第1回 私たちが知らなければならないDVの実態とアフターコロナを見据えての課題

 ウィメンズネット・こうべがDV被害女性の支援に取り組むようになったきっかけは、1995年の阪神・淡路大震災です。女性支援ネットワークをたちあげ、電話相談を始めるとその6割が今で言うドメスティック・バイオレンス(DV)でした。当時は、災害時における女性に対する暴力(DV・性暴力)は全く問題にされていませんでした。初めて受けた相談は19歳の女性から。「彼とアパートで同棲していて被災し、自分の実家も被災した。仕方なく彼の実家に居候。妊娠8ヶ月。彼はもう子どもなんかいるもんかと言って殴ったり蹴ったりする」と。私が「彼の家族はあなたを守ってくれないんですか」と聞くと「彼の家族は、『あんたが息子を怒らせるんやで。頼むから息子を怒らせんようにして』というばっかりで誰もかばってくれない。家を出たくても初めての出産で、回りは焼け野原で1人で子どもを育てていく自信がない」と泣かれました。別の女性は「家が燃えて、なおかつ10年のローンが残っている。夫の実家に居候。夫の会社の取引先もつぶれたせいか、毎晩のように殴る蹴るを繰り返す。夫が帰ると料理を並べてじっと下を向いて夫の目も見ないようにしている。でも、何か文句をつけて殴ったり蹴ったりする」と。このような相談が次々と入る中で、多くの女性が最後に「皆さんが被災して大変な時に、こんな家庭内のつまらない揉め事を相談する私はわがままでしょうか?」と言われました。

 DV相談は増える一方だったので、シェルターをつくりたいと、1997年にサンフランシスコにシェルター見学に行きました。そこで、災害時の女性への暴力被害調査報告(1990年)を入手しました。

  1. レイプは日頃は顔見知りの犯行が殆どである。しかし災害時は行きずりの犯行が多くて3倍に上った。
  2. 地震は暴行が引き起こすのと同じ絶望的無力感を引き起こし、過去の性的暴行や性虐待のトラウマに苦しむ女性からの電話件数が25%増えた。
  3. 母親の過剰責任から児童虐待がとても増えた。
  4. DVが増え、保護命令の申請が50%も増えた」など。驚いたのは「暴力を選ばない男たちの会」が「『地震が暴力の口実になってはいけない。妻を殴る前に僕たちに電話して欲しい』というキャンペーンをした。家庭内暴力、DVを災害状況下では仕方のない、つまらない揉め事だと考えないでいいように、日頃から女性たちを教育しておく必要性がある。

など。
驚いたのは「暴力を選ばない男たちの会」が「『地震が暴力の口実になってはいけない。妻を殴る前に僕たちに電話して欲しい』というキャンペーンをした。家庭内暴力、DVを災害状況下では仕方のない、つまらない揉め事だと考えなくていいように、日頃から女性たちを教育しておく必要性がある」と提言していることでした。それは、災害時に電話相談で聞いた日本の女性たちの言葉そのものだったからです。ある民間女性シェルターの報告には「暴力のやり方が際立ってひどさを増し、DVが殺人事件に及んでしまった。皮肉なことに、シェルターにいる人の数が異常に低くなったが、助けを求めてくる女性はより残虐な暴行を受けている。災害の引き起こした混乱と不安定さのために、暴力の起きる状況下により長く留まる傾向があった。職は減り、他の住居に移れる可能性も減っていて、生活を変えるとより一層危険が大きくなるからだ」と。報告書は結論として「災害後、女性に対する暴力が増加することを予測しておくべきであり、防止活動が災害救援の中に組み込まれなくてはならない」とありました。30年前のアメリカの報告ですが、女性を取り巻く社会状況は今の日本に近いのではないかと思われます。

 DVについて2017年の内閣府の調査によれば、既婚女性の3人に1人がDVを経験し(約1689万人)、その内、7人に一人が生命の危険を感じるような暴力を受けている(約523万人)とのことです。DVは身体的暴力だけでなく、精神的、性的、経済的暴力等も含まれます。相手の言動を怖いと感じたら、それは暴力(DV)を受けているということです。問題は、被害女性の1割程度しか家を出ていないこと。理由の65%は子どものため、45%はその後の経済的見通しがたっていないとのことでした。「家庭を壊してはいけない」「あなたさえ我慢すれば、子どもから父親を奪わないですむ」等の言葉も、彼女たちをDV家庭に留める要因になっていますが、面前DV(子どもがDVを見聞きすること)は児童虐待であり、子どもの心身に与えるダメージは深刻です。私たちは「子どものために我慢するより、子どものために一歩踏み出す勇気を持ちませんか?」と声をかけています。DV家庭に留まっている女性を責めるのではなくて、暴力のある家庭の中に留まらざるをえない社会状況や周囲の人々の認識を変えていくことが重要です。

 先日、イギリスの民間シェルタースタッフと話をしたところ、「新型コロナの影響でDVが増加し、多くの女性が家を出ている。イギリスではDV被害があれば、家をでることは当たり前のこと」だそうです。1994年の欧州女性施策視察報告書によれば、「イギリスでは、女性がDVで助けを求めると警官と女性のDV担当者が来て、保護された後、恒久的住居か、臨時的住居(保護シェルター)かを本人が選ぶことが出来て住居は必ず与えられる。さらに経済的支援、長期のカウンセリングを提供する、それは自治体の責務である」と。その後も法律は整備され、今では被害者は逃げなくていいそうです。「何もしていない市民はそこに住む権利、市民権がある。財産権が夫婦のどちらにあろうとも、平和に暮らしている人を脅かした者、市民権を侵害した者こそが立ち去らねばならない」とのこと。当団体のシェルターに滞在した男子高校生が「なんで何もしてないのに俺らが学校もやめてこんな知らないところに来て、俺たちを殴ったり蹴ったりしたオヤジは普通に生活して会社に行ってるんや!」と怒りました。私も「DVが犯罪であるならば、被害を受けた人がなぜ逃げなくてはならないのか!」といつも理不尽に思います。子どもの怒りは社会への怒り、大人への不信に繋がります。

 新型コロナパンデミックは、全世界に広がっています。「STAY HOME」が頻繁に叫ばれる状況が続き、今後は世界恐慌並みの経済不況になるという予測もあります。残念ながら「全ての家庭が安全である」というのは幻想です。あなたの姉妹や友人、職場の同僚や隣人が家庭の中で、DVや虐待に苦しんでいるかも知れないのです。災害時に突然DV(暴力)が起きるのではなく、普段からDV関係にある家族において、ストレスフルな状況が続くことで、支配の強化や暴力がより激しくなる傾向があるのです。リモートワークで終日、夫が家にいることで恐怖と緊張から寝込んでしまった女性もいます。休業補償がなければ、感染の不安はあってもお店を閉じられないように、その後の住まいや経済的支援が保障されていなければ、DVから逃れることは困難です。国連女性機関(UN Women)のムランボ・ヌクカ事務局長は、「女性に対する暴力という隠れたパンデミック(世界的大流行)が増加しています」と述べています。そのせいか、今までの災害時とは異なり、国のDV被害者への対応は素早いものがあります。災害時にいつも問題になる、給付金が世帯主に支払われる制度の中で、今回はたとえ女性が住民票を移していなくても、DVセンターや民間支援団体等の証明があれば給付金を受け取れます。防災は日常から始まります。DV被害女性のその後の生活再建への支援が、平時からより充実したものに変わればと期待しています。

※新型コロナウイルス感染拡大情勢下におけるDV被害の増加を受けて、内閣府男女共同参画局がDVに関する相談窓口の開設などの取組を行っております。
内閣府男女共同参画局より新型コロナ感染症対策関連のお知らせ へのリンク