三重県埋蔵文化財センター共催講座「高茶屋大垣内遺跡-高台にあった豪族の拠点!?-」の事業報告

開催日
2019年11月10日(日曜日)
開催時間
13時30分から15時15分まで
開催場所
三重県生涯学習センター2階 視聴覚室
講師
三重県埋蔵文化財センター 田中 久生さん
参加人数
84名
参加費
無料

今回のまなびぃすとセミナーは「高茶屋大垣内遺跡-高台にあった豪族の拠点!?-」と題し、三重県埋蔵文化財センターの田中久生さんにお話しいただきました。
三重県埋蔵文化財センターが公開考古学講座「三重を掘る」として開催する年間5回の講座のうち1回を、特別講座として三重県生涯学習センターと共催し、総合文化センターを会場に開催しています。

講座の様子
講座の様子

津市城山にある高茶屋大垣内遺跡。講座はこの遺跡と周辺の発掘調査にまつわる話から始まりました。
現在では三重県立こころの医療センターがある高茶屋付近。古墳時代前期(約1700~1600年前)のこの土地からは、棟持柱式掘立柱建物(むなもちばしらしきほったてばしらたてもの)の遺構や板塀が二重に巡らされていた溝の遺構が発掘されています。高台という立地も含めて考えると、豪族の居館や祭祀場などの権威を示すような建物があったのではないかと考えられています。

また、古墳時代後期(約1500~1400年前)や飛鳥・奈良時代(約1400~1300年前)には、カマドがある竪穴住居や土師器焼成坑など、土器の生産を仄めかす遺構がたくさん見つかっています。津市高茶屋には一大窯業拠点があったのではないかといわれています。その裏付けとして「日本書紀」にも、「雄略天皇の命令で器を献上するので、伊勢の国・藤形などから土器造りの技術者を集め、土師部とした」(雄略天皇17年)と記されており、伊勢の国にある藤形(高茶屋大垣内遺跡周辺)が土器の生産地であることが中央政府にも知られていたことも話されました。

知られざる津市高茶屋の歴史を学び、津市の大地に眠るロマンを感じることのできた講座でした。

  • 出土した土器の見学

    本日の講座でお話のあった遺跡から発掘された土器たち。たくさんの方に実際に手に取ってみていただきました。中には、「美濃」という刻印が入った土器もありました。

  • 質疑応答

    質疑応答の時間ではたくさんの手が上がりました。高茶屋にいた豪族たちの行く末など、講座を聞いて生まれた疑問などを講師へ質問しました。

  • 津市の土で焼かれた土器

    粘土を採掘したと考えられている相川西方遺跡付近の土を使い当時の須恵器の焼成温度で焼き上げた壺。高茶屋大垣内遺跡周辺で土器の生産が可能であったことを実感することができました。

参加者の声

  • 私は高茶屋に住んで30年、大垣内遺跡のことは初めて知りました。大垣内遺跡一帯の土器をめぐるつながりの話はとても興味をそそられる内容でした。
  • 1500年以上も前のことがとても身近に感じられてとても良かったと思います。実際に目にすることができる考古学に興味を持つことができました。ありがとうございました。
  • すばらしい話でした。焼き物好きには感動的でした。「一大窯業拠点」いいですね。話もわかりやすかったです。質疑時間もたっぷりあって満足です。