第3回 管理職・人事担当の責務とは

本講座は、職場でのセクハラ防止・問題解決にあたる管理職・人事担当の方に知っていただきたいことについてとくにお話してきました。最終回の今回は、職場等でセクハラが発覚し、組織の調査がなされ、処分が行われてもなお起こってくる問題について焦点を当てます。

ありがちな周囲の反応 


「相手のほうが熱を上げてたらしいよ」

「部内で足を引っ張られたんだな」

「セクハラなんてもんじゃないよな、あれは。運が悪かったってことだろう」

「セ クシュアル・ハラスメントで処分」「不適切な関係があったと認め処分」―セクハラがらみの処分や人事異動があると、周囲から、とくに男性たちからしばしば こんな反応が起こります。そうした男性の態度は、一つには、ここまで見てきたように、セクハラについてのリアリティが欠けていて、セクハラとは悪辣でわい せつまがいのことと思っているために、まさかそんなことを自分の友人や知
り合いが起こすわけはない、という思い込みから来るようです。
そ れに、セクハラとは地位の上下関係を利用して起こるものですから、ハラッサーの側にはそれなりの力、地位があります。課長・部長などの役職のつかない平社 員であっても、派遣社員や契約社員と比べれば力があります。ですから周囲の男性からしてみれば、どちらの味方をするほうが自分のトクになるかは、一目瞭 然。事実関係がはっきりとは分からない以上、いえ、男性の側に非があるとわかっていても、女性の肩をもってもムダ、力のある男性の味方をしておこう、と言 うのが、サラリーマン処世術のイロハなのでしょう。
さらに、「他人ごとではない」という気持ちが男性たちにはあるのではないでしょうか。既婚者で あっても、自分の周囲の職場の女性や学生に、惹かれた経験はありがち。幸か不幸か、自分はその女性と何もなかったけれども、もし相手が積極的だったなら ば、関係をもっていたかも、そうしたら後でセクハラと訴えられ同じ目にあっていたかも、、、そんな「明日は我が身」意識が、ハラッサーをかば
いたい気持ちを生むのでしょう。
そ れに、男性が男性同士で見せている顔と、女性に対して、とりわけ目下の若い女性たちに見せる顔や態度は違います。相手によって見せる顔が異なるのは、老若 男女、誰にでもあることで、それ自体、悪いことでも何でもないですが、世間で立派な人格者と見られている人がセクハラをするのは珍しくも何ともありませ ん。一般の男性であっても、「ささやか」ではあれ、部下の女性や派遣社員の女性、指導学生には、ふるえる力があるのですから、男性同士で見せている顔とは だいぶ違う表情をそれらの女性たちには見せているのです。目上の男性や同僚・同輩の仲間にとっては、その男性の「地位と力」など、ピンと来ないのはわかり ますが、セクハラをしたと聞いたときに、「まさかあいつが」と単純に否定するのはやめておきましょう。

事実を捻じ曲げる「寛容」 

理 由は何であれ、ハラッサーへの寛容は、事実を捻じ曲げていきます。恋愛がらみのセクハラではとくに、詳しい事情は周囲の誰も知らないはずのケースでも、 「まさかあの人がそんなことをするわけがない」「誰かに足を引っ張られたんだろう」などと、根拠も無く誰かがもらした言葉や感想が、周りに伝わるうちに憶 測を広げ、噂が噂を呼んでいきます。そして、「ほめられたことではなかったがハラスメントとも言えない恋愛沙汰だった、しかし体面を重んじる組織によって 運悪くも処分された」「派閥争いに巻き込まれてセクハラをでっちあげられた」というような「ストーリー」が作られて行きます。
こうしたストーリーを、処分に納得できないハラッサー本人が周囲に積極的に触れまわることはよくあります。責任逃れの強弁という場合もありますが、本ゼミで詳しく述べているように、本人は自分のしたことがらの本質を理解できておらず、固くそう信じている場合もあります。
さ らにありがちなのは、ハラッサーに親しい人々がこうしたストーリーを積極的に語ったり流したりすることです。ハラッサーと親しく身近な人は、ハラッサー本 人が対外的には口をつぐんでいるとしても、彼から直接、どのようなことがあったのか、いかに会社や組織の処分が不当かという話を聞いています。当然のこと ながらハラッサー本人は、言いたくない部分は伏せて話をするものですから、
その話のバージョンは、とても彼に都合のいい内容になっています。ハ ラッサーから話を聞く人は、彼から信頼された親しい友人、利害を共にする関係にある人ですから(そうでなければハラッサーはその人には話しません)、ハ ラッサーの言葉を全面的に信じ、ハラッサーはまったく「潔白」な冤罪の犠牲者、というストーリーができあがっていきます。
言ってみれば「美味しい ところ」だけをとってできたそうしたストーリーは、よくよく聞けば矛盾だらけでツッコミどころ満載なのですが、「男性がセクハラで陥れられた」たぐいのス トーリーは受けがよく、断片的なかたちで拡がっていきます。それは、相手の女性への「二次被害」を引き起こしてハラッサーのおかれた立場をさらに悪化させ る場合もあるほどです。

周囲の責任---二次加害に加担しない

そ うしたウワサや評判を耳にしたとき、とくに職場で責任ある立場にいる男性は要注意です。訳知り顔にこんなストーリーを鵜呑みにし、物わかりのいいような顔 をしているのでは、無責任。そんなストーリーが蔓延して、会社の行った調査結果はいい加減だった、処分は不当であったなどの話が定着していけば、企業や大 学の信用にかかわります。相手の女性にしても、苦労の末にやっと問題解決したはずだったのに、事件がまた振り出しに戻るようなものです。せっかく立ち直ろ うと頑張っていたのに、さらに打ちのめされて回復はおぼつかなくなります。その女性にとってそれは「二次被害」となり、噂やストーリーの蔓延に手を貸した 人は、もともとのハラスメント事件には無関係であっても、二次的なセクハラ加害者になってしまいます。「あれはハラスメントなんかじゃない」「ただの不倫 のもつれだろう」――そんな言葉は、おひれがついて、周囲の人々の間に、興味本位に伝わっていくもの。ただのあて推量であるにもかかわらず、信憑性がある かのように、組織内外のいろいろな立場の人々にまことしやかに伝わっていきます。それは、被害を訴えた女性を再び苦しめるだけでなく、組織の判断・処置の 正当性を疑わせることにもなります。とくに職場で責任ある立場にある男性には、気をつけていただきたいことです。

相談されたらどうする

無 責任にセクハラに寛容にならないというだけでなく、周囲の方には、セクハラで困っている女性にできる限りの手助けをしていただきたいものです。女性がセク ハラをされたと苦情を言っているとしても、それは必ずしも相手の男性をクビにしてほしいなどと厳しく責任を問うているとは限りません。誠実に謝罪してくれ れば納得する、二度と繰り返されなければそれでいいと、男性の将来を損なうようなことはしたくないと望む女性はいくらでもいます。
上司たるもの、 そこをしっかり汲み取らねばなりません。さもなければ、大事になってしまうのに手を貸して、当事者が予想もしなかった重い処分になってしまうことはありが ちです。裁判では、セクハラ被害者の相談に耳を傾けるどころか、トラブルメーカーとして排除しようとしたことを問題ととらえる判決も出ています(2010 年 7 月札幌地裁、自衛官セクハラ事件)。

セクハラ相談は聞きづらいもの

人 事の権限をもつ上司だけではなく、同僚や友人であっても、セクハラで困っていると女性から相談されたら、話に耳を傾けてあげるのは大事なこと。でも、セク ハラの相談というのは、聞きづらいもの。相談する方も話しづらいのですが、聞く方も、良く知っている者の口から性に関わることを聞かなければならないので すから、きまりが悪く、耳をふさぎたいような思いにさえなります。そのため、自分に相談しないでほしいという気持ちになり、「ウチの社では人事課で相談を 聞いてるはず、そこに行ってはどうか」「相談窓口があるんだから、そこに行け」などと言ってしまったりします。でも、相談している女性の立場になれば、仕 事上の悪影響が出て、「プライベート」なことの境界をすでに超えているから、相談しているのです。話しづらいことではあるけれど、解決の力を持っていると 思える人に、相談しているのです。相手の男性に影響を与えられる立場であるからこそなのです。それなのに「自分は知らない」というのでは、相談した女性が あまりに気の毒。組織内の専門部署の力も借りながら、問題解決に協力してあげたいものです。本講座でお話ししてきたように、セクハラの現れ方はさまざま。 「真っ黒」なものだけがセクハラというわけではありません。強制わいせつにもあたるような犯罪もどきのことをしていなければ OK というのでは、会社の品位が疑われます。「グレー」だとしても、きちんと対処していくのが、今後のセクハラ防止に役立ちます。

参考文献牟田和恵『部長、その恋愛はセクハラです!』集英社新書、2013 年

情報案内女性と女性の活動をつなぐポータルサイト http://wan.or.jp/

牟田和恵 ツイッター @peureka