職場に性的マイノリティがいることに対して抵抗感が少なくなっているのがわかります。

 私の実感でもずいぶん変わったと思います。
 5年くらい前には、性的指向(どのような性別の相手が恋愛や性的欲望の対象になるか)や性自認(自分の性別をどのようなものだと認識しているか)の問題について話をしようとすると、「職場でする話ではない」といった反応がかなりありました。おそらく、性的指向や性自認の話が性愛について「だけ」の話だと誤解されていたのだと思います。
 しかし、性別に事情があると、服装、名簿、トイレなど、職場の様々な場面で性別を意識せざるをえず、そのことで働きにくくなっている場合、根本的に改善するには職場ぐるみの対応が不可欠です。
 また、従業員のパートナーの事情(看護、介護や育児など)が仕事に影響することがあるのは、パートナーが同性でも異性でも同じです。
 つまり、性的指向や性自認の話は、日常の労務管理の話であり、長期的なワークライフバランスの話であり、むしろ「職場でするべき話」なのです。
 さらに、国連で人権問題として扱われていること、厚労省が出している公正な採用選考のパンフレットやパワハラ防止法の指針に性的指向・性自認について明記されていることなども知られてきて、最近では、企業としてきちんと対応しなければならない問題だと認識している人がほとんどだと感じます。

 2019年の調査で「性的マイノリティが働きやすい職場環境をつくるべきと思う(どちらかといえばそう思う、も含む)」と答えた企業が72.6%にのぼった(注4)ことを見ても、企業の理解は醸成されつつあると言えるでしょう。

「取り組むべき」とは思っているけれど・・・ 企業の取り組みの状況

 ただし、こうした意識の変化が取り組みに結びついているかというと、実はそうでもありません。
 性的マイノリティに関する取り組みを実際に行っている企業はわずか1割。しかも従業員規模による差が大きく、1000人以上の企業では4割以上が何らかの取り組みを行っている一方、999人未満の企業では9割以上が何もしていません(注5)。
 また、この調査に回答した企業の本社所在地を見てみると、中小企業を含む全体では地域的に分散していますが、1000人以上の企業は4割が東京に本社を置く企業です(注6)。大企業の半数近くが東京都の状況を反映した回答をしていると思われ、この取り組み状況の差は、従業員規模の差であるだけでなく、地域の差でもあると思われます。
 つまるところ、今後性的マイノリティに対する意識に取り組みが追い付くかどうかは、現時点では実施率が低いとみられる中小企業や東京以外の地方の企業の動き次第、と言えるかもしれません。

取り組んだ方が得をする? 企業が施策に取り組む意義

 では、今取り組みを行っていない企業が、わざわざこれから取り組むべき理由があるでしょうか。
 2019年の厚労省ダイバーシティ事業では、職場における性的マイノリティに関する取り組みの事例を集めていますが、事例の整理の軸の一つとして、取り組みの意義(どのような理由で取り組みを行ったか)ごとに分けています(注7)。その分類を参考に、取り組みの意義を整理してみましょう。


(1) 多様な人材が活躍できる職場環境の整備
 まず、経営戦略として取り組む場合があります。
 経済産業省は、「経済のグローバル化や少子高齢化が進む中で、我が国の企業競争力の強化を図るためには」「多様な人材の能力を最大限に発揮し、価値創造に参画していくダイバーシティ経営の推進が必要かつ有効な戦略」という認識を示しています(注8)。
 また、生産性向上という意味でも、性的マイノリティが活躍しやすい職場環境をつくることは有効です。アメリカのGoogleが行ったプロジェクトで、生産性の高いチームでは共通して「心理的安全性」(チームのメンバーが、互いの前でリスクある行動をとることができ、互いに弱みを見せられるような安心感のある環境や雰囲気のこと)が高いことが明らかになりました(注9)。自らが性的マイノリティであることを公表しやすい、心理的安全性が高い職場では、労働生産性も向上する可能性があります。

(2) 性的マイノリティの当事者が働きやすい職場づくり
 実際に性的マイノリティの従業員がいる場合に、その従業員からの相談に対応する形で取り組みが進むこともあります。
 企業が相談に適切に対応して取り組みを進めた場合、退職による人材の流出を防ぐことができるだけでなく、取り組みの実績や制度を知って応募してくる新たな人材を獲得できる可能性もあります。

(3) 社会的気運への対応
 社会や他社の状況を見て取り組みを始める場合もあります。
 企業が性的マイノリティ支援の施策を行うべきだという認識が社会の中である程度共有されている場合、施策を行うことが社外へのアピールになる一方、何の施策も行わず責任を果たしていない企業だと認識されたときには顧客・株主・取引先・求職者などが離れてしまうおそれがあります。

(4) 人権尊重やコンプライアンス対応の観点から
 労使間のトラブルや行政からの指導、訴訟などに発展するリスクを考えて取り組む場合もあります。
 トラブルになった場合、差別的取扱いやハラスメント行為を行ったのが一人の従業員または役員だけだったとしても、企業が安全配慮義務違反や使用者責任を問われてしまいます。

(5) 事業やサービスの展開を契機として
 性的マイノリティに向けた事業やサービス、商品を開発・提供したことをきっかけに、顧客や取引先だけでなく自社内の性的マイノリティに関する施策も行うべきだと気づく場合もあります。

 職場における多様な性のあり方について企業が取り組みを行うのは、取り組まないことで損害が出るおそれがあるからというだけでなく、取り組むことで企業が得をする可能性があるからでもあります。
 「守り」の意味でも「攻め」の意味でも意義のある施策であることが、より多くの企業に伝わることを願っています。


(注1) 日本労働組合総連合会「LGBTに関する職場の意識調査」(2016年調査プレスリリース)、P.3
(注2) 三菱UFJリサーチ&コンサルティング『令和元年度 厚生労働省委託事業 職場におけるダイバーシティ推進事業 報告書』2020年3月 (以下、資料Aとする)、P.55
(注3) 釜野さおり・石田仁・風間孝・平森大規・吉仲崇・河口和也
2020 『性的マイノリティについての意識:2019年(第2回)全国調査報告会配布資料』 JSPS科研費(18H03652)「セクシュアル・ マイノリティをめぐる意識の変容と施策に関する研究」(研究代表者 広島修道大学 河口和也)調査班編
(注4)資料A、P.58
(注5)資料A、P.64
(注6)資料A、P.37
(注7)三菱UFJリサーチ&コンサルティング『多様な人材が活躍できる職場環境に関する企業の事例集~性的マイノリティに関する取組事例~』2020年3月、P.18-26
(注8)「新・ダイバーシティ経営企業100選」サイト「事業の概要」 https://www.meti.go.jp/policy/economy/jinzai/diversity/kigyo100sen/outline/index.html#page01
(注9) 2012年「Project Aristotle」
https://rework.withgoogle.com/jp/guides/understanding-team-effectiveness/steps/introduction/