みえミュージアムセミナー石水博物館「川喜田半泥子と無茶の芸」の事業報告

石水博物館の創設者で、百五銀行頭取も務め、「東の魯山人、西の半泥子」と言われるほどの陶芸家でもあった川喜田半泥子。今年生誕140年を迎えるにあたり、石水博物館では様々な企画展を行っています。
今回のミュージアムセミナーでは、半泥子とその作品の魅力について、石水博物館事務局長の蔵前克也さんに紹介していただきました。
第一章 川喜田家とは
第二章 百五銀行頭取として
第三章 陶芸の世界へ
第四章 無茶の芸とは無心なり~川喜田半泥子と會津弥一の交流にみる芸術論~

まずは、川喜田家が寛永年間から続く木綿問屋で江戸に大店をかまえ、歌川広重の絵にも出てくるほどの豪商だったこと、半泥子は幼少期に両親と別れたため、人格形成には育ての親である祖母・政さんが強く影響していることなど、半泥子の育った背景を説明されました。
次に、戦時下の苦しい時期に銀行頭取として経営者としての手腕を発揮したときのユーモアのあるエピソードなども写真を用いながら紹介されました。
そして、多趣味であった半泥子が、特に好んだ茶の湯から茶椀を作ることで陶芸の道に入り、研究を重ねて数多くの作品を残したこと、号の一つである「無茶法師」という名前の由来の説明がありました。
そして、最後には交流のあった新潟県出身の書家・歌人・美術史家の會津八一と交わした書簡から、半泥子の作陶論を読み解いていきました。そのキーワードは「無心」であり、作品を作る時には作意があっては良いものが作れず、「無心」で作り「なるようになる」のが良いことであるという考えであったこと、その「無心」とは何者にもとらわれない自由さでありそれが半泥子の魅力のなのではないかと締めくくられました。
- 無茶の芸は無心なりという言葉は、半泥子の生き方そのものを表現しているように思いました。そんなふうに心広く穏やかに生きることができれば良いのになぁと思いました。
- 會津八一さんとの交流の話は初めてだったので、本日参加させていただけてよかったと思いました。
- 半泥子の多様な側面を、実感をもって知ることができました。