みえアカデミックセミナー2025 移動講座(松阪市)
皇學館大学公開セミナー「 「海」と「山」の熊野古道-人々はなぜ山路を歩いたのか」の事業報告

開催日
2026年1月25日(日曜日)
開催時間
13時30分から15時00分まで
開催場所
松阪市松阪公民館 ホール
講師
皇學館大学文学部国史学科 教授 多田實道さん
参加者数
会場 101名、飯南公民館サテライト会場 9名
受講料
無料

県内全ての高等教育機関と連携し、各校の特色を活かしたセミナーを開催している「みえアカデミックセミナー」。
毎年夏に三重県総合文化センターで公開セミナーを開催し、秋から冬にかけては「みえアカデミックセミナー移動講座」として県内各市町に赴き、地域の学習ニーズに合わせた講座を開催しています。


講師
皇學館大学 文学部国史学科 教授 多田實道さん

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【講演内容紹介文】
熊野三山への参詣道には、陸路と海路がありました。山越えや宿泊の不便さを考えたら、海路の方がはるかに便利であった筈です。にもかかわらず、あえて陸路を選ぶ人々が少なくなかったのは、その行程が厳しいものでなければならなかったからです。それは一体どういうことか。熊野古道の歴史を振り返りつつ、解説して参りたいと存じます。
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みえアカデミックセミナー2025移動講座の松阪市会場では、皇學館大学文学部国史学科 教授の多田實道さんにご講演いただきました。

会場の様子
会場の様子

熊野古道・伊勢路がはじめに文献に登場するのは奈良時代の『日本霊異記』と言われています。この頃からすでに、山を越えて伊勢国へと通じる道が存在していたと考えられます。

熊野古道の発達には修験道の行者・山伏が大きく関わっていたそうです。僧侶たちは、修行で山々を歩き回る旅のプロであった山伏たちを組織化し、参拝者を熊野に連れてきてもらう「先達」という仕組みを作り上げました。
山伏たちにとって、険しい山道を歩くことこそが禊祓であり修行の一環でありました。行程に苦痛が多いほど功徳もまた多いという考え方に倣い、平安時代の熊野詣ブーム以降、多くの人があえて山路を歩んだといわれています。

参加者は、当時の人々が熊野古道を歩くことを自ら選び取り、深い信仰を示していたことに納得した様子でした。

参加者の声

  • 熊野古道は踏破したけれど海からの古道という知識はなかったから視野が開け、大変勉強になりました。
  • 熊野詣は歩くことを目的にしていることの理解ができました。道そのものが祈りであったこと知りました。
  • 熊野の先達システムがとてもおもしろいと思いました。現代のツアー旅行の元祖ともいうべき形がその頃できたというのがおどろきでした。