変わりゆく家族の姿
子どもと公園に出かける父親、保育園の送り迎えをする父親、育休を取得する父親—。私たちの身の回りで、家族の風景が少しずつ変わりつつあります。
こうした変化は、数字にもはっきりと表れています。1980年、日本の共働き世帯は614万世帯でした。当時は「夫が働き、妻が家庭を守る」という世帯が1,114万世帯と圧倒的多数を占めていました。それが40年かけて劇的に変化し、2020年には共働き世帯が1,240万世帯へと倍増。一方で専業主婦世帯は571万世帯へと半減しました※1。
このような大きな変化の背景には、女性の社会進出はもちろん、経済環境の変化や価値観の多様化があります。「夫は外で働き、妻は家庭を守るべき」という考え方に賛成する人の割合は、1979年には男性は約35%、女性は約30%を超えていましたが、2019年には男性は約6.5%、女性は約8.6%までに減少しています※2。
しかし、家庭生活の現状をみると、まだまだ課題が山積みです。6歳未満の子どもを持つ日本の男性が家事・育児などに費やす時間は1日あたりわずか2.2時間。これに対して女性は1日あたり11.5時間と、実に5倍以上の差があります。この格差は先進国の中で最大であり、スウェーデンの1.7倍、アメリカの1.9倍などと比べても突出しています※3。このアンバランスな状況は、特に共働きの妻たちに重い負担を強いています。 外での仕事に加え、帰宅後に待ち受ける家事・育児の山に、心身ともに疲弊している女性は少なくありません。
ただし、希望を見出せる変化も確実に進んでいます。若い世代の意識は、親世代とは大きく異なってきています。結婚相手を選ぶ際、男性の48.2%が女性の経済力を重視し、女性の70.2%が男性の家事・育児能力を重視するようになってきました※4。これは、共に働き、共に家庭を築いていこうという意識の表れといえるでしょう。
さらに、コロナ禍がこうした変化を加速させています。在宅勤務の広がりは、多くの男性に家庭生活を見つめ直す機会を提供しました。研究によれば、週1日のテレワーク増加で、男性の家事・育児時間が約6%増加することが分かっています※5。男性の育児休業取得率も、2023年度には30.1%と、10年前の2.0%から大きく上昇しています※6。
こうした変化は一時的なものではありません。例えば、男性が育休を取得すると、その後4年経っても家事・育児時間が2割程度多い水準を維持するというデータがあります※7。つまり、一度変わった生活習慣や家族との関わり方は、その後も継続される傾向にあるのです。
私たちは今、大きな転換点に立っています。従来の固定観念から自由になり、それぞれの家族が望む形を選択できる時代が訪れようとしています。この変化の波を、家族みんなの幸せにつなげていくには、どうすればよいのでしょうか。
※1.内閣府男女共同参画局「男女共同参画白書 令和3年版」
※2.内閣府男女共同参画局「男女共同参画白書 令和3年版」
※3.内閣府男女共同参画局「男女共同参画白書 令和2年版」
※4.国立社会保障・人口問題研究所「第16回出生動向基本調査(2021年)」
※5.Inoue, C., Ishihata, Y., Yamaguchi, S. (2024). “Working from Home Leads to More Family-Oriented Men”, Review of the Economics of Household, Vol 22, 783-829.
※6.厚生労働省「雇用均等基本調査」(令和5年度)
※7.Patnaik, A. (2019). “Reserving Time for Daddy: The Consequences of Fathers’ Quotas.” Journal of Labor Economics, 37(4), 1009-1059.
●実証研究が示す家族の可能性
この節では、最新の研究データから、男女共同参画が家族や企業にもたらす具体的な効果を見ていきます。「理想論」と思われがちな取り組みが、実は目に見える成果を上げていることが、科学的な証拠によって明らかになってきているのです。
「男女共同参画って理想はわかるけど、現実的じゃないよね」「うちの会社では無理だろうな」「日本の文化には合わないんじゃないか」
こうした声をよく耳にします。しかし、実証研究が示す結果は、これらの懸念が必ずしも正しくないことを教えてくれます。
実は、この問いに対する答えは、既に見つかりつつあります。それも、単なる理想論や希望的観測としてではなく、科学的な証拠としてです。近年、経済学をはじめとする社会科学では、男女共同参画がもたらす効果について、具体的なデータを用いた研究が数多く行われています。
私たちが実証研究から学べることは、実に示唆に富んでいます。例えば、「男性は育休を取っても何も変わらない」と思っている方も多いかもしれません。しかし、実際に育休を取得した男性の追跡調査からは、驚くべき事実が明らかになっています。また、「在宅勤務は仕事の効率が落ちる」と考える経営者も少なくありませんが、データはそれとは異なる結果を示しています。
実証研究の素晴らしさは、「こうあるべきだ」という規範的な議論ではなく、「実際にこうなっている」という事実を明らかにできる点にあります。私たちの思い込みや懸念が、実は杞憂に過ぎなかったことがわかることも少なくありません。
そこで、これから具体的な研究結果をご紹介しながら、男女共同参画が家族にもたらす効果について見ていきましょう。データが示す変化の可能性は、きっと皆さんの固定観念を覆すものになるはずです。
●男性の育休取得がもたらす効果
「たかが1ヶ月や2ヶ月の育休で、何が変わるというのだろう」
多くの人がそう考えるかもしれません。しかし、研究結果は、短期間の育休であっても、驚くほど大きな変化をもたらすことを示しています。
カナダのケベック州で行われた研究では、男性が5週間程度の育休を取得すると、その4年後でも家事・育児時間が2割程度多い水準を維持していることが分かりました※8。これは決して小さな変化ではありません。なぜ、わずか数週間の育休がこれほどの変化をもたらすのでしょうか。その鍵は、育児への関わり方の質的な変化にあります。育休中、赤ちゃんの世話をする中で分泌される「愛情ホルモン」とも呼ばれるオキシトシンは、子どもへの愛着を深めます※9。そして、子どもへの愛着が深まることで、より積極的に育児に関わりたいという気持ちが生まれ、それが新しい生活習慣として定着していくのです。
さらに興味深いことに、父親の育休取得は、母親の就業にポジティブな影響を及ぼします。スウェーデンの研究によれば、育休を取得した男性の配偶者は、そうでない場合と比べて5%ポイント高い確率でフルタイム就業を続けています※10。これは、夫婦で育児を分担することで、妻のキャリア継続が容易になることを示しています。
また、父親の育休取得は、次世代の価値観形成にも重要な影響を与えます。スペインで行われた研究では、父親が育休を取得した家庭の子どもたちは、12歳になった時点で、より平等な性別役割観を持つようになることが明らかになりました。具体的には、「母親が働くことへの賛成」や「父親がフルタイムで働かないことへの賛成」という回答が2~3割増加したのです※11。
こうした研究結果は、男性の育休取得が単なる「お試し期間」ではないことを示しています。それは、家族の在り方を長期的に変える転換点となりうるのです。
※8.Patnaik, A. (2019). “Reserving Time for Daddy: The Consequences of Fathers’ Quotas.” Journal of Labor Economics, 37(4), 1009-1059.
※9.Gordon, I., et al. (2010). Oxytocin and the development of paternal behavior in humans. Hormones and Behavior Volume 61(3), 380-391.
※10.Dunatchik, A., & Özcan, B. (2021). “Reducing mommy penalties with daddy quotas.” Journal of European Social Policy, 31(2), 175-191.
※11.Farré et al. (2022). “Changing gender norms across generations: Evidence from a paternity leave reform.” IZA Discussion Paper No. 16341
●テレワークが変える家族の絆
コロナ禍は、私たちの働き方を大きく変えました。特に、テレワークの広がりは、多くの家族に新しい気づきをもたらしました。それまで「仕事」と「家庭」は別々の場所で営まれるものと考えられてきましたが、在宅勤務によって、この二つの境界が曖昧になったのです。
この変化は、特に男性の家庭との関わり方に大きな影響を与えています。私たちの研究チームが行った分析によれば、週に1日テレワークが増えると、男性の家事・育児時間は約6%増加することが分かりました。さらに、家族と過ごす時間も6%ほど増え、「仕事よりも生活を重視する」という意識の変化も12%増加したのです※12。
「でも、テレワークは仕事の生産性が落ちるのでは?」という懸念の声もよく聞かれます。しかし、研究結果はそうした心配が必ずしも当たらないことを示しています。同じ研究では、テレワークによる生産性への悪影響は、平均的には見られないことが確認されました。つまり、家族との時間を増やしながら、仕事のパフォーマンスも維持できる可能性が高いのです。
もちろん、テレワークにはそれぞれの家庭に合った活用方法があるでしょう。週5日の完全在宅勤務が適している場合もあれば、週1-2日の部分的なテレワークが最適な場合もあります。大切なのは、この新しい働き方が、仕事と家庭生活の両立に向けた可能性を広げてくれるということです。
※12.Inoue, C., Ishihata, Y., Yamaguchi, S. (2024). “Working from Home Leads to More Family-Oriented Men”, Review of the Economics of Household, Vol 22, 783-829.
●共同参画がもたらす経済効果
男女共同参画は、単なる理念の問題ではありません。それは、家計から企業、そして社会全体に至るまで、具体的な経済効果をもたらすものなのです。
まず、家計への影響を見てみましょう。共働き世帯の年間収入は、片働き世帯と比べて平均で約196万円も高くなっています※13。これは単純な収入の増加以上の意味を持ちます。例えば、子どもの教育費用の充実、老後の備えの強化、住宅ローンの返済期間短縮など、家族の将来に向けた選択肢が大きく広がるのです。
しかし、ここで重要なのは、共働きが実質的な効果を発揮するためには、家事・育児の分担が不可欠だということです。研究によれば、夫の家事・育児参加が進んでいる世帯では、妻の就業継続率が約20%も高くなっています※14。これは、妻が仕事に専念できる環境が整うことで、より安定した収入を得られるようになるためです。
さらに、経済的な影響は精神面にも及びます。家事・育児を分担している夫を持つ妻は、そうでない妻に比べて幸福度が高いという研究もあります※15。経済的な安定が、家族の心の余裕にもつながっているのです。
また、企業にとっても従業員の育休取得は決してマイナスではありません。この点は中小企業でも確認されています。従業員30人以下の企業を対象とした研究では、育休取得者が出ても、売り上げ、利益、経営の安定性のいずれにも悪影響は見られませんでした※16。これは、人員の一時的な不在に対して、既存の従業員の協力や外部からの人材確保など、様々な工夫で対応できることを示しています。
※13.総務省 「家計調査」(2023年)
※14.厚生労働省「第9回 21世紀成年者縦断調査(平成24年成年者)」
※15.佐藤一磨 (2020).夫婦の家事・育児分担と妻の幸福度の関係―夫婦でどのように家事・育児を分担すると妻が最も幸せとなるのか―.PDRC Discussion Paper Series, DP2020-004.
※16.Brenøe, A., et al. (2024). “Is Parental Leave Costly for Firms and Coworkers?” Journal of Labor Economics, 42(4).
●子どもの発達への影響
「子どものためには、やはり母親が家にいるべきではないか」—— かつて広く信じられていたこの考えは、実証研究によって覆されつつあります。むしろ、父母がともに子育てに関わり、それぞれが仕事と家庭生活を両立している家庭の子どもたちは、様々な面で良好な発達を示すことが分かってきました。
たとえば、両親がともに働いている家庭の子どもたちには、興味深い特徴が見られます。アメリカの研究では、働く母親を持つ娘は、そうでない場合と比べて、将来より就労する可能性が高く、より高い収入を得る傾向が強いことが示されています※17。これは、母親の姿が「ロールモデル」となり、子どもたちの将来へのキャリア願望に影響を与えるためでしょう。
さらに重要なのは、子どもたちの価値観形成への影響です。父母がともに仕事と家庭生活を担う姿を見て育った子どもたちは、より柔軟なジェンダー観を持つようになります。実際、スペインの研究では、父親が育休を取得した家庭で育った子どもは、12歳時点でより平等的な性別役割観を持っていることが確認されています※18。
これらの研究結果が示すように、男女共同参画の推進は、個人の生活の質を高めるだけでなく、子どもの健全な発達にも貢献します。では、こうした効果を実現するために、私たちの家庭では具体的に何から始められるのでしょうか。次節では、実践的な方法について見ていきましょう。
※17.McGinn, K. L., Castro, M. R., & Lingo, E. L. (2019). “Learning from Mum: Cross-National Evidence Linking Maternal Employment and Adult Children’s Outcomes.” Work, Employment and Society, 33(3), 374-400.
※18.Farré, L., et al. (2022). “Changing gender norms across generations: Evidence from a paternity leave reform.” IZA Discussion Paper No. 16341
●家族で始める意識改革
「分かっているけど、なかなか変われない」
私たちの多くが、このような思いを抱えているのではないでしょうか。男女共同参画の重要性は理解していても、いざ実践となると、長年染みついた習慣や考え方を変えることは容易ではありません。夫婦で家事を分担しようと決めても、いつの間にか元の生活パターンに戻ってしまう。子どもに性別にとらわれない育て方をしようと思っても、つい「女の子だから」「男の子なのに」という言葉が口をついて出てしまう。
しかし、ここで立ち止まって考えてみましょう。私たちが「当たり前」と思っている性別役割分担の意識は、本当に自然なものなのでしょうか。実は、その多くは社会や文化の中で後天的に形作られたものだということが、様々な研究で明らかになっています。例えば、「男性は競争的で、女性は協調的」という一般的な認識も、社会環境によって大きく異なることが分かっています※19。
つまり、これは私たちの意識や行動は、決して固定的なものではないということを示しています。
これまでに見てきたように、育休取得やテレワークなど、新しい経験をきっかけに、多くの人が意識と行動を変化させています。大切なのは、まず自分たちの中にある無意識の思い込みに気づくこと。そして、小さな変化から始めていくことです。
●固定観念から自由になるために
私たちの日常生活には、気づかないうちに多くの固定観念が潜んでいます。例えば、幼い子どもが泣いているとき、なぜか母親を探してしまう。家事の段取りについて夫婦で話し合うとき、妻が中心になって采配を振るう。子どもの習い事を決めるとき、「女の子だからピアノ」「男の子だからサッカー」と考えてしまう。
これらの判断の多くは差別意識からではなく、私たちが幼い頃から見聞きし、経験してきたことの自然な表れとして生まれています。実際、研究によれば、子どもたちは4歳頃から「女性は優しい」というステレオタイプを、7歳頃には「男性は賢い」というステレオタイプを形成し始めることが分かっています※20。
しかし、このような固定観念は、知らず知らずのうちに私たちの可能性を狭めてしまいます。「男性は育児に向いていない」という思い込みが、父親と子どもの貴重な触れ合いの機会を奪ってしまうかもしれません。「女性は管理職に向いていない」という先入観が、有能な人材の活躍を妨げているかもしれません。
では、どうすれば、このような無意識の思い込みから自由になれるのでしょうか。最初の一歩は、自分の中にある固定観念に「気づく」ことです。例えば、次のような場面で、自分の反応を意識的に観察してみましょう。
• 家事を手伝う夫に「えらいわね」と声をかけそうになったとき
• 泣いている男の子に「男の子でしょう」と言いそうになったとき
• 料理が上手な男性を「珍しい」と思ってしまったとき
• 女性の上司に違和感を覚えてしまったとき
こうした場面で立ち止まり、「なぜ自分はそう感じたのだろう」と考えてみることが重要です。そして、その思い込みが本当に正しいのかどうかを、客観的に見つめ直してみましょう。
また、言葉遣いを意識的に変えることも、意識改革の重要なステップとなります。例えば、「夫の家事は手伝い」という表現は、家事が本来妻の仕事であるという固定観念を暗に示しています。代わりに「家事の分担」という表現を使うことで、家事は夫婦で共に担うものという認識が自然と育まれていきます。
※19.「固定観念が生む男女格差」山口慎太郎、朝日新聞(2021年4月29日)
※20.Okada et al. (2022). ” Gender stereotypes about intellectual ability in Japanese children.” Scientific Reports.
●家事・育児の新しい分担方法
また、得意不得意による分担も効果的です。料理が得意な人が献立と調理を担当し、段取りが得意な人が買い物と食材の在庫管理を担当する。こうした分担は、それぞれの能力を活かせるだけでなく、お互いの貢献を認め合うきっかけにもなります。
ただし、こうした分担を機能させるためには、いくつかの重要なポイントがあります。まず必要なのが、家事・育児の「見える化」です。家事といっても、食事の準備から掃除、洗濯、ゴミ出し、子どもの送迎まで、実に多様なタスクがあります。これらを具体的に書き出し、それぞれにどれくらいの時間と労力が必要かを夫婦で共有することが、公平な分担の第一歩となります。実践的な方法として、スマートフォンのカレンダーアプリを活用する家族もいるようです。買い物、掃除、子どもの行事など、すべての予定を共有カレンダーに入れることで、お互いのスケジュールが見えやすくなります。また、定期的な「家族会議」の時間を設けて、その週の予定や分担を確認し合うのも効果的です。
特に重要なのは、固定的な分担にこだわりすぎないことです。仕事の繁忙期や体調不良など、状況に応じて柔軟に調整できる関係性を築くことが、長続きのコツとなります。「今週は私が忙しいから、あなたが夕食を担当して」「来週はあなたの大事なプレゼンがあるから、私が子どもの送迎を全部引き受けるね」といった柔軟なやりとりができることが理想的です。
ときには外部サービスも利用してみましょう。共働き世帯の増加に伴い、家事代行や食材宅配など、様々なサービスが充実してきています。こうしたサービスをうまく活用することで、夫婦で担う家事の総量を減らし、より質の高い家族時間を確保することができます。
重要なのは、完璧を目指さないことです。すべての家事を隅々まで行き届かせようとすると、かえってストレスが高まってしまいます。「これくらいで良い」という妥協点を夫婦で共有し、無理のない範囲で続けていくことが、長期的な成功につながります。
●コミュニケーションの重要性
「うちは夫婦で話し合いなんてしたことがない」「子どもの前で意見が対立するのは避けたい」「お互い忙しくて、ゆっくり話す時間がない」
こうした声をよく耳にします。確かに、仕事に家事に育児にと忙しい毎日の中で、じっくりと話し合う時間を作ることは容易ではありません。しかし、家族の在り方を見直し、新しい生活様式を築いていくためには、効果的なコミュニケーションが不可欠です。
では、具体的にどのような対話が効果的なのでしょうか。まず重要なのは、「批判」ではなく「提案」の形で話すことです。「なぜいつも私ばかりが…」という不満の表明ではなく、「こうしたら、もっとうまくいくかもしれない」という建設的な提案の方が、相手の心に届きやすいものです。 また、相手の貢献を具体的に認め、感謝の言葉を伝えることも大切です。「いつもありがとう」という一般的な感謝ではなく、「今日の夕食の準備、助かったわ。特に子どもが好きな野菜の切り方を工夫してくれて嬉しかった」といった具体的な感謝の言葉は、相手の行動を強化し、さらなる協力関係を築くきっかけとなります。
時間の確保が難しい家族には、「ちょこちょこ会話」がお勧めです。例えば、食器を片付けながら翌日の予定を確認したり、子どもの送迎の車中で気になることを話したりと、日常の隙間時間を活用する方法です。また、スマートフォンのメッセージ機能を使って、思ったことを随時共有するのも効果的です。
子どもがいる家庭では、子どもの前での建設的な対話が、次世代の育成という点でも重要な意味を持ちます。両親が互いの意見を尊重しながら話し合う姿を見ることで、子どもたちは対等なパートナーシップのモデルを学ぶことができます。実際、親の対等な関係性を見て育った子どもは、より平等的な性別役割観を持つようになることが研究で示されています※21。
もちろん、すべての対話が円滑に進むとは限りません。意見の相違や感情的なすれ違いが生じることもあるでしょう。そんなときは、一旦話題を変えたり、時間を置いたりすることも必要です。完璧な対話を目指すのではなく、少しずつでも理解し合える関係を築いていくことが大切なのです。
※21.Davis, S. N., & Greenstein, T. N. (2009). “Gender Ideology: Components, Predictors, and Consequences.” Annual Review of Sociology, 35, 87-105.
●変化は小さな一歩から
ここまで、意識改革から具体的な実践方法まで見てきました。「理想はわかるけれど、うちの家庭では難しいかも」と感じられた方もいらっしゃるかもしれません。しかし、家族の在り方を変えていくのに、特別な何かは必要ありません。大切なのは、小さな変化から始めることです。 例えば、夕食の後片付けを一緒にする、子どもの寝かしつけを交代で担当する、週末の買い出しを夫婦で行うなど、できることから始めてみましょう。研究によれば、人により新しい習慣が定着するまでの時間は大きく異なるものの、平均すると66日かかるとされています※22。一時的な取り組みではなく、無理のない範囲で継続できる方法を選ぶことが重要です。また、変化は必ずしも直線的に進むわけではありません。仕事が忙しくなって元の生活パターンに戻ってしまったり、思わぬ困難に直面して挫折しそうになったりすることもあるでしょう。そんなときは、これは後退ではなく、より良い方法を見つけるためのプロセスなのだと捉えてみてはどうでしょうか。
実は、多くの成功している家族も、最初から理想的な形で家事・育児を分担できていたわけではありません。試行錯誤を重ねながら、その家族なりの方法を見つけてきたのです。それでも一歩を踏み出したからこそ、今の充実した家族生活があるのです。
私たちには、従来の固定観念から自由になり、それぞれの家族に合った形を選択できる可能性が開かれています。その実現には、家族一人一人の意識と行動の変化が必要です。しかし、それは決して高いハードルではありません。今日からでも、できることから始めてみませんか。
※22.Lally, P., et al. (2010). “How are habits formed: Modelling habit formation in the real world.” European Journal of Social Psychology, 40(6), 998-1009.
●支援制度を活用した働き方改革
「制度があることは知っているけれど、どう使えばいいのかよくわからない」 「うちの会社で制度を使うのは難しいかも」 「制度を使うと、かえってキャリアに影響するのでは」
こうした不安や戸惑いの声をよく耳にします。実は、日本の育児・介護に関する支援制度は、国際的に見ても充実しています。育児休業の期間は最長2年、給付金も賃金の一定割合が保障されるなど、制度の基本的な枠組みは整っているのです。しかし、必ずしもそうした制度が十分に活用されているわけではないようです。
もちろん、様々な事情により制度を利用できない・しづらいようなことはあるでしょうが、支援制度は、私たちの理想と現実の橋渡しをしてくれる重要な社会資源です。制度をうまく活用することで、個人や家族の努力だけでは難しかった変化も、より実現しやすくなります。大切なのは、制度を自分たちの生活をより良くするための「道具」として積極的に活用する視点です。
●育休制度を戦略的に活用する
2022年10月から始まった「産後パパ育休」により、男性の育休取得の選択肢は大きく広がりました。出生後8週間以内に最大4週間取得できるこの制度は、これまでの育休制度と比べて申出期限が短く、より柔軟な働き方も認められています。しかし、このような制度改正の詳細を知らない人も多く、せっかくの機会を活かしきれていないのが現状です。
実は、育休制度は戦略的に活用することで、より大きな効果を生み出すことができます。例えば、夫婦での取得時期の組み合わせを工夫することで、より長期的な子育て体制を築くことが可能です。具体的には、母親の育休中に父親が産後パパ育休を取得し、その後、母親の職場復帰に合わせて父親が通常の育休を取得する。このような「リレー型」の取得により、子どもが1歳を超えても、より安定した育児体制を維持できます。
また、育休は分割して取得することもできます。例えば、子どもの保育園入園時期に合わせて取得したり、長期休暇と組み合わせて取得したりすることで、より効果的な活用が可能です。
育休取得を成功させる鍵は、早めの準備と丁寧なコミュニケーションです。取得予定の3ヶ月前には上司に相談を始め、業務の引き継ぎ計画を立てることをお勧めします。特に、自分の業務を「見える化」し、チーム全体で共有することが重要です。ある取得者は「自分の仕事を棚卸しする過程で、業務の効率化のヒントが見つかった」と振り返っています。
さらに、部分休業という選択肢も覚えておくと良いでしょう。これは、1日の所定労働時間の一部を育児にあてられる制度です。例えば、朝は通常通り出勤し、夕方は早めに帰宅して子どもの夕食や入浴を担当する。このような柔軟な働き方により、職場と育児の両立がより実現しやすくなります。
●多様な働き方の組み合わせ
働き方改革関連法の施行以来、フレックスタイム制や時差出勤など、多様な働き方を選択できる制度が整備されてきました。しかし、これらの制度は単独で活用するよりも、組み合わせることでより大きな効果を発揮します。
例えば、フレックスタイム制を活用することで、朝型の勤務と夜型の勤務を使い分けることができます。保育園の送りを担当する日は早めに出勤して夕方に帰宅し、お迎えの日は遅めに出勤して定時で帰宅する。このように、日によって勤務時間をずらすことで、仕事と育児の両立がより円滑になります。
時差出勤制度も、戦略的に活用する価値があります。通勤時間を変更することで、混雑する電車を避けられるだけでなく、子どもと過ごす時間を確保することができます。
これらの制度を最大限活用するコツは、職場のコミュニケーションにあります。例えば、チーム内で「コアタイム」を設定し、その時間帯にミーティングや重要な打ち合わせを集中させる。それ以外の時間は、各自の生活リズムに合わせた柔軟な働き方を認める。このような工夫により、チーム全体の生産性を保ちながら、個人の事情に配慮した働き方が可能になります。
また、制度の活用は職場全体で考えることも重要です。ある部署では、チームメンバーの家族構成や生活状況を共有し、互いの働き方の特徴を理解し合うことで、より柔軟な業務調整が可能になりました。「子育て中の同僚の時差出勤を支援することで、自分が介護に直面したときにも理解が得られやすい環境ができた」という声も聞かれます。
●社会資源を味方につける
仕事と家庭の両立において、保育や介護のサービスをうまく活用することは、家族の負担を軽減する重要な鍵となります。しかし、単にサービスを利用すれば良いというわけではありません。家族の状況や必要性に応じて、複数のサービスを組み合わせ、状況の変化にも対応できる柔軟な体制を作ることが重要です。
例えば、保育に関して言えば、認可保育所での通常保育に加えて、一時保育やファミリーサポートセンター、ベビーシッターなど、複数の選択肢を持っておくことで、突発的な残業や休日出勤にも対応しやすくなります。ある共働き家庭では、「平日は認可保育所を利用し、土曜日の仕事がある時は一時保育を利用。急な残業の際はファミリーサポートセンターを利用する」という具合に、状況に応じて使い分けることで、安定した働き方を実現しています。
特に重要なのは、「緊急時のバックアッププラン」を持っておくことです。子どもの急な発熱や保護者の体調不良など、予期せぬ事態は必ず起こります。こうした際に慌てないよう、病児保育施設のリストを作っておく、近隣の親族やファミリーサポートセンターの援助会員と日頃から関係を築いておくなど、複数の選択肢を確保しておくことが賢明です。
また、介護に関しては、介護保険サービスの理解と早めの準備が重要です。特に40代、50代の働き盛り世代は、突然の親の介護に直面するリスクがあります。介護休業制度があっても、長期的な対応には社会サービスの活用が不可欠です。ケアマネージャーに相談しながら、デイサービスやショートステイなどを組み合わせることで、仕事と介護の両立が可能になります。
サービスの利用には費用がかかりますが、これを単なる「支出」としてではなく、仕事を継続するための「投資」として捉えることが大切です。保育サービスを十分に活用することで、キャリアの中断を少なくし、世帯収入も安定させることができます。
さらに、地域の子育て支援センターや育児サークルなどのインフォーマルな支援も、重要な社会資源となります。同じような状況の家族との情報交換は、新しい支援の形を見つけるきっかけとなるでしょう。
●制度を味方につけるために
ここまで見てきたように、私たちの周りには、仕事と家庭生活の両立を支援するための様々な制度が整備されています。しかし、制度があるだけでは十分ではありません。それらを自分たちの味方につけ、効果的に活用していく姿勢が重要です。
制度活用の成功のカギは、「早め」の情報収集と「柔軟な」発想にあります。たとえば、妊娠が分かった時点で育休制度の詳細を調べ始める、介護の可能性を考えて事前に地域の介護サービスを把握しておく、といった準備が効果的です。情報を持っているということは、いざという時の選択肢を持っているということなのです。
制度活用に成功させるためには、制度を「権利」として主張するのではなく、「職場全体をより良くするための機会」として捉えるのも良いかもしれません。育休取得や柔軟な働き方の実践は、業務の効率化や職場のコミュニケーション改善のきっかけにもなります。
制度は、私たちの理想の働き方や生活を実現するための「道具」です。完璧な制度の利用を目指す必要はありません。むしろ、自分たちの状況に合わせて柔軟に組み合わせ、少しずつ改善していく姿勢が大切です。そして、そのプロセスを通じて得られた経験は、必ず後に続く人たちの道しるべとなるはずです。
●子どもたちに残したい未来
私たちは今、大きな転換点に立っています。少子高齢化が進み、人口減少社会を迎えた日本で、限られた人材をどう活かしていくのか。性別に関係なく、一人一人が持てる能力を発揮できる社会をどう築いていくのか。これらの問いへの答えが、次世代の日本の姿を決めることになるでしょう。
実は、私たちの日々の選択は、想像以上に大きな影響を持っています。中学校で男女共修となった技術・家庭科を学んだ世代は、技術・家庭科が男女別だった世代と比べて、男性は休日の家事時間が25%増加し、女性は正規就業が進み所得も11%増加したという研究結果があります※23。学校のカリキュラムの変更が、その後の人生を大きく変えうるのです。
同様に、私たちが今、職場や家庭で見せる姿は、確実に次世代の価値観形成に影響を与えています。育児に積極的に関わる父親を持つ子どもたちは、より柔軟なジェンダー観を持つようになります。また、働く母親を持つ子どもたちは、より多様なキャリアの可能性を描けるようになるというデータもあります※24。
実際、変化は既に始まっています。20代から30代の若い世代では、7割以上が「夫は外で働き、妻は家庭を守るべきである」という考え方に反対しているというデータがあります※25。企業でも、男女の区別なく評価・登用を行う方針を明確に打ち出し、具体的な成果を上げている例が増えています。
特に心強いのは、地域社会での変化です。例えば、ある自治体では、父親の育児サークルが自主的に立ち上がり、その活動が他の地域にも広がっているといいます。また、企業と地域が連携して子育て支援の仕組みを作り、働く親たちを支える取り組みも各地で生まれています。
このような変化は、決して「理想論」ではありません。むしろ、日本の未来を左右する現実的な課題への対応なのです。人口減少時代において、性別による固定的な役割分担は、社会全体にとって大きな損失となります。一人一人の可能性を最大限に活かすことができる社会こそが、持続可能な発展への道なのです。
私たち一人一人の選択は、確実に次の世代に影響を与えます。育休の取得、家事の分担、働き方の選択。こうした日々の決断の積み重ねが、子どもたちの未来を形作ります。
※23.Hara, H., Rodriguez-Planas, N. (forthcoming). “Long-Term Consequences of Teaching Gender Roles: Evidence from Desegregating Industrial Arts and Home Economics in Japan.” Journal of Labor Economics.
※24.McGinn, K. L., et al. (2019). “Learning from Mum: Cross-National Evidence Linking Maternal Employment and Adult Children’s Outcomes.” Work, Employment and Society, 33(3)
※25.内閣府「令和6年度 男女共同参画社会に関する世論調査」