第1回 高齢女性の貧困と支援の実態

1.はじめに

 「貧困が一定程度広がったら政策で対応しないといけませんが、社会的に解決しないといけない大問題としての貧困はこの国にはないと思います」

 これは、2006年6月16日の朝日新聞紙上での総務大臣(当時)竹中平蔵氏の発言である。
 この当時、すでに貧困率は15.7%であったが、当時は、貧困率は公表されておらず、政府としてもこの大臣の発言にあるように、貧困を政策的な課題としては認識していなかったのが実際のところだろう。
 「低消費水準世帯調査」が1966年に中止されて以降、日本で貧困について測る指標やデータは公表されておらず、相対的貧困率がはじめて政府から発表されたのも民主党(当時)政権になった2009年からである。

 そして、2008年秋のいわゆる「リーマンショック」と、それによって巻き起こされた「派遣切り」と呼ばれる事態(主に製造業などで派遣労働者が大量に雇止めを受けた)が拡がるにつれ、景気の悪化と失業者の増加に対応するために、生活困窮者支援という領域が政策的にも検討されるようになった。今でこそ、「貧困」という社会問題は、多くの人が身近に認識するようになったものの、本格的に対策が考えられるようになったのは、まだ10年足らずのことであると言えよう。

 そして、2013年に「子どもの貧困対策基本法」が成立してからは、「子ども食堂」などの活動の広がりとともに、地域で低所得の子どもたちの学習の機会や、団らんの場をどう確保していくか、どう作っていくかが、少しずつではあるが議論され、政策になったり、各自治体で予算化されるなどの動きが見られてきた。

 このように、失業者への求職者支援や、貧困家庭に育つ子どもへの支援は、徐々にではあるが、クローズアップされ、社会的にも取り組まれ始めていると言っていいだろう。

 では、「女性の貧困」は、どうであろうか。
 この社会で女性が置かれている環境は必ずしも十分なものとは言えない。

2.「雇用」から見た「女性の貧困」

 まず、「雇用」について見てみよう。たとえば、総務省就業構造基本調査によれば、「非正規の職員・従業員として初職に就いた者」の割合(これは、学校を卒業したあとに最初に就いた職が非正規だった割合のことだ)を見ると、2007年10月から2012年9月の集計で、男性が29.1%にも関わらず、女性は49.3%と極めて高いことがわかる。(図1)

「非正規の職員・従業員として初職に就いた者」の割合
図1:初職の非正規率(男女別)

 これは、あくまで「初職」なので、その後に正社員になったり、収入が増加する人もいるのは間違いないのではあるが、男女でこれだけ「雇用」において差が出てしまうと言うことは数字でみるとインパクトのあるものだ。

 また、厚労省「ユースフル労働統計2016」によれば、いわゆる「生涯賃金」(40年間働いた場合、合計でいくら収入をもらえたか)の男女差は非常に顕著である。大卒・大学院卒の学歴で正社員だった場合、男性で2億7000万円の生涯賃金であるが、女性は同じ大卒・大学院卒で正社員であっても2億2000万円ほど。高卒で非正規労働だった場合でも、男性が1億3000万円であるのに対して、女性は1億円と、女性の方が圧倒的に低くなっている。同じ学歴、正規・非正規等の雇用状況が同じであっても、男女で比べたときに女性の方が賃金が低く、男性の約3分の2程度しかもらえていない。今の日本社会は男性と同等の能力や意欲があっても、機会を得られなかったり、報酬面で必ずしも平等ではない実態があるのだ。(図2)

学歴・性別別の生涯賃金
図2:学歴・性別別の生涯賃金(筆者作成)

3.シングルマザーの貧困

 また、シングルマザーの貧困は、非常に顕著である。厚労省の2013年「ひとり親家庭の支援について」によれば、母子家庭の就労率は約80.6%であり、OECD諸国(北米やヨーロッパなどの先進諸国)のなかで、最も高い。にも関わらず、平均の年間の就労収入は約181万円となっている。この181万円は手取りの金額ではなく、額面の金額であるから、ここから、税金や社会保険料を引いたものが手取りのお金(可処分所得)となる。月収で言うと12万円程度にしかならない計算になる。
 もちろん、就労収入だけではなく、児童扶養手当や離婚などの場合は養育費などをもらっている場合もあるが、それでも子どもを育てて生活していくのには厳しい金額だ。であるがゆえに、母子家庭の貧困率は54.6%と、同じくOECD諸国のなかで最も高い部類に入る。

 多くのシングルマザーは、子どもを育てながら、働いているが、非正規等が多く、収入が低い。そして、なかなか低所得状態から抜け出すことができない。また、特に離婚や非婚のシングルマザーの場合、社会的にも「自己責任」などの論調によって、不当に責め立てられたり、家族や親族、地域から孤立してしまったり、経済的に苦しいことでさまざまな選択肢が奪われ、追いつめられてしまうこともある。一人で子育てをしながら生活を営んでいくことは並大抵のことではない。そこに、支援が届いていない、用意されていない、というのは大きな問題であるのは間違いない。

4.高齢女性の貧困への支援は?

 日本では、「雇用」においてもそうであるし、社会のまなざしや支援という意味でも、女性の貧困への取り組みをしている、とは言い難い。

 たとえば、働ける年齢の女性であれば、同じ状況の男性と同様、就労支援や求職者支援などのプログラムを利用することができるし、生活保護などの仕組みもある。しかし、そこから仕事を見つけて「自立」をしようと思っても、女性に対しては「雇用」の面でも先述したように男性と顕著な差が生じていて、大きな壁となっている。社会の側に大きな障壁を作ってしまっている状態で、それを自助努力で越えろと求めるのは酷なことであろう。

 そして、高齢女性の貧困というのは、あまり語られる機会は少ないが、大きな問題である。人生100年時代と言われる昨今、女性の方が男性よりも平均寿命が長いことは有名であるが、現役で働くことができるのはせいぜい60代ごろまで。個人差はあるが、80代でバリバリ働いている、などの人はほとんどいないだろう。そうなると、生活を支える頼みの綱は年金ということになる。

 厚労省の年金制度基礎調査を見ると、「収入が年金のみ」という高齢者のなかで、女性の割合は63%と男性よりもはるかに高く、しかもそのうちの57%で年金収入が100万円以下であることがわかっている。相当な低所得状態であると言えるだろう。

 実際に、首都大学東京の阿部彩教授などの分析によれば、高齢者の貧困率は2009年時点で19.4%と一般世帯に比べてもともと高いのではあるが、特に単身高齢者を見てみると、男性の単身高齢者の貧困率は38%であるにも関わらず、女性は52%が貧困である、と明らかになっている。

 そして、最も重要なことは、これだけの高齢女性が「貧困」であるにも関わらず、私たちがそれに気がついていない、認識できていない、ということである。
 あなたの身近に、高齢で一人暮らしをしている女性はいないだろうか。親戚に、近所に、職場の先輩に、お世話になった人に、一人暮らしをしている高齢の女性はいないだろうか。彼女たちの約半分が「貧困」なのである。また、いつも使うコンビニやスーパーで買い物をしている、駅や公園のベンチに座っている高齢の女性たちのなかで、単身である人の約半分が「貧困」なのである。

 では、なぜ、私たちはそれに気がついていないのか、そして、どのような支援が必要なのか次号に続く。