第1回 母娘関係 娘の葛藤

 母との葛藤を描いた本の出版が相次いでいる。女性誌でも、しばしば母娘関係に関する特集が組まれ、母との葛藤に関する著名人へのインタビューや有名人を母に持つ女性の手記などが掲載されている。これらのことからも、この問題に関する女性たちの関心の高さをうかがうことができる。

娘を苦しめる母親、7つのタイプ 

 本、インタビュー、手記で描かれている母親像はさまざまである。娘を苦しめる母親のタイプを類型化して、それぞれの特徴と対策を説明しているものも少なくない。
 2012年の春に出版した『私は私。母は母。』の中でも、娘を苦しめる母親を 7つのタイプに分けて、説明を試みた。7つのタイプとその特徴は以下のとおりである。

  1. ベッタリ母―娘に甘える母
  2. 過干渉母―娘のために何でもしてくれる母
  3. 完璧で重い母―しっかり者で何でもできる母
  4. かわいそうな母―自分の人生を生きられなかった母
  5. 言うことが矛盾だらけで口うるさい母
  6. 無関心母―母親らしい情緒が感じられない母
  7. 残酷な母―娘を傷つける母

 その他のタイプの母親もいるかと思うが、同書では、母娘の状態あるいは娘の気持ちを、娘から見た母の強さと娘の母に対する気持ちの二つの軸で考えてみた。図示すると以下のようになる。

母娘関係の4つの象限 

 横軸が娘から見た母の強さである。左が「強い」、右が「弱い」である。縦軸は娘の母に対する肯定否定の気持ちである。母を肯定、「母親は今のままでいい、変わらなくていい」と考えていれば上になる。母を否定、「今のままの母親を受け入れられない。変わってほしい」と考えていれば下になる。この二つの線を交差させると4つの象限ができる。

図表

4つの象限における娘の母への気持ちを図の中に示したが、簡単に説明すると次のようになる。

第1象限

 母は強い×母は今のままでいい、変わらなくてよい。
 母娘密着としたが、娘が母の価値観と、母の言うとおりにしていれば母に認められるということを受け入れている状態である。娘は母を頼り、母は娘を導き守るという関係にある。この関係は娘が幼く、母に庇護されているときの関係である。この関係は娘の成長とともに変化していくが、その変化は簡単ではない。また同じ第Ⅰ象限にありながら全く異なる関係も考えられる。それはそれぞれにとってのほどよい距離を保った、母と大人になった娘との関係である。互いに相手を変えようとすることなく、相手のありようを肯定できるだけの適切な距離を保った関係である。また、互いに、あの人はあの人と、それぞれに期待していた「らしさ」を断念した関係もここに入るかもしれない。

第2象限

 母は弱い×母は今のままでいい、変わらなくてよい。
 娘が何らかの理由で母を弱いととらえているのだが、そのことに関して娘が不満を抱いていない状態である。娘が母を弱いととらえる理由は、内気ですぐに落ち込む、体が弱く病気がちである、父親が横暴である、家父長的な家の中で辛い嫁役割をさせられている等とさまざまである。こういう状態にある母を支えることが自分の使命だと娘が感じているとき、娘が葛藤を感じることはない。母親の夫代わり、親代わり、カウンセラー代わりを担っている娘たちである。

第3象限

 母は弱い×母に変わってほしい。
 今のままの母を受け入れられない。娘が、夫代わり、親代わり、カウンセラー代わりなどの役割、母を支える役割に負担を感じている状態である。このとき娘は、「お母さん、もっとしっかりして。いい加減私に頼るのはやめて」という思いと、母を支えきれない罪悪感とを感じている。母の老いを受け入れられないまま、介護を担わざるを得なくなった娘の気持ちもこの象限にあるかもしれない。

第4象限

 母は強い×母に変わってほしい。今のままの母を受け入れられない。
 この象限に母との関係を位置付ける娘は、母親に自分を受け入れてほしい、自分を認めてほしい、愛してほしいと強く願っている。言い換えるなら、娘は、これまでに母に認められたことがない、優しい言葉をかけてもらったことがない、いつも否定ばかりされてきたと感じているということである。娘が対抗することができないほどに母が強い場合、娘は進学、就職等を契機に母からの逃亡を図る。逃亡の手段が早すぎる結婚という場合もある。

娘が母との関係に葛藤を感じ始めるとき

 娘が母との関係で葛藤を感じるのは、娘の母に対する評価が第Ⅲ象限、第Ⅳ象限にあるときである。つまり、娘が母に変わってほしいと願うときであるが、母はその願いとおりには変わらない。そのため娘は、時には母も、関係に葛藤を感じるようになるのだが、その時期や理由はさまざまである。たとえば密着母娘(第1象限)だった秋子さんは、父の死後、父に代わって母を幸せにしようと誓う。母の夫代わりになることを決意するのだが(第2象限に移動)、その母が加齢による心身の不調でバランスを崩し秋子さんを頼りきるようになると、その負担から母への怒りや苛立ちを覚えるようになる(第3象限へ移動)。
 このように母の変化によりそれまでの関係が変わる場合と、娘の側の変化により関係が変わる場合がある。娘側の変化とは娘の成長である。自分が育った環境を客観的に見ることができるほどに成長したとき、それまで当たり前と思っていた親のありように疑問や、不満を抱く場合がある。また自分(娘)が親になり自分の育てられ方を振り返る中で、改めて親への不信や怒りに捉われることがある。娘自身の対人関係の困難や他者とは違う行動様式に気づいたとき、それを身につけてきた子ども時代を振り返り、親に怒りや恨みの気持ちを抱くこともある。いずれの場合も、幼いときの母娘密着に何らかの変化をもたらすこととなる。両者の葛藤は母娘双方の成長に向けた、親離れ、子離れの苦しみである。

否定的な母の言葉 

 母に対する娘の評価が第3象限、第4象限にあるとき、娘が母に対して変えてほしいと願うことはさまざまである。たとえば、第Ⅲ象限では、かけてくる電話を減らしてほしいとか、何でもかんでも頼るのはやめてほしいというようなことがあげられる。第4象限では、自分(娘)の悪口を他の兄弟姉妹に言うのはやめてほしいとか、話しかけているのに、返事もしないで立ち去るのはやめてほしい、自分の家事や育児を批判するのはやめてほしいなど、さまざまなことがあげられる。こうした母親の言動を娘たちは、「母はいいことは決して言わないんです」とか「母は決して私を認めないんです」という言葉で表現する。
 否定的な母親の言葉とは、娘の「不十分さ」を嘆く言葉であったり、ことあるごとに口にされる苦情や説教、非難に近いほどに厳しすぎる娘への評価などである。これらの言葉は娘の心を傷つけ自尊心を損ない、自信を奪っていく。その他にも、娘たちは愚痴や母自身の人生に対する呪いの言葉、父親を始めとする周辺の人の悪口なども聞かされている。母の不幸話を聞かされるわけだが、娘にはその母を幸せにすることはできない。そのために、娘たちはいわれのない罪悪感を抱かされるだけでなく、女性としての自分の人生を肯定することも難しくなる。自信が持てず、自分が何者なのかを見失っている女性の心理には、こうした母との関係、母から手渡される否定的な言葉が深く影響している場合が少なくない。