NIPPONの原点を学ぶ 三重の魅力発信セミナー「伊勢国と本居宣長 -街道がつなぐ縁と情報-」の事業報告

開催日
2025年10月17日(金曜日)
開催時間
19時00分から20時30分まで
開催場所
三重テラス(東京都中央区日本橋室町2-4-1 浮世小路千疋屋ビル「YUITO ANNEX」2F)
講師
浦野綾子さん(皇學館大学 研究開発推進センター 准教授)
受講人数
43名
受講料
無料

三重県生涯学習センターと皇學館大学との生涯学習振興に関する連携協定に基づいて実施する「NIPPONの原点を学ぶ 三重の魅力発信セミナー」。本セミナーは三重県生涯学習センターの広報・企画力と皇學館大学の学習資源を併せたアウトリーチ事業の取り組みの一環で、東京三重テラスから三重の魅力を全国発信しました。


講師:浦野綾子さん
講師:浦野綾子さん

江戸時代の国学者、本居宣長。
彼は江戸にも店を構えるほどの木綿商の家に生まれ、「古事記」などの研究で知られる国学者です。
講座では、生涯のほとんどを松坂(伊勢国)で過ごした宣長が、なぜその地を離れなかったのかについて、残された日記や著作物を手がかりに紐解きました。

1つ目は街道の「おかげ」。
宣長の生きた時代は空前のおかげまいりブーム。多くの人々が伊勢街道を通り、伊勢神宮へ詰めかけました。
そのため、松坂にいても、「人」と「情報」は向こうからやってきました。全国の門人たちとは、伊勢参りの人に手紙を託す「参宮幸便」を通して交流していたと説明されました。

2つ目は伊勢への「思い」。
著作「玉勝間」には松坂の地がとても住みやすいとほめちぎっている記述か多くみられ、宣長の伊勢国への愛着がうかがえると紹介されました。

そして、3つ目は宣長の「仕事」。
現代では国学者として有名な本居宣長ですが、実はその本業は町医者でした。
『鈴屋集』には、70歳の時に詠んだ「家業だけは決しておろそかにしてはならない」という趣旨の和歌が残されています。仕事をしているからこそ、趣味の学問ができるという宣長の考えが読み取れると説明されました。

最後に、「宣長の愛した三重を訪れ、宣長を探す旅に出てください」と結び、本居宣長の人となりと、その生き方にふれることができた、印象深い講座となりました。

  • 講座の様子
    講座の様子。本居宣長の著作は出版されたものだけでも50種におよぶそうです。
  • 講座の様子
    講座の様子。たくさんの方にご参加いただきました。
  • 講座後の質問の様子
    講座後の様子。質問に来られた方もいらっしゃいました。

参加者の声

  • 本居宣長を高校の社会科(倫理?)で、思想家を1人選んで発表する授業で取り上げたので45年前の縁。図書館でチラシを見て申し込みました。その人がどんな環境にいたのかを初めて知りました。地縁・人との縁を大切にしなきゃと感じました。
  • 宣長の本業が医者とは存じませんでした。また、彼が伊勢・松阪を離れなかったことがよくわかった。街道の整備などが関係していたことに興味が持てた。
  • 松阪に行きたいと思いました。伊勢は昨年行きました。おかげ参り流行と式年遷宮と関連はないかな?とか思いました。