第1回 まちがいだらけのセクハラ常識 なぜ男性は女性のノーに気付かないか

 現代では、企業の管理職や人事担当者にとってセクハラの防止や解決は重要な任務の一つです。啓発ポスターを作ったり相談係を設けたり、努力しておら れることと思いますが、私の見るところ、せっかくの取り組みも現実に即していないことがしばしばで、そのために実効性がなく、解決をいたずらに遅らせてし まうこともありがち。その背景にはそもそも、セクハラとはいったい何なのかが十分に理解されていないという問題があるようです。本講座では 3回にわたって、セクハラをめぐる「常識」のウソにメスを入れ、リアリティ・実情に応じた、セクハラ対策のすすめをお話しします。

セクハラとは? 

 1989 年に登場した新語ながら(この年、流行語賞を取りました)、今ではすっかり定着したセクハラという言葉。女性社員にスリーサイズを聞いたりまだ結婚しない のかとしつこく言うこと、身体をさわったり無理にキスしたりすることだろう、それくらいはもう常識、と考える方は多いでしょう。でも、それほど常識なのに、なぜセクハラで訴えられたり告発されたりする男性が後をたたないのでしょうか?そう考えれば今でも、セクハラとは何か、どういうことがセクハラにあたるのかを、自信をもってはっきりと言える人は少ないのではないでしょうか。企業 にセクハラ防止を求めた男女雇用機会均等法(1999 年改正、第 11 条)では、セクシュアル・ハラスメントを、「職場において行われる性的な言動で女性労働者の対応によりその労働条件につき不利益を受けること、またはその性的な言動により当該女性労働者の就業環境が害されること」と定義しています。この定義からは、会社で女性社員に性的言動を行うことが問題というのはわかりますが、あまりに抽象的でいま一つピンときません。セクハラ 防止のために政府や自治体、企業や大学が出している規程やパンフレットが描くセクハラ「べからず集」には、もう少し具体的に書かれています。男女雇用機会 均等室発行のパンフレットは、セクハラを以下のように説明しています。

1.性的な内容の発言
 性的な事実関係を尋ねること、性的な内容の情報(噂)を意図的に流布すること、性的な冗談やからかい、食事やデートへの執拗な誘い、個人的な性的体験談を話すことなど
2. 性的な行動
 性的な関係を強要すること、必要なく身体へ接触すること、わいせつ図画を配布・掲示すること、強制わいせつ行為、強姦など

 各企業の社内規定やリーフレットも、これにならっているところが多いのではないでしょうか?でも、ここに描かれているセクハラは、現実に起こってくるものと はだいぶ違います。というのも、「強制わいせつ行為」「強姦」など、刑法に触れるような犯罪行為として起こってくるセクハラはほとんどありませんし、「執 拗な誘い」「意図的に流布」なども現実とはだいぶずれています。というのは、これらのことがらが実態として無い、というのではなく、職場の人間関係、上下関係があるために、セクハラはそうしたあからさまなかたちでは表れにくいのです。強制や強要などしなくても言うことを聞かせられる、男性の意に反しないよ うに部下の女性のほうから迎合してくれる、そうした微妙なかたちでセクハラはあらわれるのです。ところが、法の定義やガイドラインの表現から浮かぶのは、いかにも悪辣で確信犯的なセクハライメージ。セクハラ=ハレンチ犯罪、とさえ思われてもいるようです。そのため、セクハラをしたと訴えられると、「自分が セクハラなどするわけがない!」「そんなハレンチ男ではない!」と逆上し、冤罪だと、むしろ自分が被害者であるような思いを抱く男性もいます。これは、セクハラに関する常識の「ウソ」にとらわれているがゆえの反応です。繰り返しますが、セクハラとは、単純な強要、あからさまなわいせつ行為として現れるより も、もっと微妙な相互関係の中で起こってくるのです。セクハラのリアリティは、もっと複雑なプロセスで進んでいくのであり、「絵にかいたような」セクハラ 男はめったに存在しませんし、ストレートに起こるセクハラ事件も珍しいのです。啓発パンフレットやガイドラインに出てくるような行為がセクハラだと思い込むのは禁物です。

なぜ女性はノーと言えないのか 

 「嫌ならなぜその時に言ってくれなかったのか」というのが、セクハラで訴えられた男性がよく言うセリフ。そんな男性の思いを、気付かなかったのが悪いと責めるのは簡単ですが、でも、たしかに女性は、男性がわかるようにノーと言うことができにくいのです。
断 ることで起こる報復を女性が恐れているから、という理由が根底にあるのは、言うまでもないでしょう。誘いを断ったことで、クビとまではいかなくとも、「覚えが悪く」なったり、気まずい雰囲気ができたりしてしまうと、仕事をしにくくなり大学なら指導してもらいにくくなるかもしれません。上司や顧客に悪感情は もたれたくないから、ノーと言うのにためらいを感じるのは当然です。
でも、「後で仕返しされるかも」「嫌な目に遭いたくないから」といった計算を するから女性はノーを言えない、というだけではないのです。「大げさにせず、うまくことを収めたい」「相手のメンツを潰したくない」「気にしないでいれ ば、そのうち止めてくれるはず」と、相手との人間関係を重視するからこその気持ちが先に立ち、なかなかノーが言えないことは、多くの女性たちに埋め込まれ ている反応でもあるのです。
 ですから男性には、セクハラをしたと後で言われないためにも、はっきりとしたイエスではない曖昧な沈黙は、OK のサインではなく、NO のサインだと受け止めるだけの想像力と度量を期待したいものです。

男が女のノーに鈍感なわけ:気づかないのがビルトイン 

 セクハラの「濡れ衣」をかけられては大変、と思う男性からすれば、女性がもっとはっきりとノーと言ってほしいと考えるのは当然でしょう。しかし他方、一部であれ男性が、女性たちが抱く不快感やイヤな気持ちにあまりに鈍感、というのも事実。
でも、いくら鈍感な男性でも、相手が若い部下や派遣社員など目下の女性ではなく、社長夫人や上司の娘さんならば、しっかりと相手の感情に配慮するでしょう。つまり、鈍感でいられるのは、相手の女性を軽く見る気持ちがあるからです。
 そう考えると、ある程度の年代や地位にあり、「目下」から配慮される側にある男性達にとっては、鈍感さは構造的にビルトインされていると言っても過言ではありません。間違ってもセクハラ男になりたくなければ、そのことを自覚しておいたほうがよさそうです。
「相手も自分に好意を持っていた」「嫌がってなんかいなかった」と言う男性が感じていた女性の側の好意・同意は、男性との力関係のなかで生み出されていたも の。男性が上司だから、仕事上の関係が大事だから、従っているのです。それを男性は、「男女」の関係だとカン違いしがち。自分のもっている地位とパワーのおかげで、女性が自分に迎合してくれているとは思いもしません。これではやっぱり鈍感というもの。その鈍感さがセクハラの元凶になるのです。
 断っておきますが、「自分は平社員で地位や力なんて無いから、大丈夫」と考えるとすれば早計。
 力と言うのは相対的なもの。平社員であっても、同じく平の女性社員より職場で力をもっていますし、ましてや派遣や契約社員からすれば、相当のパワーです。会社という組織で普通に働いている限り、パワーにまったく無縁の男性はいないと思ったほうが間違いないです。
 内心、はらわたが煮えくりかえっていても、顔には出さず、ごきげんとりに努める---そんな経験は、男性でも多かれ少なかれあるはず。自分の非を部下におし つけて知らん顔を決め込む上司、無理難題を吹っ掛けてくる客、、、。いちいち腹を立てているようでは、サラリーマンは務まりません。そんな経験を振り返っ てみれば、女性が内心をおし隠してにっこりしている気持ちも理解できるはず。イヤな上司、モンスター客と同じになりたくなければ、目下の女性に対してもセ ンシティブになりましょう。

参考文献:牟田和恵『部長、その恋愛はセクハラです!』2013 集英社新書