平成22年度 女性に対する暴力防止セミナー

開催日
2010年11月21日(日曜日)
開催場所
名張市役所 大会議室
講師
森田 ゆり さん (エンパワメント・センター主宰 立命館大学客員教授)  
当日の様子

 毎年、11月12日から25日の「女性に対する暴力をなくす運動」の期間に合わせて女性に対する暴力防止セミナーを行っています。
 今年度は、名張市との共催で開催しました。
 まず県からDVに関する報告があり、そのあと名張音訳グループ「こだま」の皆さんが朗読劇「ひまわり~DVをのりこえて」を朗読し、DV被害者の方の物語を参加者に伝えました。そして、朗読劇を踏まえて森田ゆりさん(エンパワメント・センター主宰)の講演がありました。

パネル展1
パネル展2

 また会場前のエントランスでは、NPO法人「女性と子どものヘルプライン・MIE」の活動報告や、DVについてのパネルが展示されました。
 参加者の皆さんからは「今まで知らなかったDVの実情が少し分かった」「自分に表面的な知識しかなかったことが分かった。こういうセミナーは貴重だと感じた」等の感想をいただきました。


「三重県からのDVに関する報告」
報告者:宮本隆弘さん(三重県健康福祉部こども局こども家庭室長)

 県からは、DV対策と児童虐待防止に向けた取組についての報告がありました。
 「DVのある家庭で子どもを育てることは児童虐待である」と、児童虐待防止法で示されているように、DVと児童虐待とは関連が深いのです。
 法律では、虐待を受けた児童の一時保護への対応は児童相談所に権限がありますが、DV被害者を保護するための配偶者(加害者)に対する命令(保護命令には接近禁止命令と退去命令がある)を発令するには、被害者からの申立てが必要です。そのため、保護命令が明記されているDV防止法を周知させ、誰もが相談できる体制づくりを強化する必要があります。
 平成21年度の三重県の相談件数をみると、DVに関する相談が増えています。県民のDVに対するアンテナの感度が上がってきたためと考えられます。また、児童虐待に関する相談も増えています。虐待者の6割は母親ですが、これは母親が子どもに接する機会が多いからです。
 現在「三重県DV防止及び被害者保護・支援基本計画」の改訂に向けて作業を進めています。この基本計画を策定するにあたっての基本的な考え方は、市町における取組が促進されるよう県の取組の方向性を示す具体的な内容を盛り込むことや、DVを単に被害者と加害者間の問題ではなく社会全体の問題として捉えることなどです。また、DVが起こらない社会を作るために、若年層を対象とした予防施策の推進のために教育委員会と連携していきたいと考えています。

朗読劇
「ひまわり~DVをのりこえて」(財団法人横浜市男女共同参画推進協会 企画・制作作品)
演者:名張音訳グループ「こだま」

朗読劇

 朗読劇「ひまわり~DVをのりこえて」は(財)横浜市男女共同参画推進協会が「無名の尊厳ある女性たちの物語を、別の女性たちが伝える」ことを目的に企画・制作した作品です。
 その作品を、名張市で視覚障害をお持ちの方に録音テープによる情報提供をしている名張音訳グループ「こだま」の皆さんが朗読しました。作品の中では、夫からの身体的暴力や精神的暴力を乗り越えた女性が、自身やその子どもたちの身に起きたことを語っています。参加者からは「DV被害を受けるということがどういうことなのかよく分かった」との声をいただきました。

講演会
「ストップDV!“知らないとみえない暴力がある” 
~あなたの大切な人を守るために~」
講師:森田ゆりさん  (エンパワメント・センター主宰)

講演会では、DVの本質、被害者のエンパワメントのための支援、加害者の心理、被害者や子どもたちの傷つき体験からくる気持ちの表れ方などについて、具体的で分かりやすい話がありました。

1.DV対応の3本柱

DVは人権侵害であり、生きる力の源を侵害するものです。
DVを考える上では、公衆衛生・性差別(ジェンダー・バイアス)・エンパワメントの3つの視点を持っておく必要があります。

  1. 公衆衛生
     DVを公衆衛生の最優先課題として、社会全体で対応する必要があります 。統計によると3日に1人がDVで亡くなっています。公衆衛生として対策が図 られるエイズや鳥インフルエンザなどの疫病でそれだけの人が亡くなったら大騒ぎになります。疫病対策には予防啓発が大切ですが、DVで最も効果的な対策は予防啓発なのです。
  2. 性差別(ジェンダー・バイアス)
     DVの原因として、怒りのコントロールができなくて暴力を振るってしまう、ストレスが強くて八つ当たりしてしまうなどの説があります。しかし、DVはこのような結果として起きるのではなく、加害者がパートナーに対して優越性と支配関係を維持するための手段として暴力を振るっているのです。
     朗読劇であったように、妻が夫の意見に反対したり言うことをきかないとき、自分に従わせるために夫は暴力を振るうのです。言葉であれ身体的暴力であれ暴力は強いのです。夫は一度暴力を振るえば自分が優位に立つことができ、被害者を粉々にすることができるのを知っています。つまり、平等な関係になりたくないから暴力を振るうのです。
     被害者は圧倒的に女性が多いので夫を加害者として話しましたが、被害者が男性の場合もわずかにあります。被害男性は女性以上に理解されにくいので辛い立場にあります。DVをなくすためには男女平等の社会、すなわち男女共同参画社会の実現が必要です。
  3. エンパワメント
     DV被害者への対応として、strengths(強み)に焦点を当てるエンパワメントという方法が効果的です。被害者は、身体的暴力はもちろん精神的暴力によって粉々にされて、無力状態や絶望状態になっています。しかし、今は外に見えないかもしれませんが、自分で立ち上がる力を持っています。支援者は、本人の持っているstrengthsを見つけ、言語化し、本人の力とするのです。
     相手の問題点を発見分析してそれを指摘することはたやすいですが、多くの場合、問題点の指摘自体は何も生み出しません。本人も頭では分かっているのです。本人が自分で立つしかないのです。本人が内に持つstrengthsに気づくことで立ち上がれるのです。

2.怒りの仮面

 怒りという感情には2種類あります。1つは不当なことをされたときの怒りで健康的な怒りです。もう1つは複雑な怒りで、「怒りの仮面」の内側に、傷つき体験からくる「恐れ」「見捨てられ不安」「悲しさ」などの感情があり、それが刺激されたとき怒りという形で現れるものです。
 子どもたちにみられる、怒りという形で起きる問題行動の内側に、虐待を受けて育つなどの傷つき体験から生まれる「見捨てられ不安」「悲しさ」などの感情があるのかもしれないという視点を私たちが持つことで、子どもたちを理解することができるかもしれません。
 大人でも子どもの頃受けた虐待やDVなどの傷つき体験から生まれた「恐れ」「見捨てられ不安」「悲しさ」などの感情を「仮面」で隠していることがあります。男性は怒るという事が許容されているので、「怒りの仮面」をかぶることが多いです。一方、女性の場合は「怒りの仮面」でなく、「ほほえみ仮面」をかぶることが多いです。女性はニコニコ笑っていなさいと育てられるからです。

3.傾聴力の練習

 傾聴とは「大好きな夫、でも怖い」「嫌な夫、でもステキ」というような相反する気持ちを、分析せず安易に同感せず同情もせずに、「あなたの気持ち分かります」と共感して聴くことです。
 被害者に対しても子どもに対しても、援助の出発点は気持ちを聴くということです。身近に聴くことのできる人が一人でも多くなることが大切です。

森田 ゆり さん

森田ゆりさん

エンパワメント・センター主宰立命館大学客員教授
 
<経歴>
 米国と日本で、子ども・女性への虐待防止専門職の養成に30年近く携わる。
 現在は行政、企業、民間の依頼で、多様性、人権問題、虐待防止などをテーマに日本全国で研修活動をしている。 「子どもと暴力」「しつけと体罰」など、英文と日本文著書多数。 第57回保健文化賞受賞。参加型研修プログラムの開発、及びそのトレーナー、ファシリテーター人材養成のパイオニア。
<著書>
『子どもがであう犯罪と暴力』NHK出版 
『気持ちの本』童話館出版
『ドメスティック・バイオレンス~愛が暴力に変わるとき』小学館
『子どもと暴力~子どもたちと語るために~』岩波書店 など多数